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aloneさん

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『私』の境界線

14/02/03 コンテスト(テーマ):第二回OC【 馬 】  コメント:9件 alone 閲覧数:1428

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目の前に一頭の馬が立っていた。馬は赤毛で、全身が筋肉であると錯覚するような、よく引き締まった身体を持っていた。
私は馬と目が合った。すると馬は語りかけてきた。
「君はここに居てはいけない。もうすぐ『死』が来る」
おそらく馬はただ嘶いているだけなのだろう。しかし不思議とその声は、私のなかで人間の言葉に変換されていた。
「君は逃げなければならない。さあ私に乗りなさい」
馬はわずかに頭を垂らし、その背を私に示した。私は言われるがまま、馬の背に跨った。
「急ごう。もう『死』はそこまで来てしまっている」
私が馬の首に掴まると、馬は駆け始めた。馬の足はとても速かった。気を緩めれば振り落されてしまうと思われた。しかし馬にとっては、まだ速さが足りないようだった。
「もっと速くなければならない」と馬は言った。「君は不要なものを捨ててくれないか」
不要なもの……?
しかし私には手荷物ひとつありはしなかった。捨てられそうなものはまるで思いつかなかった。。
「私は何を捨てればいい?」
「それは私が決めることではない」と馬は冷ややかに答えた。「君が要らないと思うものだ。急がなければ『死』に追いつかれてしまう」
私は馬に急かされるがままに自身の身体を調べた。何か捨てられるものがないか、ポケットの奥の奥まで調べてみた。けれど、やはり何も見つからなかった。
しかしそこで気付いた。私はいま服を着ている。この服を捨てれば、もしかすると『死』には追いつかれないかもしれない。
私が衣服を必要ないと判断すると、次の瞬間に服は私の身体から剥がれていった。脱げた服はその場に残され宙に舞い、そして消えた。
馬は少し速くなった。私は裸の身体を馬の赤毛に押し付け、馬に必死にしがみついた。
だがそこで、また馬は言った。
「まだ足りない。もっと速さが必要だ」
私は考えた。私に何が捨てられるだろう?
私は頭のなかで思考を巡らし、そしてヒントを探すように視線を彷徨わせた。すると、手首のブレスレットに眼が止まった。
小さい頃に母親にもらった、十字架のついたブレスレット。手に着けていても気にならない程度の重さだが、少しでも軽くなるはずだ。私はブレスレットを要らないと判断した。
ブレスレットが手首をすり抜け、宙に残った。そして衣服と同じく、消えてしまった。
私はブレスレットを捨てた。そして同時に、信仰と思い出を捨てた。
宗教と記憶が、私の身体のなかから抜け落ちていった。その分だけまた、馬は速さを増した。
しかし馬は言った。
「もっとだ。もっと速さが必要だ」

それからも私は捨て続けた。
文化を捨て、知識を捨て、思考を捨て、感情を捨てた。
私が何かを捨てるたび、馬は速さを増していった。けれど馬は決して「もう十分だ」とは言わなかった。
「まだ足りない」と馬は口癖のように言った。
「もう捨てられるものなんてない。私には思いつけない」
私が泣き言に似た声で応えると、馬は新たな言葉を紡いだ。
「形に囚われてはいけない」
「かたち?」
「そう、形だ。形あるものはいつか壊れてしまう。形を残しても、『死』からは逃げられない」
かたち……。
思考を捨ててしまった今の私には、馬の言葉の真意は分からなかった。
そのため放心状態にも似た状態で固まっていると、馬は言葉を続けた。
「君はそろそろ決めなくてはいけない。身体を残すか、精神を残すか、を」
からだ……せいしん……。
頭のなかで、馬の言葉の字面ばかりを撫でた。考えれば考えるほど、頭のなかは彩度を増すように白く染まっていった。
けれど決めなくてはいけない。そう馬は言った。
だから私は決めることにした。身体はいつか壊れてしまうから、いらない、と。
私の身体はその場に留まり、私の精神だけが馬に乗って前へと進んでいった。もう瞳は失われていたが、振り返ってみると、私のことを身体が見ていた。
わたしのからだ――。
その瞬間、私の身体は消えてしまった。

私は身体を失い、精神だけの存在となってしまった。しかし冷酷にも、馬は同じ言葉を繰り返した。
「まだ足りない。もっと速さが必要だ。追いつかれてしまう」
私にはもう分からなかった。精神だけとなり、もう捨てるものなんて思いつくことは不可能だった。
しかし馬は続けた。
「君は決めなくてはいけない。精神を残すか、存在を残すか」
せいしん? そんざい?
もうわからない。
私は精神を保つことを諦めた。
私はその場に残され、馬だけが走り去っていった。
馬のせなかが見えた。
何かがおそらく そこに乗っている。
でも わたしの せいしんは ここ に ある。
じゃあ うま の せなか には
だれ が のって いる の だろ う

そして私の精神も消えた。


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このストーリーに関するコメント

14/02/04 そらの珊瑚

aloneさん、拝読しました。投稿ありがとうございます。

読み始めてすぐシューベルトの「魔王」を思い出しました。
哲学の問答のようです。馬とわたしの会話じたてで進んでいくストーリーの面白さに引き込まれました。
誰しも氏から逃れることは出来ないということでしょうか。
そしてこの最後は…精神と存在の違いが私もまたわかりませんでした。
うまのせなかには だれが…? 知りたいような。知るのが怖いような気もします。

14/02/04 そらの珊瑚

↑すみません。氏ではなく死でした。

14/02/04 alone

>そらの珊瑚さんへ
お読み頂きありがとうございます。
テーマとしては「ある人をその人たらしめるものは何なのか?」ということ掲げて書くはずだったんですけど、気づくと投稿期限最終日ということで最初の思いつきの形のままに投稿することになりました。
ですので訳が分からないと仰る点があるのは、自身の思慮不足の致すところです。
特にオチにあたる精神と存在については無理やりになってしまいました。
本文では、私の精神が捨てられ、私という存在だけが馬とともに去っていったことになっていますが、私が存在を捨てて精神だけになったとしても、精神が在るのだから存在しているのではないかと言われれば、何の言葉も返しようないわけですし……。
このような拙作でもお読み頂きありがとうございました。
作品選考、頑張ってください。

14/02/05 朔良

aloneさん、こんばんは。
拝読させていただきました。
いらないものをどんどん捨てて最後に残るのは何か。
ぼくをさがして、とか、そういう、童話っぽい雰囲気もありますね。
最後、私にも精神と存在の違いが判りませんでした。精神=自我と考えていいのであったら、なんとなくわかるような?
興味深い作品でした。

14/02/06 石蕗亮

拝読いたしました。
予想外のアンハッピーエンド(決してバッドではないところが面白い!!)でした。
捨てれるもの、というか、今残っているものを主人公のように一緒に考えながら読み進めていけて面白かったです。
良い作品は思わず自己投影してしまうものだとこの作品を読みながら自己確認してしまいました。

14/02/06 石蕗亮

追記
自画像がいつもユニークで「お!変わった!」と見入ってしまいました。

14/02/07 alone

>朔良さんへ
お読み頂きありがとうございます。
「ぼくをさがして」は存じ上げないので、どのような作品かは分かりませんが、言われてみれば童話のような雰囲気もあるような気がしますね。
漢字に頼り過ぎないより柔らかな表現に変えられれば、童話により近いものに仕上がるかもしれません。
最後の「精神と存在」については、比較対象の良い例が見つからなかったため、分かりにくい(というより訳の分からない)ものに仕上がってしまいました。
精神の捉え方については「自我」という扱いをして頂ければと思います。「自己意識」というニュアンスで使っておりますので。
感想をありがとうございました。

>石蕗亮さんへ
お読み頂きありがとうございます。
このような雑な仕上がりになってしまった作品ですが、自己投影して読み進めていただけて幸いです。
私がもっと哲学や心理学なども学問的知識を有していれば、人間の物理的でない構成要素により多く言及して一層楽しんで頂けたかもしれませんが、実際はまだまだ語彙力を含めて能力不足を痛感するばかりです。
自画像についてのコメントもありがとうございます。
他の方々で定期的に変えていらっしゃる方がおられたので私も変えてみたのですが、良い印象を受けて頂けたようで嬉しい限りです。
感想などをありがとうございました。

14/02/08 草愛やし美

alone様、素晴らしいお話ですね。

これは哲学でしょうね、2千文字でテーマが馬で、このような凄い内容の作品を書かれるその力量に驚いています。いつも、ユニークで面白いものを書かれるaloneさんのことですから、当然のものだとは思いますが、捨て去るもので自分では全く思いつかなかったので、余計に唸りました。
読み終わって、このタイトルになるほど、境界線なのだなあと感心しました。凄い作品読ませていただき、ありがとうございました。

14/02/09 alone

>草藍さんへ
お読み頂きありがとうございます。
哲学的な話が個人的に好きなので、そのようなお褒めの御言葉を頂けるとは幸甚の至りです。
捨て去っていくものについては、私自身が思いつきで書き綴ってしまったところがあるので、草藍さんが思いつきになれなかったということもあるかもしれません。
結果として他のお読み下さった方々に少なからずの混乱を齎してしまっているわけですし。
タイトルは思うところが伝わっていたようで良かったです。タイトルには、変に捻ってもいけないしシンプルすぎるのも……、といつも悩まされているので安心しました。
感想を書いて頂き、こちらこそありがとうございました。

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