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光石七さん

光石七(みついしなな)です。 子供の頃から空想(妄想?)が好きでした。 2013年から文章化を始めました。 自分では気付かないことも多いので、ダメ出しを頂けるとありがたいです。

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ファンタスチカの瞳

14/02/01 コンテスト(テーマ):第二回OC【 馬 】  コメント:7件 光石七 閲覧数:1346

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 脚が折れた馬は安楽死させられる――。左腕が元通りになることは無いと知った時、そんなことを思い出した。

 世界的なバイオリニストの父とその教え子の母。二人の間に生まれた私は、物心つく前に既にバイオリンを握っていた。子供の頃から数々のコンクールで入賞し、サラブレッドともてはやされた。しかし、世界の壁は厚かった。目指すは世界一のバイオリニスト。ずっと親に言われてきたし、私自身もそれを夢見ていた。遊びなどそっちのけで、ひたすら練習に打ち込んだ。バイオリンのこと以外はほとんど考えなかった。ようやく大舞台に立つチャンスが巡ってきた、その矢先の事故だった。
 左腕の複雑骨折と神経損傷。手術を受けリハビリをしたが、肘は少ししか曲がらず、指はゆっくり曲げ伸ばしするのがやっとで思うように動かない。
「これ以上の回復は難しいでしょう」
医師の最終宣告は私の心を打ち砕いた。バイオリンのためだけに生きてきたというのに……。バイオリンを弾けなくなるなら、命が助かっても意味が無い。走れなくなって殺される競走馬が羨ましかった。 

「琴音、気分転換にちょっと出かけてみない?」
おせっかい焼きの紗那が私を強引に車に乗せた。
「たまには外の空気を吸ったほうがいいって」
「どこ行くのよ?」
「着いてからのお楽しみ」
車は街を離れ、山道に入っていく。木々に囲まれたくねくねした上り坂をしばらく行くと、開けた場所に出た。
「着いたよ」
「……美墨高原牧場?」
手作り感満載の看板に苦笑いしてしまう。
「結構穴場なんだよ。ここのアイス、滅茶苦茶美味しいの」
「アイスのためだけにわざわざ?」
「アイスも食べるけど、琴音のアニマルセラピーがメインだよ。動物とのふれあいって癒し効果があるんだってね」
「別にこんな遠出しなくても……」
「だって琴音、犬恐怖症で猫アレルギーじゃん。羊とか馬とかなら大丈夫だと思って。あ、牛や豚もいるよ」
「それで腕が治るっていうの?」
紗那の優しさだとわかっていても、きつい言葉を吐いてしまう。
「治ったらすごいね。新聞やテレビに取り上げられるかも。まあ、私はまず琴音のハート、メンタルを元気にしたいんだけどね」
紗那は笑って受け止める。
「とりあえず行こ? せっかく来たんだし」
右腕を引っ張られた。
 平日だというのに、意外と人がいる。自分が差し出したエサを羊が食べる様に奇声を上げて喜ぶ子供。悩みなんて無いんだろう。
「私たちもエサあげようよ。あ、もうすぐ子豚のレースが始まるって」
紗那は楽しそうだ。仕方なく付き合った。
 アイスを買ってベンチで食べる。
「これ、病みつきになるよね。帰りにまとめ買いしようっと」
紗那は至福の表情だ。
「一人で何個食べる気? 今年こそ痩せるんじゃなかったっけ?」
「言わないでよ。この味には勝てないってば」
確かに美味しいアイスだ。濃厚なのにしつこくなくて、上品な甘さ。一口食べたらすぐ次を口に入れたくなる。……そういえば、こんな風に味を楽しむなんて久しぶりだ。
 食べ終わって少し休んでいると、三人組のおじさんが近くを通った。
「ファンタスチカ、元気やろか?」
「元気やからここにおるんちゃう?」
「せやけど、あの走りはもう見れん。三冠も夢じゃなかったのに、故障で引退とはなあ……」
声が大きくて会話が丸聞こえだ。
「そうそう、昔競馬に出てた馬もいるんだよね。ここのオーナーが大ファンだった馬を引き取ったんだって。あの人たちもファンかもね」
「ふうん……」
引退した競走馬。走ることを止めた馬はその後どう生きるのだろう?
「……見てみようかな」
「行ってみる?」
おじさんたちの後を追った。
 その馬は凛と佇んでいた。しかし歩くと左の後ろ脚が少しおかしい。
「やっぱりあの怪我を引きずっとるんやな」
おじさんの一人が呟く。
「え、脚を怪我したら殺されるんじゃないんですか?」
おじさんは私の質問に呆れながらも答えてくれた。
「姉ちゃん、それは予後不良ちゅうて最悪の場合や。でも、ファンタスチカもその可能性はあった。なんせケアに金がかかる。引退した馬はほとんど殺処分や。種馬になったり乗馬クラブや養老牧場なんかに引き取られるのはほんの一握り。ファンタスチカは運がよかったんやで」
「しっかし、気品と貫録は変わっとらんわ」
「せやな」
びっこを引きながらも凛々しさを失わない馬。以前のように走れずとも、その瞳には失望も悲しみも宿っていない。
「琴音……?」
紗那の声に、頬を熱いものが伝っていることに気付いた。


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このストーリーに関するコメント

14/02/01 草愛やし美

光石七様、拝読しました。

読み終わって、自然に涙が流れてきました。胸がぐっと熱くなり、ファンタスチカという馬の姿まで見えてきた気がしました。
いい友を持って良かったですね、琴音さん。きっと、新しく生き直されることと思います。
人の思いやりいいですね。足が折れた馬は殺処分と聞いています。運がよかったのでしょうが、人なら、何としても助けるのに、むごいことだと思います。でも、足の骨折は足が壊死してくると助けられないそうですね。美しい姿であるサラブレッドですが、そういう過酷な運命を背負っての美しさ、勇姿なのだと思いました。

素敵な感動をありがとうございました。

14/02/02 朔良

光石七さん、こんばんは
拝読いたしました。

競走馬の引退後ってかなり過酷ですよね…。今回いろいろ調べて悲しい気持ちになってしまいました。
故障してもこうやって新しい居場所を与えられたファンタスチカは本当に幸運な馬なのだと思います。
びっこを引いても凛々しさを失わない姿は、失望していた琴音さんに生きる力を与えてくれたことでしょう!
有人を思いやる紗那さんもとても素敵ですね。
素晴らしいお話、ありがとうございました。

14/02/03 光石七

>草藍さん
ありがとうございます。
推敲不足もいいところなのですが、書きたかったことを汲み取ってくださり、涙まで流してくださり、恐縮です。
私は競馬に縁がなく、琴音のように「脚が折れたら殺処分」と漠然とした知識で「そんな馬を羨ましがる人もいるかもなあ」と冒頭を思いつき書き始めました。
怪我から復帰した名馬がいること、速さを求めて脚の細い馬を作ったこと、経済的な理由で殺処分される馬もいること等、調べて驚いたことが結構あります。


>朔良さん
コメントありがとうございます。
競走馬のことを調べるとなんだか悲しくなりますよね。結局人間のエゴの犠牲者なのかなあ、と。
いろいろ足りない部分がある文章ですが、伝えたかったことを受け止めてくださりうれしいです。

14/02/03 そらの珊瑚

光石七さん、拝読しました。投稿、ありがとうございます。

サラブレッドはより早く走るためだけに改良されてきた馬で、
まさに琴音の境遇にぴたりと当てはまりますね。
バイオリンの上達だけを目指して、コンクールで一位になり、世界的なバイオリニストになること。もしそれが怪我によって絶たれてしまってもそれは絶望ではないんだ、と思いました。
ファンタチスカがそうであったように、琴音もテクニックではない、
名前にもあるように心の琴線に触れる音を生み出すような音楽家になってほしいなあと思いました。

14/02/03 光石七

>そらの珊瑚さん
拙いながらオーナーコンテストに参加させていただきました。
馬は古くから人間とともに生きてきた動物だということですが、私自身には身近な存在ではなく、なかなか悩ましいテーマでした(苦笑)
琴音とサラブレッドに通ずるものを深く読み取ってくださり、ホッとしております。
琴音の名前は音楽家らしいものにしようと単純に決めたものですが、そこまで掘り下げてくださるとは……
温かいコメント、ありがとうございます。

14/02/04 光石七

>OHIMEさん
いつもありがとうございます。
粗い文章で絵を想像していただき、恐縮です。
ちなみにファンタスチカの名前はファンタスティックをもじったものです。競走馬の名前を思いつかず、身近なところから持ってきました(苦笑)
いつも思うのですが、OHIMEさんは褒め上手ですね。OHIMEさんのコメントに励まされる人も多いと思います。

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