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黒川かすみさん

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金の桜

14/01/31 コンテスト(テーマ):第二回OC【 馬 】  コメント:1件 黒川かすみ 閲覧数:1186

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 私は馬である。当然、名前など持っていない。
 さて、私は現在、非常に危機的な状況下にいる。追っ手がこちらまで迫ってきているだ。さらに私の左脚を見ていただきたい。感触からすると金属の何かが、私の脚にあるのだが、これはおそらく人間どもの仕掛けた罠だろうと思う。というか、こんな姑息な物を使うのは人間しかいない。傷のせいか、なんだか意識が朦朧としてきた。
 ……と、追っ手の足音が聴こえなくなった。すると私の左前脚の方から何か金属音がした。
「さあ、もう大丈夫よ」
 人間の声だった。ぼんやりとした頭に、優しい音を残したまま、私は意識を手放した。

「おはよう、チャーリー」
 私は人間に拾われた。人間のような名前まで付けられた。駆逐される直前である。未だ怪我が完全に回復していないからよいというものの、この怪我が回復してしまえばこの家の人間に駆逐されるのだろう。私の頭には、それ以外の未来は思い浮かばない。
「だいぶ良くなってきたみたいね。よかったわ」
 ええ、そうでしょうね。馬が一頭いるだけで、だいぶ楽になりますものね。
 彼女はステラ。星の名をもつこの少女は、養豚農家の娘なのだそうだ。容姿は美しくて可憐で――。禿でデブで油まみれの、むしろテメエが豚じゃないのかというほどの、彼女の父親とは大違いだ……容姿は。中身はきっとさぞドス黒いのだろう。このように熱心に話しかけてくるのも、私が野を駆けることができる馬だからだ。家畜だからだ。そして彼女は、人間なのだから。

「外には満開の桜があったわ。ほら見て、チャーリー」
板の隙間から差し込む日差しが眩しいある日。彼女はそう言って、私の目の前に桃色の花弁を出した。私はいつも通り、特に何の興味も示さない。そう見えるように振る舞う。
 彼女は私に向かって差し出した花弁を今度は自分の顔の前に持ってきて、光にかざした。
「ねえ、チャーリー」
 ふと、彼女が言った。金色の髪がさらさらと肩に落ちた。彼女は花弁をポケットにしまい、こちらを向いた。板の隙間から差し込んでくる光が、彼女のその髪を照らしている。飴色の瞳が、そっと細められた。
「元気になったら、一緒に外を歩こうね」
 不覚にも、綺麗だ、と思った。

 来る日も来る日も、ステラは私のところへ来て、いろんなことを話した。その日あったことや、今日は何匹の豚を売ったかなど。
 私の傷はというと、いっこうに良くならず私自身、限界を感じていた。ステラの、優しい声が聞こえる。ステラの、柔らかい手が私の背を撫でる。
「辛い?」
 人間の私たち動物を触る手は、いつも無遠慮で、こちらを思いやる気持ちなど微塵も感じられず、嫌いだ。私たち動物を、自分よりも遥かに下等な存在だと思っているのだ。自分たちの方が優れているのだとでも言いたげに、遠慮など少しもせずに、自分の気が済むまで触る。
「大丈夫よ、お医者さまはすぐに良くなるって言ってたわ」
 けれど何故だろう。この手のぬくもりは悪くないと、そう感じた。

 ステラの言葉とは反対に、私の体はどんどん衰えていった。体が重い。食欲がない。何もする気になれない。何もできない。体の感覚があまりない。耳も遠くなった。目も悪く なった。
でも、不思議と、あなたの姿はよく見えるのです。あなたの声だけはよく聴こえるのです。私の体を撫でる、あなたの手だけはわかるのです。この感情をもどかしいと思う。それと同時に、あなたがくれたものだと思うとそれも心地良いと思える。
 この感情に、名前をつけてしまうのが怖い。自覚をするのが怖い。
 でもそれよりも、自分の終わりが見えて、この世界からあなたを感じられなくなるのが一番怖い。私はいつだって、あなたを感じていたい。触れていてほしい。見ていてほしい。もっと私だけに話をしてほしい。もっとそばにきて。もっと笑って。私の名を呼んで。ずっと、途絶えることなく。最後の一秒まで。
 そのときふっと、私の体が何かに包まれて浮かぶような感覚がした。どこかで、金色の光を纏った桜がきらきらと舞っていくのが見えた。
 彼女の――ステラの、声が聞こえる。
 


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このストーリーに関するコメント

14/02/03 そらの珊瑚

黒瀬 水晶さん 拝読しました。投稿、ありがとうございます。

人間を恨み、何も信じられなくなったような身の上の馬の心の変化が
切なくそしてとても美しく描かれているなあと思いました。
人間の手は動物からしたら無遠慮で嫌なものかもしれないですね。
この馬の最後は幸せであったような気がして、悲しさのなかにも温かいものが心に満ちてくるのを感じました。

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