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そらの珊瑚さん

🌼初めての詩集【うず】を上梓しました。  (土曜美術出版販売・現代詩の新鋭シリーズ30) 🌼小説や詩、短歌などを創作しております。 🌼作品を置いています。よろしかったらお立ち寄りくださいませ。 「珊瑚の櫂」http://sanngo.exblog.jp/14233561/ 🌼ツイッター@sangosorano 時々つぶやきます。 🌼詩の季刊誌(年4回発行)「きらる」(太陽書房)に参加しています。私を含めて10人の詩人によるアンソロジー集です。アマゾンでお買い上げいただけます。      ✿御礼✿「馬」のオーナーコンテストにご参加いただきました皆様、ありがとうございました。

性別 女性
将来の夢 星座になること
座右の銘 珊瑚の夢は夜ひらく

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絶望を視る女

14/01/28 コンテスト(テーマ):第四十九回 時空モノガタリ文学賞【 絶望 】 コメント:21件 そらの珊瑚 閲覧数:2016

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 牛込御門内五番町、青山播磨守主膳の屋敷。
「どうした、お菊、ないでは済まんぞ」
「お許しくださいませ」
「その皿は徳川様からの拝領の品。青山家の家宝であると存じておるな」
「はい、それはもう。確かに十枚、ここへ納めたはずです」
「ではあらためて、数えてみよ」
「一枚、二枚、三枚……九枚」

「カットォー! ルリちゃん、全然ダメ、ここは絶望の表情が欲しいんだよ。なくなったのはそんじょそこらの皿じゃないんだよ。女中一人の命よりはるかに重い皿なんだ。無実の罪で自分の命も危うくなるかもって血の気を失う場面なんだからさ。もっとリアリティ出して」
 今日五度目のダメ出しだった。
「すみません。次はちゃんとやります」
「ふー。ちょっと時間おこうか。休憩!」
「休憩でーす」
 映画のスタッフからやれやれという安堵の雰囲気が伝わる。我ながら情けなくなるのはこんな時。三十を越えた辺りからめっきり主演映画のオファーがなくなった。
――顔だけが取り柄の大根。若さに翳りが出てから、そんな陰口をたたかれているのも知っている。女優として今が変換期なんだと思う。それだけにこの映画「番町皿屋敷」のお菊役は是が非でも成功させたいと思う。自分のためにも。そしてメガホンをとる恋人でもある監督のためにも。
「愛ちゃーん、コーヒー、肩揉みも」
 控え室で付き人の愛がドリップコーヒーの用意を始める。私は特別に取り寄せた有機栽培のマンデリンを愛用していた。こだわりといってはそれまでだが、日常というものはおのずと人となりに現れてしまうものだと思う。缶コーヒーで満足するような安い女優にはなりたくない。
 それにしても。絶望って。ああ、難しいわ。考えたら本当に絶望した事などない人生だったもの。人はほんとうに絶望した時、一体どういう顔をするんだろうか。 見てみたい。
――ほんのちょっとしたいたずら心だった。
「愛ちゃん、宝石箱見せてくれる?」
 女優の中には本物は金庫の中で、普段はそれと同じように作らせたイミテーションで済ませている人もいる。しみったれだと思う。女優こそ、本物の輝きの中で生きていかなきゃ。
 赤い天鵞絨を貼ったその中には常時十個の指輪をしまってある。待ち時間の時にそれをひとつひとつ取り出しては十本の指全てにはめるためだ。
 台本を読み直すよりよほど気持ちが高揚する。全部合わせたら五千万は下らないだろう。
「あら、おかしいわ。ひとつ足りないんだけど」
「えっ?」
 コーヒーを淹れるのを中断して、あわてて愛が覗き込む。
「ほら、ひとつ、ふたつ、みっつ……ここのつ」
「えっそんなはずありません。私ずっとここにいましたし、宝石箱にも触ってません」
 意外にも愛は強い眼光で真っ直ぐに私を見返してきた。おろおろと泣いて絶望とやらの片鱗でも見せてくれれば、ごめんねと笑って種明かしするつもりだったのに。私はさっきポケットに入れて隠したひとつの指輪を出すきっかけを失った。
「愛ちゃん、人には魔が差すってことがある、謝ってくれれば水に流すわ」
「私は指輪なんか盗ってません」
 期待に反して薄笑いさえ浮かべているではないか。なんてふてぶてしい!
「謝るとしたら……」
「謝るとしたら?」
「私、監督とつきあってます。次回の映画の主役にしてくれるそうです。あなたの恋人だった監督を盗ったと言われれば謝ります」
「ちょっとどういう事?」
「今まで付き人として尽くしてきましたが、あなたは一向に私をデビューさせてはくれなかった。あなたの機嫌次第で八つ当たりされ、使えないわねと理不尽ないいがかりをつけられて舌打ちされても、これも修行のうちと我慢しました。いつか女優にって思っていたから。そんな時、監督からあなたは才能のありそうな女優を潰す天才だと聞きました。けなして、けなして、自信喪失させるのが手。そんな風に夢をあきらめた付き人はざらだったそうですね」
 私の胸に黒い感情が湧き上がり、それはあっという間にものすごいスピードで渦を巻き始めた。何か言い返そうとしても唇はわなわなと勝手に震えるだけだ。
「年増は年増なりに引っ込んでればいいのに、まだお嬢様のつもりで主役張りたがるって、監督、ベッドの中でぼやいてましたよ。ああそうだ指輪の件どうします? 私は警察呼んでもらっても構わないんですけど」
――見透かされている。愛が高らかに嗤って出ていった。
 女優としての私の未来はどうなるのだろう。私だけを愛していると言ってくれたあの人の心はもう取り戻せないのだろうか?   
 これが……絶望? 額から冷や汗が滴り落ちる。鼓動が早鐘を打つように波打つ。
 私はあわてて鏡の前に座る。そこにありありと映し出された『絶望』に魅入られたように動けなかった。 
 芳しいコーヒーの匂いが他人行儀に通り過ぎていった。 


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このストーリーに関するコメント

14/01/28 そらの珊瑚

画像はGATAG フリー画像・写真素材集 3.0サイト様より、
FM Era様の作品をお借りました。

14/01/28 メラ

拝読しました。絶望的気分ですね。最後のしめ方がまたいいですね。絶望的です。面白かったです。

14/01/28 朔良

そらの珊瑚さん、こんばんは。
拝読いたしました。

ちょっとした悪戯心が大変なことになってしまいましたね^^;
でも監督の心は既に離れていたようで、これぞ自業自得と言ったところなのでしょうか。
鏡に映った絶望した女の顔…逆手にとって見事にお菊を演じ切り実力派の女優に生まれ変わってほしいです。
番町皿屋敷の10枚の皿→10個の宝石の流れも、さすがそらの珊瑚さんという感じでした。
そのままドラマに出来そうですね!
面白かったです。ありがとうございました。

14/01/29 むあ

心に迫ってくる、そんな文章でした。
惹きつける文章とはそういうものなのですね…勉強になりました!
なかなか現代では使わない漢字が多用されているところは少し読みづらさは感じましたが、短編の中で何を伝えたいのかが伝わってくるとても面白いお話でした><;

14/01/29 草愛やし美

そらの珊瑚さん、こんなところに絶望が……。

難しいテーマですよね、絶望を顔の表情ひとつで表すなんて。絶望を味わったことのない幸運に恵まれた主人公にとって、この仕打ちは得難いものだったでしょう。ですが、知りたくなかったこと、皮肉なオチにこちらも薄笑いが出ました。他人行儀な香りで表された鏡に映る絶望の顔、表現のうまさはさすがですね。
参りました、面白かったです、ありがとうございました。

14/01/29 鮎風 遊

こういう女の人ってきっといるでしょうね。
自ら絶望へと落ちて行く。

頑張ろうとしているのでなく、そうなろうとするのが好きなんだろうと。
そして、それを見透かしてる愛のような女がいる。

人によっては、絶望は案外宝石より輝いたものなのかなと思いました。

14/01/29 泡沫恋歌

珊瑚さん、拝読しました。

とんだ藪蛇ではなく、藪絶望でしたね。

女優さんって、感情が嘘つきでないとできない仕事なんだと思う。
よくワイドショーなんかの誰かの葬式の場面で・・・
さっきまで知り合いとワイワイ談笑してた女優さんが・・・
マイクとカメラを向けられた途端、急にポロポロ涙を流して・・・
「とても良い人でした・・・」
と、さも悲しんでいる演技をすると聴いたことがある。

女優さんって、怖い商売だよね(笑)

14/01/29 そらの珊瑚

メラさん、ありがとうございます。

絶望、感じていただけたでしょうか? 
最後の一文、お目に留めていただき嬉しかったです。

14/01/29 そらの珊瑚

朔良さん、こんばんは。ありがとうございます。

絶望の最中、絶望の表情を視て演技に活かそうとする女優、
人としてどうなの? と思うような性格ですが
女優としては見上げた根性なんだろうと思います。
10個の宝石は無理矢理感があったかな〜という気がしないでも
なかったのですが、ほかに思いつかなくて。

14/01/29 そらの珊瑚

むあさん、ありがとうございます。

過分なお言葉をいただきまして感謝申し上げます。
現代では使わない漢字、最初の部分でしょうか? 読み仮名をふるか
迷いましたがあそこはシナリオも兼ねて記しましたので、あえてふりませんでした。
読みづらくて申し訳ありませんでした。
面白いといっていただけて安堵しました。

14/01/29 そらの珊瑚

草藍さん、ありがとうございます。

お菊の話には諸説あるそうですが、主膳がつれないお菊を困らそうとして
皿を隠してしまい、最初は穏便にすまそうとしていたのに、
成り行きで殺すしかなくなって殺めてしまったというものもあるようです。
そこからヒントを得てこの話を思いつきました。
絶望さえも、女優として花開きたいと思っている主人公にとって
まさにそれは得難い経験となったでしょう。

14/01/29 そらの珊瑚

鮎風さん、ありがとうございます。

主人公にとって、女優であるがえゆえに
自ら絶望に落ちてしまった経験はマイナスでなくプラスになるもの
かもしれませんね。

14/01/29 そらの珊瑚

恋歌さん、ありがとうございます。

嘘をホントにすり替える商売ですから、涙なんて自由自在でしょうね。
こうして創作をするということもまた、0からどれだけリアリティのある
文章を書けるかという事が重要だと思っていますので
そういう意味では少し似ているかもしれません。

14/01/30 ドーナツ

拝読しました、

絶望の境地へ行ってしまったのは、番町皿屋敷のお菊さんの霊に取りつかれちゃったのかな。

女性としては、御気の毒に、、でも役者としては「絶望」の気分を知ることができたから万々歳??

悩んじゃうね。井戸に身投げしないように。
 面白いお話、楽しませていただきました。

14/01/31 そらの珊瑚

ドーナツさん、ありがとうございます。

そうですね〜プロの女優さんであったらこれは千載一遇のチャンスですね。
転んでもただでは起きないと申しましょうか。

14/01/31 そらの珊瑚

猫春雨さん、ありがとうございます。

そうですね、この絶望をどう受け入れられるかで
その後の人生も大きく変わっていきそうです。

14/02/07 gokui

 読ませていただきました。
 火曜サスペンス劇場とかの一場面に、普通にありそうな話でした。Wの悲劇っていう映画もちょっと思い出したかな。サスペンスドラマに影響を受けた感じでしたが、最後は誰も死ぬことなく前向きに終わったのがよかったです。

14/02/08 そらの珊瑚

gokuiさん、ありがとうございます。

芸能界というところはなんだか魑魅魍魎とした側面もありそうで
生き残ることが大変難しいのでしょう。
Wの悲劇、ありましたね。ずいぶん昔に観た記憶があります。

14/02/15 黒糖ロール

拝読しました。

たまたまピックアップされてて閲覧したのですが、
ぐいぐい読んじゃいました。
面白かったです。

14/02/20 そらの珊瑚

黒糖ロールさん、ありがとうございます。
とても嬉しいお言葉でした!

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