1. トップページ
  2. ロバのパン屋さん

草愛やし美さん

時空文学コンテスト開催100回、おめでとうございます。思えば、初めて私が、こちらに投稿したのは2012年5月のこと、もう4年近く経ったのですね。時空モノガタリさまが、創作の場を与えてくださったお陰で楽しい時間を過ごすことができました。感謝の気持ちでいっぱいです。 また、拙い私の作品を読んでくださった方々に感謝しております。 やし美というのは本名です、母がつけてくれた名前、生まれた時にラジオから流れていた、島崎藤村作詞の「椰子の実」にちなんで……大好きな名前です。ツイッター:草藍やし美、https://twitter.com/cocosouai 

性別 女性
将来の夢 いっぱい食べて飲んでも痩せているっての、いいだろうなあ〜〜
座右の銘 今を生きる  

投稿済みの作品

7

ロバのパン屋さん

14/01/28 コンテスト(テーマ):第二回OC【 馬 】  コメント:17件 草愛やし美 閲覧数:2710

この作品を評価する

 お読みくださる方、もしよろしければ、このyoutubeをお聞きくださればとお願いします。ロバのパン屋さんのテーマ曲です。どうぞ、よろしくお願いします。

   http://www.youtube.com/watch?v3Ck5JKVaGRM#t14



   ♪ ロバのおじさん チンカラリン
      チンカラリンロン やってくる♪
      ジャムパン ロールパン
      できたて やきたて いかがです
      チョコレートパンも アンパンも
      なんでもあります チンカラリン ♪

 この音楽がどこからともなく聞こえてくると私たちは一斉に顔を上げる。
「お母ちゃん、ロバのパン屋が来た!」
 そう言って私たちは表に向かって一斉に駆け出していく。昭和三十年代の京都には、こういった移動パン屋さんがいた。私の記憶しているロバのパン屋さんは、ほとんど馬を使ったものが多かった。『馬のパン屋さん』と名付けられなかったのは、この商売を始めた人が、ロバを使ったからだそうだ。ロバに車を曳かせて蒸しパンを売りに来るのだ。蒸しパンは様々なものがあった。まるで、宝石の如く並んだパンはお伽の国の食べ物のように思えた。
 私たち姉妹が首を伸ばして蒸しパンを眺めていると、母が後からのんびりと歩いてやってくる。
「なにパンするんや? 一個だけやで」
 一個に迷う、迷う。なにせこのパン、結構お高く、良い値段していたから、そうそういつも買って貰える代物ではないのだ。ロバのパン屋さんは頻繁に来るものではない。たまに来るからといっても買って貰えるのは、本当にたまにしかなかった。
 馬達は可愛らしい帽子、チロリアンハットみたいなものを被らせてもらっていたが、よくその耳をプルンプルンと動かしていた。帽子嫌いなんかなぁ〜、邪魔なんと違うかなぁ〜、そんなこと思いながらロバを見ていた。同じようなチロリアン調の服? 鞍をつけられて棒で繋いだ車を曳かされている。かなり重そうだったが馬は平気そうだった。おとなしくておじさんの命令通り止まったリ動いたり、嘶いたりもしない。止まっているときは首をうな項垂れてじっと待っている、ほんとに従順で、優しそうな目をしている馬さんは子供たちの人気の的だった。
 我が家の前は市電が走っていたが、その線路のある軌道には石畳が敷かれていた。だけど周りの道路は、舗装されていないもの。昭和三十年代、道路は、どこもかしこも土むき出しのままだった。ロバも馬も砂埃を立てながらやってきていた。道路の舗装が進むにつれ、自動車でやってくるようになってしまったのは、馬のひずめには、舗装道路は向いていなかったからだろう。また、同じ道路を動物と自動車の共存が難しかったのかもしれない。

 スーパーもコンビニも何もないこの時代、商店といえば、町中の個人経営店と公設市場形式で店が集まったものだけだった。馬でやってくる移動販売店には他に化粧品売りがいた。定期的にその男の人は訪れる。馬に曳かれた小さな車の台座の扉を開けるとヘアートニックや化粧水、乳液、ポマード、クリームなんかがずらりと並んでいる。買ってもらえる家に声をかけて待っている。あちらこちらから人が出てきて化粧品の品定めをする。日用品や荒物を売る店や化粧品店、文房具店など個人のお店は商店街やその近辺にあったが、馬の化粧品屋さんが、安かったからなのか、我が家はそこで買っていた。子供にはおまけとして風船などをくれた。道路が舗装されるようになってから、その化粧品屋さんはバイクで来るようになり、やがて来なくなってしまった。馬が来なくなりおまけも貰えなくなった私は残念で仕方なかった。
 
 現代、札幌や京都など、各地に自動車で移動販売するロバのパン屋さんは残っている。だが、残念なことに本物の馬を使っているものはないようだ。本物の生きたロバのパン屋さんから蒸しパンを買えていた私は、なんてラッキーな人生だったのだろうと思う。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

14/01/28 kotonoha

「ロバのパン屋さんが来たらいいなあ」チロリアンハットを被ったロバが来たら大人の私でも嬉しいと思います。
こんな楽しいお話読ませていただきありがとうございます。
またこんなのを書いてくださいね。(*^ο^)

14/01/28 そらの珊瑚

草藍さん、拝読しました。

ロバのパン屋さん、名前だけは知ってます。
化粧品バージョンもあったとは知りませんでした。
昭和っていわゆる行商みたいなのが残っていて、
ハウスツーハウスというか商いものんびりとしてたように思います。
私が印象深いのはバイクでしたがお豆腐屋さんで、笛が聞こえると鍋を持って買いに行かされたものです。

今はきっと商品衛生法みたいなのに引っかかってしまい、生きた馬でパンを売り歩くなんてこと出来ないでしょうね。
昭和の風物詩、楽しかったです♪

14/01/28 そらの珊瑚

↑すみません。またしても。食品衛生法の誤りでした。

14/01/28 そらの珊瑚

投稿ありがとうございました。(すみません、何度も)

14/01/28 朔良

草藍さん、こんばんは^^
拝読いたしました。

本物のロバのパン屋さん、ご覧になったことがあるのですね〜。名前は知っていて…自動車で売りに来ているのは近所で見たことがあるような?
小さいころ田舎に住んでいたので、トラックでなんでも屋さん?(肉・魚・果物・おかし何でも積んでました)が来るのを楽しみにしていたのを思い出しました。お菓子を買ってもらえるとは限らないけどわくわくしたんですよね。
本物の生きたロバのパン屋さんから買った蒸しパン、美味しかったことでしょう。私も食べてみたいです。
素敵な思い出の話ありがとうございます。

14/01/29 鮎風 遊

ロバのパン屋さん、懐かしいですね。
昭和32、3年頃まであったような気がします。

今は時々、ロバの絵を描いた車のパン屋さんを見掛けます。
音楽はもちろんこの曲です。
ちょっと不思議な感じがします。

写真も昭和ですね。
古いアルバムにはこんなのばっかりですわ。

それと、ご参考に
YouTube
私の場合、下記のURLの方が直にヒットしました。

http://www.youtube.com/watch?v=3Ck5JKVaGRM

14/01/29 泡沫恋歌

草藍さん、拝読しました。

ロバのパン屋さんは、一度か二度・・・見たような記憶はあるんですが、買った記憶がない。
車で売りに来ているのは買ったことがあったと思います。

やっぱり動物を使って商売をするのが難しくなったんだろうね。

14/01/29 草愛やし美

お読みくださった皆様へ

ロバのパン屋さんのテーマ曲toutubeのURLが間違っていたようです。鮎風遊さんのご指摘でわかりました。正しくは以下のものになります。
修正いたしますので、どうぞよろしくお願いします。

http://www.youtube.com/watch?v=3Ck5JKVaGRM

14/01/29 草愛やし美

kotonoha shizuku様、お立ち寄りくださいましてありがとうございます。

ロバのパン屋さん、今、本物がいてもきっとヒットすると思うのですが、どうなのでしょうね。昔の子供達には、大人気でした。四年程前、京都の町中を走るロバのパン屋さんの自動車を見かけました。あの音楽を鳴らして走っていました。「ああ、まだあるんだ」と思い出に浸りました。コメントありがとうございました。

14/01/29 草愛やし美

そらの珊瑚様、コメントをありがとうございます。

行商では、典型的な「大原女(おはらめ)」さんも我が家には来ていました。「花いらんかねえ」と、花束や、お漬物などを頭の上に器用に乗せておられました。京都独特の行商人だったと思います。今では、大原(おおはら)に行くと観光客用に大原女さんがいるそうです。お豆腐屋さんは自転車でしたね、『トーフートフトフー』というラッパを鳴らして売りに来てました。あれは結構最後まで残っていたのではないかと思います。
本当に、そうでした、食品衛生法なんてのありますわ、きっと動物では許可下りないかもしれませんね。

14/01/29 草愛やし美

朔良様、お読みくださり感謝しています。

昭和を知らない方々にも読んでいただき嬉しいです。話より一見かとURLで書き手の描写ができてないものを誤魔化そうとしましたら、間違っていたようです。苦笑 ずるいことはあきませんわ。

何でも屋さんですか、私の住む大阪十三には最近、軽トラックでその何でも屋さんに近い豆腐屋さんが来ています。まだ買ったことないのですが、売れているようですよ。焼きたてメロンパン屋さんや、他のパン屋さんは売りに来ているようですが、ロバのパン屋さんは大阪では見かけません。でも探せばどこかの町で今日も走っているのかなあと思います。当時は物のない時代でしたので、たいそう美味しく感じました。今は、スーパーに多くの蒸しパンが売っています。でも、味比べできないのが残念です。
コメントありがとうございました。

14/01/29 草愛やし美

鮎風遊様、間違ってましたねURL、どうしてなのかわかりません。投稿時はちゃんと出たのですが……。ご指摘していただきありがとうございます。

訂正をコメントで載せました。百聞は一見で、ずるをして見てもらえばなんて思ったのですが、大汗 罰が当たったのかもしれませんね。笑
昭和三十年代も結構初期の頃には、馬やロバは来なくなりましたね。紙芝居のおじさんとどっちが早かったかなあなんて思い出しています。紙芝居のほうが長持ちしていたかもですね。懐かしいこといっぱいあって馬のテーマにも昭和持ち込んでしまいました。
コメントとご指摘ありがとうございました。

14/01/29 草愛やし美

泡沫恋歌様、お読みくださりコメントをありがとうございます。

恋歌さんの時代はもう車だったのかもしれませんね。年代によって時代が目まぐるしく変わった感があります。でも、今の世の方がうつり変わり早いですね。昔は、十年ひと昔前でしたが、今は一年でも変わっていくように思えます。ほんま、私などは、年よりですから、パソコンや携帯など、ついていくのに必死ですわ。苦笑

14/01/29 かめかめ

うちとこ、今でも来ますよ、ロバのパン。
ライトバンで来ます。
略してラバ。
メロンパンがおススメらしくて、全力でおしてきます。

14/01/29 草愛やし美

かめかめ様、お読みくださり嬉しいです、コメント凄い情報ですね! 

今も来ますか、素晴らしい、しかもラバですか。でも、一押しのメロンパン屋でなく、ロバのパンなんですね。苦笑

楽しいコメント笑顔になりました、ありがとうございました。

14/01/30 ドーナツ

ロバのパンやさん、この名前訊いただけで、一気に昭和モードにスイッチが切り替わりました。懐かしです。

あのころは、便利な物はなくても人のつながりから生まれるあったかさがあったように思います。

14/02/02 草愛やし美

ドーナツ様、お読みくださってありがとうございます。コメント励みになります。

あの頃が、懐かしいですが、年と共に日々記憶から遠ざかっていきます。こういう機会を戴きまして、昭和の時代の様々なことを書かせてもらい記憶を残すことができることはとても幸せだと思います。ありがとうございました。

ログイン