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鮎風 遊さん

この世で最も面白い物語を見つけ出したい。 そのために、ひとり脳内で化学反応を起こし、投稿させてもらってます。 テーマに沿った個別物語の他に、いくつかのシリーズものをコツコツと書き続けさせてもらってます。 その主なシリーズものを紹介させてもらいます。  ☆❤☆❤☆ 新シリーズ 『ツイスミ不動産』 __ 2017.07.16よりスタートさせてもらいました。 カサリンとクワガタ野郎があなたが求める終の棲家を紹介いたします。  ☆❤☆❤☆ 『刑事 : 百目鬼 学(どうめき がく)』 __ 2017.05.21 ただ今、27話 __ 1話完結の2000文字推理小説です。この少ない文字数の中で、百目鬼刑事と部下の芹凛(せりりん)がいかに事件を解決していくか、その醍醐味を味わって頂ければ、光栄です。 これからも引き続き難しい事件に挑戦して参りますので、よろしくお願いします。  ☆❤☆❤☆ 『漢字一文字の旅』 __2017.04.04 ただ今、連載41__ 漢字にまつわるエッセイです。  ☆❤☆❤☆  『歴詩』 __歴史上の人物になりかわって、その波瀾万丈の生き様の思いを詩に綴らせてもらってます。 本作品については、フォト音(on)小説という形で、you tubeにもUPさせてもらってます。 詳細はこちらHPです。  ☆❤☆❤☆  http://ayukazeyuu.net/index.html  ☆❤☆❤☆                         よろしくお願いします。              

性別 男性
将来の夢 この世で最も面白い物語を見つけ出したい。
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未完の曜変天目茶碗

14/01/27 コンテスト(テーマ):第四十九回 時空モノガタリ文学賞【 絶望 】 コメント:14件 鮎風 遊 閲覧数:3948

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 癌を患い、やせ細った父。私は父を見舞うため帰郷した。母に支えられて寝室から出て来た父、私を手作りの茶室へと招き入れ、一服の茶を点ててくれた。
 私は茶道の作法を知らない。それでも漆黒の茶碗の中で、泡立つ鮮やかな青緑色の薄茶(うすちゃ)をゴクゴクと飲み干した。
「祐輔はまだまだはな垂れ小僧だなあ。だけどお前には、この茶碗での一気飲みが似合ってるようだ」
 侘び寂びの感性を持たない私に、父は笑みを浮かべた。それから一語一語を噛み締めるように。
「たった一客の茶碗のために、それは絶望への道だったかも知れない。だからと言って、後悔しているかと言うと、そうでもない。むしろ達成できなかった自分が……愛おしい」
 私にとって父は威厳に満ちた孤高の人だった。それにしてもどうしてこんな弱気な言葉を、父は吐いたのだろうか? ひょっとすれば、聞いてはならないことを聞いてしまったのだろうか? 私はただ沈黙するしかなかった。
 父子の間に、少し歪んだ閑寂が漂う。それでも父は茶碗の汚れを黙々と拭き取り、木箱に仕舞い込んだ。
「祐輔、この茶碗、お前にやる」
 唐突に、私の前へと差し出された桐箱、その蓋には『絶望一飲一啄』(ぜつぼういちいんいったく)と銘が打たれてあった。
 これって、どういう意味? 私は訊きたかった。だが次は、まだ人生修養が足らんなあと言われそうで、「うん、ありがとう」とだけ返した。

 されどもこの一時が、父との今生の別れになってしまうとは。仕事へと戻って、一週間後に父は逝ってしまったのだ。
「祐輔、お父さんの死に目に会わしてやることができなくって、ゴメンなさいね」
 葬儀が終わっても、母は涙を流した。
「お母さん、良いんだよ。絶望一飲一啄という茶碗をもらってるから」
 私はこれがどういう意味なのかわからない。それでも母を慰めた。しかし母は理解していた。
「あの陶器は……お父さんの曜変天目茶碗(ようへんてんもくちゃわん)だよ。一千年もの間、誰も作り得なかった焼き物、それを作るんだと、退職してから焼き続けてきたの。だけど、成し遂げられなかったわ。随分と落ち込んだ時もあったようだけど、絶望を一飲一啄しながら、あの人は慎ましく生き抜いたんだよ。その証があの最後の作品なの」
 そう言えば、父は第二の人生を陶芸に捧げていた。それにしても曜変天目茶碗の制作に、第二の人生をかけていたとは? 私は驚いた。

 曜変天目と冠する茶碗、この世に三つしかない。覗き込めば、漆黒の地に大小の斑文が散らばり、見る角度により藍から虹色へとメタリックに輝きを変化させる。それはまるで、小さな器の中に大宇宙を閉じ込めたようなもの。
 そんな希少な茶碗、秀吉が信長に献上しようとした。しかし家康が手を滑らせ、ガッチャンと割ってしまった。それ以来のことだ、秀吉と家康の仲が悪くなったのは。こんな裏伝説まである。

 それでも老い行く父は、いろいろな釉薬を使い、焼き温度を変え、無限であろう試行錯誤を繰り返した。思いは、星々をたった6センチの茶碗の底に煌めかせたい、そのためだけに。
 こんなロマンを追い続けた父、だが夢は叶わなかった。
 それでも父は──それは絶望への道だったかも知れない。だからと言って、後悔しているかと言うと、そうでもない。むしろ達成できなかった自分が愛おしい──と私に告げた。

 茶碗を手に取ってみると、確かに漆黒の地にくすんだ斑文がある。決して美しいとは言えない。しかし見る角度を変えると、微かな輝きがある。
「祐輔、その茶碗で、一服の茶を点ててあげる」
 母が涙ながらに言った。逆らう理由はなく、私は「うん」と答えた。

 母は茶道の免状を持っている。喪服のままでも、姿勢も、茶筅で撹拌する手付きも父とは違う。茶を点て、私の前へと茶碗を置く。そして一礼し、凜然と。
「男の絶望を、飲み干してやってください」
 いつも優しく微笑む母、これほどまでに毅然とした面持ちの母を見たことがない。息子である以上に、父と同じ一人の男として対峙しなければならない。私は深く一礼し、茶碗を持ち上げた。そして父が、お前にはこの茶碗での一気飲みが似合ってるようだと評した通り、ぐいっと呷った。
 底を見ると、斑文が見て取れる。それらはまさしく宇宙のくすしき光のように輝いている。
 人生という長い旅路、私も絶望の淵に落ちることがあるだろう。その時は、この茶碗で一服の茶をたしなめ! 父はそう伝えたかったのかも知れない。

「未完の曜変天目茶碗でのお抹茶、どうだった?」
 母はいつもの母に戻り、茶目っ気たっぷりに訊いてきた。
「俺はまだまだはな垂れ小僧。だけど、親父のことがちょっとわかったような気がするよ」
 こう正直に答えた私に、母はしみじみと呟くのだった。
「やっと一端の男になってくれたんだね」


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このストーリーに関するコメント

14/01/28 朔良

鮎風 遊さん、こんばんは。
拝読いたしました。

以前「曜変天目茶碗」について、少し調べたことがありますので、大変興味深く読ませていただきました。
残念ながら実物は見たことがありませんが、画像で見るだけでも目を奪われるほど美しいですよね…。
そんな曜変天目を追い求めるお父様、たとえなし得なくても、そこにあったのは絶望だけではなくロマンだったような気がします。
絶望の中にも光はある、そう思わせていただける作品でした。
ありがとうございました!

14/01/28 笹峰霧子

この謂れのある貴重な茶碗を通して交わせた父子の心、
お父様の最後の姿がお茶を点てられたというのも
私にとってはすごく新鮮でした。

命が終わろうとする間際までこのように
心に残る会話がなされることにも感動です。

14/01/28 草愛やし美

鮎風遊様、拝読しました。

茶道の世界を知らない私です。大変、趣のある作品と感服いたしました。
お抹茶、茶碗に絶望を設定するとは、凄いですね。言葉なくても通じ合える父と子の繋がりの深さがひしひしと伝わってきました。
お母様が父子間を取り持ちとてもよい関係を保たれていて素敵なお方。こんなご両親に育った主人公は、幸せですね。最後の言葉、家族の姿を集約してていいなあと思いました。「曜変天目茶碗」6センチのなかに宇宙を見てみたいものです。
テーマは絶望ですが、この作品はいい意味合いの絶望、なんというか、とても優しい絶望なのだなと〜と感心しました。ありがとうございました。

14/01/28 泡沫恋歌

鮎風さん、拝読しました。

陶芸に対する造詣の深さに驚きました。
天目茶碗は、名前だけは聴いたことがありましたが詳しくは知りません。

一昨年ですが、機会があり、初めてろくろを回して、お茶碗とマグカップを
作りましたが、楽しかったです。
あの粘土の感触は何だか気持ち良かったあー(笑)

陶芸家の道はけわしそうですね。
茶碗を通して、父と息子の絆を感じさせました。

実に、これは秀作だと思いました。

14/01/28 そらの珊瑚

鮎風さん、拝読しました。

名器と呼ばれる茶碗をのぞけば宇宙がそこにあると聞いたことがあります。
道半ばで逝ってしまったお父さんでしたが、成し得なかったことを
受け入れることで絶望を超えた何かを手に入れたのではないかと察します。
きっと息子へそれを受け渡すことができて喜んでおられると思います。

家康はうっかり手を滑らせたのではなくて、わざと、
という気がしないでもありません(笑い)

14/01/28 鮎風 遊

朔良さん

コメントありがとうございます。

曜変天目茶碗、国宝でありますが、残念ながら我々は目にすることができないです。
一度見てみたいものです、茶碗に閉じ込められた宇宙を。


14/01/28 鮎風 遊

笹峰霧子さん

コメントありがとうございます。

男にとって父は別格なものがあります。
こんな風なものにちょっと憧れまして。

14/01/28 鮎風 遊

笹峰霧子さん

コメントありがとうございます。

男にとって父は別格なものがあります。
こんな風なものにちょっと憧れまして。

14/01/28 鮎風 遊

草藍さん

コメントありがとうございます。

私はまだはな垂れ小僧ですが、そうですね、一端の男になりたいです。
6センチの中の宇宙、どんなんだろうか?
いつも見てみたいと思っています。

14/01/28 鮎風 遊

泡沫恋歌さん

コメントありがとうございます。

土と遊ばれたのですね。
私は若い時に壺を作りたいと思ったわけですが、気が付けば違った方向に進んでました。
後悔ではありませんが、そんなことを思いながら書かせてもらいました。

14/01/28 鮎風 遊

そらの珊瑚さん

コメントありがとうございます。

裏裏伝説ですね、実は家康はわざと茶碗を割った。

信長が家康を安土城に招いたことがありました。
その時の接待係が秀吉。

家康のこと、充分あり得ると思いました。

新展開でまた物語が出来そうです。

14/02/07 gokui

 読ませていただきました。
 よくできた物語だと思います。しかし、なんか違和感を感じました。他の方は絶賛されているので私の間違いか何かだと思いますが、その違和感を書かせてもらいます。それは、最後の母と祐輔の会話です。なんだか説明的というか、取って付けたような印象を持ってしまいました。たぶん私の幻覚です、忘れてください。

14/02/08 鮎風 遊

gokuiさん

コメントありがとうございます。

感じ方はいろいろでしょうね。
親父のことがちょっとわかったような気がする、と祐輔が言う。
これに母は父と同じ精神世界で生き始めた息子を感じた。
そして、その嬉しさが、「やっと一端の男になってくれたんだね」と言葉に出た。

こんなこと、なんで説明せなアカンねん。

14/02/09 光石七

拝読しました。
「名前に絶望という言葉が入る茶碗とは、これいかに?」と興味深く読み進め、お父さんの愛情に心が温かくなりました。
お母さんも魅力的な人ですね。
そういう描写がないのにそれぞれがどんな人物なのかを思い浮かべることができ、作品に奥行きを感じました。
素敵なお話をありがとうございます。

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