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クナリさん

小説が出版されることになりました。 『黒手毬珈琲館に灯はともる 〜優しい雨と、オレンジ・カプチーノ〜』 マイナビ出版ファン文庫より、平成28年5月20日発売です(表紙:六七質 様)。 http://www.amazon.co.jp/dp/4839958211

性別
将来の夢 絵本作家
座右の銘 明日の自分がきっとがんばる。

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くさりの歌

14/01/21 コンテスト(テーマ):第四十九回 時空モノガタリ文学賞【 絶望 】 コメント:14件 クナリ 閲覧数:2007

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同級生の翔子がロザリオに祈りを捧げる格好も、随分板に付いて来た。
女子中学生が冬の夕暮れの公園で十字を切っているというのは、少々異様かもしれないが、これが彼女の習慣だった。

二人とも、自分の家が好きじゃない。
我が家の両親は子供を荷物としか思っていなかったし、翔子は父親が早世した後、ひっきりなしに男を家に連れ込む母親を心底軽蔑していた。
私達は共に、“可愛そうな子供”である自分を少し特別に思いながら、本音ではいつも“普通の家”に飢えていた。
そのせいか、小学校の頃からよく気が合った。

カトリック系の新興宗教に、二人で入信したのは去年、中学一年生の時だ。
最初は私一人で入信するつもりだった。母に頼らずに一人で生きていくには、都合のいいコミュニティだと思った。私は居場所を、組織は信者を求めていた。
そんな私を心配して、自分も一緒に行くと翔子が言い出した時は驚いた。
無理に止めるのではなく、自分も同じ場所へ飛び込んでくれる存在がいることが、心底嬉しくて、誇らしかった。
その翔子が今では、すっかり敬虔な信者となっていた。
私が思っていた以上に翔子は、居場所に、大人に受け止められることに、人に何かを与えることに、飢えていた。神の教えはあまりにも上手に、翔子を満たした。
ミサの度に翔子の瞳が浮世離れした色に染まるのを、私は苦々しい気持ちで見ていた。

「カアは、あまり神様信じてないよね」
公園からの帰り道の狭い路地、夜空の下で翔子がそう言った。私をあだ名で呼ぶのは、この世で翔子だけだ。
「まあね。嫌なことも増えるし」
冷めたようでも常に飢えている私達は、一度信じるものを見つければ、自分の全てを預けるまで依存してしまう。けれどその信頼は、いずれ簡単に裏切られる。
そんな思いをするのは、もう充分だった。親の愛は無償で無限のはずだと、なぜか信じていた馬鹿な子供には戻りたくない。
翔子は、危うかった。母親への軽蔑と、教会への耽溺が極端で、バランスを欠いている。
清廉さなどまるでないバラックの教会に住む若い神父にイカれながら、自分が抱いているのは、恋とかいうありふれた衝動よりも、もっと高尚なものだと信じていた。
自分は“普通の家”の子供ではない。そんな自分から生じる感情は、他の人とは違う特別なものだ。それが、私達の根源的な信仰だった。
「カアは今も、一人で生きていきたいと思ってる?」
「翔子とは一緒にいたいと思ってるよ」
少し歩いてから翔子と別れ、月と同じ大きさの水銀灯の下、私は翔子が誰にも裏切られないことを祈った。
でも、何に祈ればいいのかは分からなかった。

私は二十代の半ばを迎えても、自分は異端の特別な人間だと、まだ信じようとしていた。
誰もが人と繋がろうとする世の中で、一人で生きていくことだけが、私の特異性だった。だから私は何となく、自分は妊娠することはないのではないかと思っていた。
しかし、つまらない男との間にあっさり子供ができ、つまらない結婚をした。
安いアパートの陽だまりの中を這いずる我が子を見て、こいつもいずれ、子供を作るのだろうかと考える。
繋がる命。吐き気しかしない。誰が頼んだ。
孤独という特性を失った、誰でもない自分。
私を包んだ絶望は、恐ろしく静かだった。



中二の三学期のある夜。
何となく寝付けなくて深夜に出歩いたら、たまたま通りがかった翔子の家が激しく燃えていた。消防車はまだ来ていない。
夜空へ吹き上がる炎の中、二階のベランダから翔子が乗り出していた。
「翔子!」
翔子は私がいることに気づき、一気にまくし立てて来た。
「カア! よかった、言っておくね! 人はさあ、やっぱり一人じゃない方がいいよ! 特にカアは一人でいることに向いてないよ! 言い訳作って人のいる方へふらふらふらふら、危なっかしいんだよね!」
翔子の涙だらけの顔に、炎が照り映える。
「嫌だったよ、私を見てるみたいで! カアのことは凄く大切で、でも凄く嫌だった! 一人がいいよね、一人がさ! 嫌なことは、一人分で済むから!」
消防車のサイレンの中、翔子は燃え盛る炎に飲み込まれた。
家が全焼する前に翔子は運び出されたが、全身火傷で、程なくして死んだ。
焼け跡からは、同じ状態の翔子の母親と、神父が発見された。二人とも服を着ていなかったのは、焼け落ちたせいではないようだった。
灯油を撒いて家に火をつけたのは、翔子だった。



人生が嫌気に満たされても、首ひとつくくればいつでも終わりにできる。それが私の、子供の頃からの救いだった。
けれど自分の分身が産まれたことで、私の断絶は不可能になった。
ありふれた連綿の継承の中で、いずれ正体を無くす私の情報。
絶望の種が、今日もあどけなく笑う。
その首を絞めることもできない自分に、私は日々、新鮮に絶望するのだ。


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このストーリーに関するコメント

14/01/22 平塚ライジングバード

クナリさん、拝読しました。

日常的な題材、価値観を大きく変容させる表現を行った作品に対して、
『異化』という言葉をよく用いる友人がいたことを思い出しました。
本作は、家族ができること及び繋がる命というポジティブなイメージが
つきまとう概念を、『絶望』にまで昇華するという非常に卓越した
『異化』が行われている作品でした。
孤独の考え方、描写について様々な工夫が凝らされていたので、『異化』
の過程に関し、特段の唐突感もなく、むしろ圧倒的な説得力と共に
受け止めることができました。

余談ですが、中盤で20代を迎えた自分に関する描写を挿入する演出は、
本作においてかなり効果的だったと感じました。
面白かったです!!

14/01/22 泡沫恋歌

クナリさま、拝読しました。

さすが、上手い、ストーリーの流れも新鮮な驚きがあります。
二人の少女はお互いを見ているようで、好きだけれ内心嫌悪していたのでしょうか?
ひとりはいいかも知れない。
確かに、自分で全て決着がつけられて心の負担もない。

ただ、母親である自分は我が子をどんな比喩であっても・・・
「絶望」とは呼べない。
赤ん坊を産む時には、女は命をかけています。

この作品は無知な私には難しかった。
・・・受け止め方がよく分からない。

クナリさんゴメンね。読解力が足りませんO┓ペコリ

14/01/22 そらの珊瑚

クナリさん、拝読しました。

母性ってもしかしたらくさりではないかと思うことがあります。
子供を産めばおのずと備わる神聖なもの、というくさり。
子を産んだ時にそのくさりは巻かれて容易なことでは引きちぎれないし、
くさりに巻かれていることに気づいてしまわないように
(幸せを幸せなまま続かせるために)
注意深く生きていかなくてはならない。
新鮮な絶望という表現に感銘を受けました。

14/01/22 草愛やし美

クナリ様、拝読しました。

そういう経緯があったのかと、終盤になってようやくこのお話の絶望の意味合いの深さを知りました。翔子さんの意志によって、カアは生かされたきたのでしょうね。
分身のいる母としての時分と、翔子さんへの想いが複雑に交差するクサリ、絶望は果てのないものに思えます。でも、生きていてよかったときっと思える日がくることを私は、願いたいです。

深い話、絶望をこういう形であらわされたクナリさん、さすがですね。素晴らしいと思いました。ありがとうございました。

14/01/22 リードマン

拝読しました!
おっとBGMが“この世全ての悪”だw
私は本当に辛そうな人に出会った時には、必ず、こう薦めます。
今まで本当に良く頑張りましたね、貴方はもう浄土へと行けるでしょうから、安心して、死になさい。

14/01/23 双六

クナリ様、拝読しました。

映像が目に浮かぶというか、台詞が頭に流れますね。
まさにドラマ的!ドラマチック!!
説得力があれば絶望も嫌な気にならないもんだな……と思いました。

14/01/24 クナリ


平塚さん>
この話とは直接関係ありませんが、家族を持つということが恐怖でしかない状態で、子供を産まざるを得なくなってしまった人というのを見たことがあります。
母親として未成熟なまま、子供が育つにつれ、周囲はみんな「可愛そうな子供」の味方。
不幸な展開を防ぐためには、先に救われるべき人間は果たして誰なのか、というのを、それからよく考えるようになりました。
彼女は「善良な一般社会の価値観」とも、ただ一人で相対しなければならないわけで。子供という社会の宝に恐怖したり、負の感情ばかり持ってしまう人間を理解しようとする人間なんてそういないわけですよ。
それによって生まれる孤独に巣食う歪みと言うのは、不幸の温床ですわいなあ…と。
成長してからのシーンは最後にまとめようかと思ったのですが、掌編としての構成を考えると、火事のシーンを最後の方へ持って来た方がいいかな…と思って、主人公には中盤で一度に十代半ばになってもらいました。
工夫した所へ言及していただけてうれしいです、ありがとうございます!


泡沫恋歌さん>
クナリが書く話はそんな深遠なものではないので、読解力など本来不要、ふつうに楽しめないのは書き手の方の不才の致すところであります!
何でしょうね、自分の欠陥部分だと思うんですけど、「出産」「母性」「親子」「家族」といったものに、社会通念上当然に期待される(わあ嫌な文)神々しさとか神聖さというものを、期待しないんですよね。
命がけで子供を産むのはもちろんなんですが、
産まれたての我が子を「不愉快だから遠ざけて」という母親がいて、
産まれたての我が子を見てため息をつく母親がいて、
産まれたての我が子に喜びよりも不安と苦労を想起してしまう母親がいて、
産まれたての我が子を見ても根源的な愛情というものを生じることが出来ずに苦しむ母親がいて、
産まれたての我が子を見ても根源的な愛情というものを生じることが出来なくてもそれが当然だという母親がいて、
世間は社会通念により当然に「そんな親を持った可愛そうな子供」の味方をして、でもその母親は「悪い大人」というよりも「元々『可愛そうな子供』だったのがそのまま大きくなった姿」だったりして、
愛情を注ぐべきだし注ぎたいと潜在的にでも思っている我が子に対してそれが出来ない苦しみと言うのは、本人以外誰も手を出せない絶望で、その絶望は目に見える対象である我が子に向けられることがままあって…
んんんん。
自分ひとりで自分を完結させられなくなった絶望とともに、我が子を絶望の象徴として見てしまう自分への絶望感というの……も。
くッ、自分で何言ってるのか分からなくなってきました!
なんか最近、もーその気になったら恋歌さんへのレスが本編よりも長くなる恐れが出て来たようなッ!(^^;)


そらの珊瑚さん>
今回のタイトルに「くさり」という言葉を使ったのは、珊瑚さんのおっしゃる通りで、一人で生きて行きたくても子供を産めば自分一人ではなくなることで、何かに繋がれてしまう…というのと、なにかに縛られてしまう(自縄自縛?)…みたいな感じで。
あと、子供とのつながりを感じれば、自然に、自分の親なんかとのつながりも意識しちゃいますし。
巻きつけ過ぎれば鎧のようになってしまって、傷つけられない代わりに他から断絶してしまう。
あと、「腐り」ともかけようかと思ったのですけども、これは関連させられなかったですね。残念ッ(なのかッ?)。
母性ってもちろんとても尊いもので、人間の様々な価値観の立脚点にもなっている気がするんですけど、単純に「いいもの」と呼べるものではなくて、善悪という基準では割り切れないと思うんですよね。ひどく根源的で、取り扱いには非常に注意が必要なしろものだなあと。
新鮮な絶望って変かなあと思いながら書いたのですが、効果的だったのなら良かったです、ありがとうございます!

草藍さん>
「鬱病」と「鬱状態(一時的なもの)」は違うのだという話をテレビで聞きかじり、絶望と言うのも似たようなものかもしれないなあと思います。
「躍動的に絶望の深淵に落ち込んでいる(もう自殺まで一直線)」のと「気力や希望の余地もない状態で、自殺する積極的理由がないので生命活動を維持している」のと、両方とも絶望状態ですが、今回の話では主人公は後者ですね(翔子が前者で)。
こやつは絶望状態のままで話が終了してしまいましたが、掌編小説として構成するなら、救済の萌芽みたいなものは盛り込んだ状態で終わらせなければならなかったのかも…と書き終わってから気付くていたらく!
考えろ! もっと考えてものを書くのだ自分ー!

リードマンさん>
フッフフフ、クナリと言えばものを知らぬことでは右に出るものなしののうたりん!
したがってその曲も知りませぬ! どうもすみません!
自分の場合は、「好きにすれば?」と言いますかね…(冷たいな)。
リードマンさんのように言われたら、逆に「なんだとー」とか「いや、まだまだなんですよ」とかいって立ち直りそうですね。

OHIMEさん>
出産に関しては、社会通念や一般的善性を持っていいの悪いのとは言えないところがありますね。
パターン化できない、全ての事例が代表事例と言うか。
望まれない出産と思えても、結局その後が大事なわけで、逆に言うと、望まれたはずの出産がのちに大きな影を落とすこともあり。
愛情が無限で無敵だと信じられればいいのですが、それを信じるにはちょっとばかり多くの「代表事例」を知りすぎたかもしれず、そしてそれすらも氷山の一角中の一角です。
自分の信じた家族も尽くして来た社会もお腹を痛めた我が子ですらも、自分を傷つける存在になってしまい得るのが人生(どうしたお前えらそうやのう)。
希望は絶望の別の顔で、つながりは孤独の裏面で。
その別の顔を見て、裏をめくってしまった者はいかに生きるべきか、救われるべきなのか?
そうせざるを得ないと思ってそうしたら、全ては自己責任なのか?
産まない決断をしていればよかったのか? それは少なくとも今よりもいいという意味なのか?
育てない決断をしていればよかったのか? そうすれば少なくとも自分だけは救われたのか?
別の顔を見るような羽目になったお前が悪い、裏をめくったお前が愚かなのだと、「母親が当然に得るべき母性」を人権や社会参画の前提条件とする「善良なる社会」に当然の顔で底の底まで踏みつけられてしまったなら、誰が助けてくれるのでしょう? 神様でしょうか、神様の様な人でしょうか?
悲劇の棘は子供のころに刺さったなら、大人になったらちょっとやそっとじゃもう抜けないというのに!
うん…この主人公が子供育てるって、ろくでもない未来しか想像できないですね…。
この人にとって、救済は全て、自分の救いでしかないと思うから。

双六さん>
コメントやポイントのメール通知は、マイページで設定するですよッ(もうご存知でしょうか(^^;))。
『探してるんです。』はぜんぜんだめではありません、良作でしたからね。個人的にはもっとポイントが伸びるべきだと思っています。
『HELLO』も、すっかりしてやられましたからね。テーマまでギミックとして利用した、面白い作品でした。
どちらも、読者を楽しませようとする熱意が感じられ、何とも素敵です!

この話は、ほっとくとなんか暗い感じでうじうじしてるばかりになりそうでしたが、火事が起こったせいで多少のドラマチックさが出ているかなあだといいなあと思います。いえこんな話でいいなあもないのですが。
自分の話はよく人が死ぬので、説得力が出ると嬉しいのです。
お読みいただき、ありがとうございました!

14/01/26 クナリ

猫春雨さん>
自分が一番の強敵ですよね。
負けるも勝つも自分しだいで決められるという、この手厳しさ!
自分は闇に許容されていて、闇の中で生きていることを自負しているほど、
その闇に裏切られるのは辛いのでしょう。
それにしても、自分を信じる…成功したことがないなあ(^^;)。


14/02/06 gokui

 読ませていただきました。
 よくこの短い作品の中にいろいろ盛り込みましたねえ。書き慣れてないとできないことですよ。
 本当は非常に単純なのに、自分たちで複雑にしてしまった今の世の中が凝縮されていますねえ。子供を産んで育てていくことは生き物として当然のことなのに、それについていろいろなことを考えてしまうのはなぜなんでしょうね。私にしても、いい年して子供はおろか結婚もしていないのは鎖を恐れているのかもしれませんね。
 最後の新鮮に絶望するというのは本当に上手い表現ですね。そのうちパクらせていただきますので目をつぶっていてくださいね。

14/02/06 クナリ

gokuiさん>
お読みいただきありがとうございます。
いろいろ詰め込んでみました。詰め込むのがすきなのです。
初めて投稿したのが12/10/30で、それから基本的に毎回コンテストには参加していますので、不器用者ながらさすがに書き慣れてきているのかもしれません。よしよし(?)。
子供を産む、ということによって生じる価値観というもののあまりの多様性に、個人も社会も追いついていないのかなあと思うことがあります。
特に最近は、ほんの数十年前とは家族の形も個人の生活の仕方も違っていますし、その中で昔は普遍的だと思われていた価値観すらときに通じなくなりますしね。同じ人間同士で、それによる疎外や排斥も起きて…いかに社会が、思い込みと自分かわいがりの中で構成されているのかと感じます。
新鮮絶望、どうぞ、使ってやってください。
どうやら、自分にしてはなかなかいい言い回しができたようですね。

14/02/10 光石七

全てを賭けて信じたものに裏切られた時の絶望は計り知れませんね。
カアが信じようとしないのも頷けます。
子供が生まれて日々絶望する…… 胸が焼けつくような苦しさと同時に、うっすら救いの光も感じるのは気のせいでしょうか?
濃厚なお話に圧倒されました。

14/02/10 クナリ

光石さん>
裏切りというのは本当に色んな衝撃が精神を揺さぶりますよね。
怒りとか悔しさはもちろん、自己嫌悪だの後悔だのと、手に余る感情がたくさん噴出しますが、どれひとつとして前向きに事態を解決してくれないので困りものです。
この主人公を救ってくれる可能性があるのは、ひとまずこの子供くらいしか見当たりません。
人間の性で壊れた自分を、人間として再生させてくれるのは、人間だけしかいないというのが悩ましいところです…。

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