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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
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カレーライスラプソデー

14/01/20 コンテスト(テーマ): 第二十四回 【 自由投稿スペース 】  コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1486

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 と、女が家にあがってきたのだった。
 そのときぼくは、たとえばいつまでも脱皮をためらっているセミのように、じっと自分の殻の中にとじこもっていた。
「カレー、あるかしら」
「うまいレトルトならあるけど」
 いってしまってからぼくは、しまったと思った。うまいとつけ加えたばかりに、カレーをふるまうはめになってしまった。おまけにぼくは、あろうことか、冷蔵庫にのこっていたジャガイモをとりだすと、包丁を握りしめ、、結構器用な手つきで、皮をむきはじめた。
「レトルトだからといって、ジャガイモをつけくわえていけないことはないだろう」
「ついでに、お肉も、くわえたら」
 女はいつのまにみたのか、冷蔵庫の一番上に、スチロール皿に半分ほど残っていた肉に気づいていた。
「あいにくだけど、これは豚だよ」
 せめてもの抵抗をこころみたぼくにむかって女は、
「カレーに豚肉って、あたし好きよ」
 じつをいうとその豚肉は、カレーにいれるためにおいてあったものなので、さっきの言葉とは裏腹に、ぼくはすみやかに肉をとりだしていた。
「冷凍ごはんでいいだろうか?」
 またしてもぼくは、女に主導権をにぎらせるような発言をしてしまった。案の定女は、
「やっぱり、炊き立てにまさるものはないわね」
 ぼくは炊飯器のふたをあけて、ビニール袋からカップですくったコメをその中にあけた。
 ぼくは切り分けたジャガイモを、湯をみたした鍋にいれた。
「わるいね、福神漬けがないんだ」
 女は、憮然となった。
「福神漬けがないカレーを、どうやって食べればいいというの」
 ぼくは、ふたたび冷蔵庫の中をのぞきこんだ。もうそれがなにかもわからない袋や小瓶をかきわけた奥に、ちいさなタッパの容器があらわれた。そのタッパもいつのものかは、まったくおもいだせなかったが、中になにやら紫がかったものが窺えた。手にとって、ふたをあけても、依然としてそれがなにかはわからなかったものの、すでにそれは発酵していて、どこかブランデーに似た馥郁とした香りをたちのぼらせている。
「これ、福神漬けのかわりに、どうだろう」
 女はぼくがさしだすタッパをのぞきこんだ。そして無言のまま、話題をかえた。
「食事のあとに、お風呂はいりたいから、わかしておくわね」
 女は台所をでて、浴室にいった。まもなくいきおいよく水のほとばしる音がきこえだした。
 女は台所にもどってこなかった。居間から、テレビの音がしたので、どうやらそこにいった模様だった。
 ぼくは大きな声ではなしかけた。
「カレーね、レトルトをやめにして、本格的にルウを溶いて作ろうとおもうんだけど、きみはどうおもう?」
 女の返事が、廊下伝いにかえってきた。
「いいけど、最近のレトルトは、おいしいものもあるわよ」
 あくまで女は、ぼくの調理の腕に懐疑的のようだった。本格的にルウを溶くなんていったのがまずかったのだろうか。本格的もなにも、ルウはルウなのだ。
「きみが満足するカレーを作るよ」
「期待してるわね―――きゃっ」
 悲鳴のあとに、大量の雑誌類が落下する音がきこえた。
 押し入れに積み重ねてあった雑誌が、女が襖をあけたことにより、崩れた落ちたらしかった。おそらく、女のまわりには、おびただしい数のアダルト雑誌が氾濫していることだろう。
 これによって、なんとなくインテリ風を装っていたぼくの化けの皮は、あっさりと剥ぎ取られてしまった。だが、いきなり家にあがりこんできた女が襖をあけるときのために、わざわざ押し入れに哲学書をつんでおくことなどできはしない。ぼくはもう、そのことは考えずに、一心にカレー作りに専念することにした。
 刻んだ玉ねぎと角切りにした人参はすでにジャガイモといっしょに煮てある。豚肉は油をひいたフライパンで炒め、それも鍋にいれた。最後にルウをおとして、弱火で数分煮込んだところで、ほどよくご飯も炊き終わった。
「できたよ」
 いまのぼくは、はやく女にカレーを食べさせてやりたい気持ちでいっぱいになっていた。おぼんなどなかったので、ぼくはカレーをもった皿をひとつずつ、居間にはこんだ。
 女は、一年中使用しているやぐら炬燵のテーブルをまえに、白だったのが灰に変色した座椅子にもたれてすわっていた。おちたはずの雑誌の類は、ふたたび押し入れにもどしたらしく、どこにもみあたらない。
「あついね。それ、まわしたらいいのに」
 とぼくは、部屋のすみにおかれた扇風機を目で示した。その扇風機もまた、炬燵同様一年中その場所に置かれていたのだが、一年中位置を変えないままのものはほかにもいろいろあったので、なにもめずらしいことではなかった。
 女のしなやかな指が、扇風機のスィッチを押した。それは頭を回転させながら、室内に涼風をもたらした。
 女とぼくは、カレーライスを食べはじめた。しばらくは、古い扇風機がまわる、重たげな回転音が室内にきこえつづけた。ぼくは、女が大匙ですくったカレーライスを、つぎつぎと頬張る様子を、興味ぶかくみまもった。過去にカレーをたべる女をみたことがないわけでもなかったが、なぜかいまはじめて、女がカレーライスを食べる様子を、まのあたりにしたような気がした。
 ぼくのほうが少しはやく食べ終えた。炊事でほてった体でカレーをたべて、倍あつくなった。
 テーブルからさがり、足をのばしたとき、炬燵の下から、パラパラと雑誌のめくれる音がきこえてきた。それはしまい忘れた一冊のようで、女のちょうど真下にあって、扇風機の風があたるたびに、ページがめくれて中の写真をのぞかせていた。アダルト雑誌だけに、どのページもヌードばかりで、なにもしらない女に教えるべきかどうか迷うぼくの目に、さらに大胆なポーズで迫ってきた。
「水だよ」
 とぼくは、冷蔵庫からもってきたペットボトルをかたむけて、彼女のコップにそそぎいれた。女はそれをのみほして、食事を終えた。
 ぼくが台所で食器を洗っているとき、女が浴室にはいったことを告げる、シャワーの音がきこえてきた。なめるように、きれいになっている女の皿は、ぼくをことさら上機嫌にさせた。それでぼくは風呂からあがってきた女に、冷えた缶ビールをふるまった。
「この一瞬は、なにものにも代えがたいわ」
 女は一息にビールを呷った。
 炬燵テーブルにすわった女の下では、さっきの雑誌がひらいたままになっていて、両開きのページにはまさに女の足が両開きになっている。
 これからどうなるのかなとぼくが思っていると、女はたちあがった。
「じゃ、帰るわね」
「あっそう」
 ぼくもあわててたちあがった。
 なにもいわずに廊下を歩く女に、ぼくはいった。
「カレー、おいしかったかな?」
 女はふりかえった。
「レトルトカレーを足したでしょう」
「わかっていたのかい」
 女はそれ以上なにもいわずに、玄関におり、そのままさっさと立ち去っていった。
 ぼくは居間にもどると、炬燵の下の雑誌を、押し入れにもどした。
 こんど女がたずねてきたときのために、おいしいカレーの作り方を研究しよう。ようやくぼくは、ひとつの目的をみいだしたことで、殻の中からすこしはぬけだした気持ちになった。
 


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このストーリーに関するコメント

14/01/23 石蕗亮

拝読させていただきました。
押入れの雑誌の件、開けるのを前提に哲学書・・・やアダルト雑誌と女性の描写の相似点が読んでいて思わず吹き出してしまいました。
面白かったです。

14/01/23 W・アーム・スープレックス

石蕗亮さん、コメントありがとうございます。
書きたいように書いたものですので、面白いといっていただくと、本当にうれしいです。
よい励みになりました。

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