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東京浪漫大学さん

戦闘力2億 

性別 男性
将来の夢 兼業主夫作家として飼われること 俺が作るナポリタンはうまいんだぞ!
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先生のいない教室

14/01/17 コンテスト(テーマ): 第二十三回 【 自由投稿スペース 】  コメント:0件 東京浪漫大学 閲覧数:1219

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 僕は中学生だ。僕には権利がある。
 たとえ腰ぬけだろうが、自分の正しいと思うことをする権利。
 先生を敬う権利。勉学に励む権利。恋をする権利。
 
 一番尊敬するクラスの担任の横尾貴博先生が、そう教えてくれた。
 お前には権利がある。俺たち先生を敬う権利。勉学に励む権利。恋をする権利。先生はためらわずはっきり、そう教えてくれた。
 
 七月十五日。横尾先生は辞職届を出した。理由は分からない。僕はそのことを、朝のSHRで知った。副担任の辻先生がひとこと、
「横尾先生ですが、先生は今朝、学校をお辞めになることを校長先生に伝えました」
 そう告げ、あとは自分の関係のある事務的なことを適当に述べ、去って行った。僕たちは黙って次の授業、国語の教科書とノートの用意を始めた。僕は恋人の要栄子の方を見やった。栄子は粛々としていたが、きっと僕に声をかけずにはいられなくなるだろう。そういうことはあらかた分かる。

 国語の授業の次は、体育だった。栄子とは一緒に仮病を使うサインを示し合わせて、よく用いていた。国語の授業中、栄子は机にうつ伏せになる。それを見て、僕もうつ伏せになる。そのまま二人とも仮病で体育を休み、保健委員に連れられて保健室に入るのだった。保健委員が去ってから、
「あんたら、来ると思ってたよ」
 元ヤンの養護教諭の小山美羽先生が、口をへの字にして笑った。
「とりあえず記録書くから体温だけ測るわ。大丈夫、貧血とか食あたりとか適当に書いとくから」
 そう言って二つのベッドに並んで寝た栄子と僕に、体温計を脇に差し、脈を測った。小山先生は横尾先生のひとつ下で、今年三十四歳になる。
「横尾さんね。真面目で誠実な性格だけどえこひいきが酷いって、クレームがいろんなとこから来てんだよね。あんたらとも仲良くしすぎだって、えらい人に言われてんの。けどさ、あの人と一緒に校外で煙草吸ったりするけど、あの人ホントいい人だとアタシも思う。話分かるし、美羽ちゃん、なんて呼んでくれる。けど今日辞める前の日まで、いつも物憂げだったんだよね。疲れてんの? って聞くと、疲れちゃいねえ、ただ俺は、いつまでも逆上がりのできない奴の心境が最近分かったんだよ。なんていう薄ら寒いこと言ってさ。猛ちゃん、栄子ちゃん、今度会ったらコーヒーでも奢ってやんな。紙パックのコーヒー牛乳でも横尾さん泣いて喜ぶぞ」
 そう言って、もういいだろ、と、小山先生は僕と栄子の体温計を抜いた。
 栄子はその拍子に起き上がって、
「横尾先生は、私に、猛くんを、猛兄ちゃん、って呼ぶといいよ、そう言ってくれました」
 栄子が纏っているシーツが、徐々に栄子の涙の集まりに見えてきた。
「猛兄ちゃんに、私はずっと憧れていました。けれど猛兄ちゃんは横尾先生のお気に入りで、頭も良かったし……私はクラスの女子メンバーとこれからずっと一緒に過ごすんだろうなって思ってた。けれど、本当は横尾先生と猛兄ちゃんと仲良くしたかった。そのことを作文にして横尾先生に渡したんです。原稿用紙の使い方とか、いろいろ勉強しました。字も綺麗に書くようにしました。それを渡したら横尾先生は、内容を読む前に、静かに私を抱きしめてくれた。全部理解してくれてたんです。私のこと、ちゃんと見ててくれてたんです」
 そう明かした栄子の肩を、そっと小山先生は抱いた。僕はどれほど栄子を傷つけたのか、それを横尾先生と話す必要があると思った。

 三時間目の社会を終え、四時間目の横尾先生の数学は、自習となった。
 配布されたプリントを、僕が先に解き、隣の席に座って栄子に教えているときに、
「横尾先生からメールが来てる」
 栄子はそう言ってスマホの液晶画面を見せた。本文には、『屋上に来ること。水筒を忘れずに』そう表示されていた。

 屋上のドアは、開け放たれていた。自転車を持ち込んで走り回している不良がいた。外壁に、二人の女子生徒が座り込み自転車の男子生徒を茶化していた。
 奥の方に目をやると、丸刈りのひょろ長い男性が座っていた。横尾先生だった。横尾先生は、パックに詰めたおにぎりを食べていた。水筒を持ってくるように促した理由が分かった。
 僕たちは自転車を避けながら、先生の許まで歩いた。
「来たか、喰え、うまいぞ。わかめとシャケのふりかけだ。今朝握って来た」
 僕たちは緑のフェンスに背を持たせ、胡坐を書いて座り、夏のやわらかな七月の日差しの中、意識が溶けて行くように暑い暑いと愚痴を零しながら、先生のおにぎりを食べ、水筒の冷えたお茶をかぶのみした。
 
 おにぎりを平らげると、僕と栄子は身を寄せ合った。
「今日、俺んち泊まるか」
 横尾先生のその言葉は、僕たちのなかの一番あかるいところを弾いた。
「このおにぎりな、俺が握ったんだ。初めて」
 横尾先生が突如独りでに話し始めた。
「女房、出て行っちゃってな。娘のきー子連れて。それで俺は、もうよ、外に出て吸う空気がそれ以来、毒毒しくなっちゃってな。だからデンマークに行くことにした。毒毒しい空気吸い続けたら、病むと思ったから。もしかしたらそのまま向こうに、住むことになるかもしれない」

 僕たちは親に連絡を入れ、一泊だけ、先生のマンションに泊まることを伝えた。そうしてずっと屋上にいた。
「夜まで待てない待てないって、細かい時間のなかのひとはざまずつに、差しこまれている感じがします」
 僕はじつに陽気だった。一方の栄子は、ずっと俯いたままだった。
「どうした栄子、寒いならもうマンション行くか」
「行きますけど」
 栄子は途端、仰向けに倒れ、
「横尾先生、やっぱ嫌いになれねー」
 僕と横尾先生は、栄子を起こして、背中をさすった。
 僕たちのわだかまり全部を、夕陽が持ち去っていけばいいのに。
 なんていう当たり障りのないことしか、僕は思えなかった。

 先生のマンションに、僕たちは制服のまま上がり込んだ。
 先生は着くやいなや、お菓子を用意してUNOを始めた。栄子は心置きなくはしゃいだ。先生の目には、いつしか涙が滲み、そして零れて、ハンカチを目元に当てながら僕たちと遊んだ。

 栄子が風呂に入っている間、テーブルクロスを囲んだソファに腰掛けた僕と先生は、向かい合わせになって、僕はぽつりと、
「先生、今だけタメ口使いますね。泣く幸せって、体裁悪いし、格好悪いとか思うけれど、人間は弱いから。辛さに名前なんてないから、もう、忘れよう。泣いていいんだよ。先生が泣いてくれたら、僕、ほんとうに幸せだよ」
 先生は、ばっきゃろう、と吐き捨て、ベランダ行ってくると言って、ハンカチで目を覆って飛び出して行った。

 先生は子供部屋で寝るとのことで、僕と栄子は寝室に這入った。無論、不埒なことはしない。
 僕と栄子は、ダブルベッドのなかで向かい合い、お互いの吐息を感じた。
「今まで先生と猛兄ちゃんと一緒にいて、本当に幸せだった」
 栄子は声をひそめて言った。
「ごめんね、猛兄ちゃん」
 栄子の声は震えていた。僕は栄子をひしと抱きしめた。
「やさしさが心を痛めるときは、そのときを手放してはいけないサインだ」
 僕も情緒不安定だった。たどたどしく理屈を並べて行った。
「横尾先生と僕たちが違うのは、明日があるか、明日がないか、たったそれだけだ」
「私たちも明日なんてないよ」
「栄子、僕は君を絶対に悲しませないよ。クラスで浮いてしまい、後ろ指をさす人間も多いだろう。横尾先生を責めたければ、そのとき責めればよい」
「意気地なし!」
 栄子は僕のほほを軽くぺちんとビンタして、僕にしがみついて泣いた。
「夜だよ。静かにしなきゃ。君は本当に横尾先生が好きなんだね。謝るよ」
 栄子は泣き続けた。
「栄子」
「なに」
「いつも猛兄ちゃんて呼んでくれて、ありがとうな」
 僕はベッドから起き上がって寝まきから制服に着替えて、部屋を出ようとした。
「どうして」
 栄子が着替え終わった僕の背にしがみついて怯えた。
「ちょっと外を散歩するだけさ」
「やだ、独りにしないで」
「先生がいるだろう」
 栄子は黙った。
「先生を愛でてやるといい」
「ねえ、怒った? 怒ったの?」
 僕はしっかと栄子を抱きしめ、
「僕も泣きたくなったんだ」
 そう言って、マンションを後にした。
 僕はそのとき、苛立ちを覚えていたのだろう。
 栄子を見捨てたくて、嘘を気どって突き放したつもりだったけど、やっぱり僕は栄子のもとへ戻るだろう。
 そんな自分が悔しくて、居てもたってもいられなかった。
 鼻をひくつかせて、目の辺りが熱くなり、これはいけない、そう思った。
 エレベーターで降りて、外を見たら、夏に似合った月が照っていた。


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