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そらの珊瑚さん

🌼初めての詩集【うず】を上梓しました。  (土曜美術出版販売・現代詩の新鋭シリーズ30) 🌼小説や詩、短歌などを創作しております。 🌼作品を置いています。よろしかったらお立ち寄りくださいませ。 「珊瑚の櫂」http://sanngo.exblog.jp/14233561/ 🌼ツイッター@sangosorano 時々つぶやきます。 🌼詩の季刊誌(年4回発行)「きらる」(太陽書房)に参加しています。私を含めて10人の詩人によるアンソロジー集です。アマゾンでお買い上げいただけます。      ✿御礼✿「馬」のオーナーコンテストにご参加いただきました皆様、ありがとうございました。

性別 女性
将来の夢 星座になること
座右の銘 珊瑚の夢は夜ひらく

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マザーロード

14/01/13 コンテスト(テーマ):第四十七回 時空モノガタリ文学賞【 再会 】 コメント:24件 そらの珊瑚 閲覧数:2177

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 かつて私を捨てた母もまたこの高速道路を行ったという。西へ。

 母は全てのものを捨てていった。父と十歳の誕生日を迎えたばかりの私と、広大な果樹園と石造りの大きな屋敷と、古い風習の残った田舎の退屈な暮らし。標高が高いせいでいつも霧が立ち込めてどこか気の滅入る天気も。パリで作らせたという最新モードの夜会服や左手にはめていたピジョンブラッドの赤い指輪も、そう、何もかもを。まるで価値のないものだと言わんばかりに捨てていったのだ。
 
 葡萄の収穫のため雇われた季節労働者だったという。母と駆け落ちした相手というのは。けれどそれはきっかけだったのだろう。男とはそう長くは続かなかったらしい。
 
 善良な父からはそれからも母の悪口を一度も聞くことはなかった。本心はどうだったのだろう。五年前に亡くなってしまった今ではそれを聞くことは出来ない。それはきっと私への思いやりだったと思う。けれど親戚の間からは自分が『間抜けな男』と陰で呼ばれていたことを私が知っていたくらいだから、父も知っていただろう。
 知っていて反論もせず、日常に戻り、再婚もせず、ただひたすらに私を育ててくれた。そんな父を見ていたら、「母に会いたい」と言うのは幼心にも躊躇した。
 
 罪、と名づけてしまえば憎めたのかもしれない。
 愛、と名づけてしまえば独占したくなるように。
 
 
 なぜ私を捨てたの? その問いが胸に浮かぶたび、私は奥歯を噛み締めてやり過ごした。それでもやり切れない時は、母の甘い匂いの残るシルクタフタのガウンを泣きながらハサミで切り刻んだ。温室で母が育てていた薔薇の蕾を切り落として回った。母の可愛がっていた青いインコを冬の寒空に放した。死んでしまえばいいと思った。
 
 大人になっても母のことは許せなかった。恋をして結婚して、子供を授かってからはその思いは消えるどころか私の中でどろどろと成長し大きくなった。
 そんな時だった。大手出版社が主催する新人賞を射止めた母の小説が出版され、ベストセラーになった。
 『母性』というタイトルのその小説は作者の実体験を基にした赤裸々な告白を綴ったものだという。――あなたにそれを語る資格があるのか? もしも母に会うことがあったらそう訊いてみたい。これから先その小説を私が読むことはないだろうけれど。
 ◇
 その機会はそれから十年ほどして訪れる。
 きっかけは母の弁護士と名乗る男からの電話だった。

「あなたの母である作家のミセス・シンディは末期癌で余命わずかな状態にあります。もし出来るならあなたに会いたいと願っています」
 驚いたことに父は母と離婚していなかった。単に手続きが面倒だっただけのことかもしれないし、もしかしたら母が帰ってくることを期待していたのかもしれない。きっと父は『罪』と名付けられずに『愛』と名付けたのだろう。           ◇
 
 私は二週間迷ったあげく、国道を西へと車を走らせた。母の入院している病院に行くために。
 この国の南から西の端までを長く繋げているこの国道は、流通の大動脈でもあり、マザーロードと呼ばれていた。
 ◇
 結局母の臨終には間に合わなかった。許すとも、許さないとも私に言わせることもなく、再会は無言で果たされたのだった。
 ◇
 葬儀の日はいつもの重い霧が珍しく晴れていた。
 
 青い空の下、賛美歌が流れていく。十二歳の私の娘は棺の中の老いた母に「初めまして」と「さようなら」を続けて言わなくてはならなかった。 
 母が最後まで大事にしていたという小さな兎の絵が描かれた便箋、――を見た時、それがかつて自分が母に贈ったものであるということさえ忘れていたのだが――それは幼い私が母に書いた手紙であった。
 覚えたてのたどたどしい字で『ママ、だいすき』と書かれたそれを棺に納めた。

 母は全てを捨てていったわけではなかった。それに気づくまで、なんて長い時間が必要だったのだろう。


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このストーリーに関するコメント

14/01/14 そらの珊瑚

画像は「写真素材 足成」様よりお借りしました。

14/01/14 朔良

そらの珊瑚さん、こんばんは。
拝読いたしました。
たった2000字でここまでドラマチックな物語が生まれるなんて…。すごいです。
幼いころ自分を捨てた母への悲痛な想いが痛いほど感じられました。
主人公がもし臨終に間に合ったとしても、許すとも許さないとも自分の中で答えが出なかったかもしれませんね。
母の想いを知って、これからゆっくりと彼女の心の中でいろんな思いが沈殿していくような気がします。
素晴らしいドラマありがとうございます。圧倒されました。

14/01/14 草愛やし美

そらの珊瑚さん、拝読しました。

母性を捨てたのでなかった、いや、捨てられなかった、否、捨てたくなかったか。何が正しいかは、死んでしまった母からは、もう聞けません。聴かなかったのがよかったのか、罰を背負った母は、生きて娘には逢えなくて、愛を選んだ父は、ずっと娘と生きてこれた。
人を愛し続けることは、難しいです。愛にも様々な様相があって、男女と親子では似ているようで全く違う、だけど、親子の繋がりは捨てきれないもの、特に母親にとっては、母性があったから捨てきれずにいたのでしょうね。罪と愛、どちらかを選んでいるようで、紙一重かもしれませんね。
いろいろと、愛について、考えさせられました、ありがとうございました。

14/01/14 泡沫恋歌

珊瑚さん、拝読しました。

小説家になりたくて、お母さんは家出をしたのでしょうか?

作家の瀬戸内晴美(瀬戸内寂聴)のことを思い出しました。
確か、この方も子どもを捨てて男と駆け落ちした人ですよね。
彼女の捨てた娘さんは白血病で早くに亡くなったらしいけど、
なんか、凄く可哀想な子だと思った。
また、そのことを作家目線で書いてる瀬戸内寂聴さんにも嫌悪感を持った。

こんな瀬戸内寂聴さんが一般人にいろいろ偉そうにいってるのは・・・
自分、ひとりの母親として納得できないなあ〜
この人の文学は凄いけれど、それとは別の問題として。

脱線しましたが、そう言う意味でこの作品はいろいろ考えさせられました。

14/01/15 そらの珊瑚

朔良さん、ありがとうございます。

アメリカのroute99という今は廃道になってしまった道が
マザーロードとも呼ばれていたとうことから着想を得たお話です。
もうちょっと軽いかんじのロードムービー風のお話にしたかったのですが、
書いてみたら重たい話になってしまいました。
子として、同じ女としてこれからも葛藤はあると思いますが、
おっしゃる通り時間が彼女に平安をもたらせてくれたらいいなあと思います。

14/01/15 そらの珊瑚

↑すみません、99ではなくてroute66でした。

14/01/15 そらの珊瑚

猫春雨さん、ありがとうございます。

母と子はかつてへその緒でつながれていたので
切ってしまいたいと思っても、
なかなかその絆は切れないものなのかもしれないと思ったりします。

14/01/15 そらの珊瑚

草藍さん、ありがとうございます。

母親としての自分を捨てるという選択をしたあとも
母性だけは捨てきれなかったのかもしれません。
男女の絆は消滅することはあっても、親子の絆はなかなかそうはいかない、
人生の選択って難しいですね。

14/01/15 そらの珊瑚

恋歌さん、ありがとうございます。

そのまま家庭のなかだけで母親としてだけ生きていくことを受け入れられなかった、そんな種類の女だったのかもしれません。
本を書いたのは、そのあとの人生で彼女の葛藤からでたことだったのではと思います。

瀬戸内寂聴さんのお話は聞いたことがあります。
やはり残された子供のことを思えば許されることではないと私も思うし
許されることを望んではいけないのでは、とも想像します。

14/01/17 クナリ

冒頭から、何かしら母親と同じ道を歩まんとする子供の話かと思ったらまったくぜんぜんちがっており、
どんどん深まってく主人公の精神の淵から目が離せませんでした。
主人公の感情が描かれるだけでなく、『「初めまして」と「さようなら」』という娘と祖母の別れのシーンなどの演出、
そしてエンディングまでの構成もしっかりしていて、内容が濃いですね。

最後の一行もすばらしいですね。考え付かれたとき、達成感があったのでは?(そんなことないかッ…)

14/01/18 そらの珊瑚

クナリさん、ありがとうございます。

構成をおほめいただき、とても気恥ずかしいです。
実は思いつくまま書いているので(2000字ということは意識しながらも)
構成についてあまり考えることなく書いているからです。
葬儀のシーン、お気に留めていただいて嬉しかったです。
達成感はいつもですがそれなりあったりします。(一気に書くので)
あとで読み直してその達成感の小ささというか過自らの大評価に気がついてがっくりと思うこともしばしばですが(笑い)

14/01/18 そらの珊瑚

↑過自らの大評価→自らの過大評価 の間違いでした。

14/01/19 ドーナツ

拝読しました。

長い間、誤解されたままでいたお母さんは、辛かったかなと思います。葬儀の日に霧がはれた===これはお母さんの心ですね。

子供が親の心に気がつくには、やはり長い時間が必要で、わかったときには親はいない、悲しいですが、それも人の運命で受け入れなければね。漢書も、これからながいマザーロード歩くんだろうなと思います。
深いお話、心にしっとりしみ込みました、

14/01/20 鮎風 遊

これは大罪ですね。
いろいろな事情があったのかも知れませんが、この母は地獄で裁かれるべきです。
娘は一時許せても、恨みは決して消えないことでしょう。

柔らかで優しい語りの中に、そんな怒りを覚えさせてくれた美しい作品でした。

14/01/22 平塚ライジングバード

珊瑚さん、拝読しました。

淡々と綴られるストーリーの中に卓越した感情描写、演出が施され、
興奮して読ませていただきました。
ドラマチックなストーリーもさることながら、たくさんの名文が
散りばめられた良作だと思います。
素晴らしい再会の物語をありがとうございます!!

14/01/22 そらの珊瑚

ドーナツさん、ありがとうございます。

マザーロード、それは娘から娘へ受け継がれていく
DNAの旅とでも申しましょうか……。
産む性、女としての性、そのあたりは描けていなかったかもしれませんが
これからの彼女の進む道を応援してあげたいです。

14/01/22 そらの珊瑚

OHIMEさん、ありがとうございます。

母親は自分のルーツだからでしょうか。
かつてヘそのをを介して命をわけあっていた同士だからでしょうか。
最近、産院で取り違えて長い年数を過ごしてしまったケースがありましたが、血のつがりというものは捨てて置けない何かがあるのだと思います。
いつも深く読み取っていただき嬉しいです。

14/01/22 そらの珊瑚

鮎風さん、ありがとうございます。

ご怒りはごもっともで、非もなく捨てていかれた子供はたまったものではありませんよね!
けれど倫理を越えてもそれをしてしまう人間の罪深さ、
そんな人間の側面は描いてみたい世界でもあるのです。

14/01/22 そらの珊瑚

ライジングバードさん、ありがとうございます。

ストーリーを構築しながら心理描写も同時に成立させることは
なかなか難しく毎回頭を悩ませておりますが
そういっていただけて安堵いたしました♪

15/03/14 南野モリコ

そらの珊瑚さん、拝読しました。

1年以上も前の投稿ですが、コメントせずにはいられません。

罪、と名付けてしまえば憎めたかもしれない。
・・・素敵です。

どこを切り取っても素敵な言葉ばかりです。
どんな言葉で感想を言っていいか分かりません。

いい作品をありがとうございました。

15/03/16 そらの珊瑚

ミナミノモリコさん、ありがとうございます。

当事者にとっては、罪だと簡単に名付けることが出来ない現実って
あるのかもしれないと思います。
肉親とのあいだのものであたったら、なおさら。

久しぶりにこの作品を読み直すことが出来ました。
ああ、今の私だったら、こう書くのに! と、またまたみもだえしつつ(笑い)
重ねて感謝申し上げます!

15/10/22 seika

読ませていただきました。かつてよく少女漫画なんかにあったような内容?何て言う印象受けました。何回読んでもなにか不思議な印象で映画を見ているようです。

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