1. トップページ
  2. 幼き理想

黒川かすみさん

性別
将来の夢 小説家
座右の銘 日進月歩

投稿済みの作品

0

幼き理想

14/01/13 コンテスト(テーマ):第四十七回 時空モノガタリ文学賞【 再会 】 コメント:0件 黒川かすみ 閲覧数:1241

この作品を評価する

「また会えて嬉しいよ。イアン、クレア」
 城下に桃色の花が咲き誇る国の王子、エドアルが微笑みながら言った。客間にあるソファに彼と向かい合って座る医師イアンも、彼と同じくらい微笑む。
「私もです、エド」
「陛下も以前よりお元気になられたようで何よりだわ」
師であるイアンの隣に腰掛けた私がそう言うと、エドは口もとをやわらげた。
「うん、そうなんだ。――よかったよ、本当に」
どこか儀礼的な笑みだった。
 そのときだ。
 どぉん、と爆発音がしたかと思うと、城下で騒ぎ声が聞こえた。そして、それはすぐに人の名を何度も呼ぶ声に変わった。同時にイアンが立ち上がる。私も、と腰を上げると彼は片手を上げた。
「お前はここにいなさい」
「でも」
「いいから」
諭すようにイアンは言い、城下へと駆けていった。
 この国は今、隣国と戦争の真っ最中だった。それは半年ほど続いているが、未だどちらの国も白旗は揚がらない。
 突然はっとしたようにエドが顔を上げた。
「エド?」
「父上は――」
うわごとのように呟いたエドの言葉に、私もはっとして立ち上がった。ぞわりと嫌な感覚が背筋を駆け抜ける。エドが部屋の隅に控えていた者を見ると、その者は駆け足で退室のマナーもそこそこに出ていった。それを見送ったエドは再び体をソファに沈ませた。立ち上がるどころか、行動を起こす気配すらない。目を閉じて、ただじっと、何かを待つ。
「……エド……」
私はその姿を、数年前に見た彼のそれと照らし合わせた。陛下が大好きで、彼を――父君を喜ばせたい一心で、勉学に励んでいた男の子。そんな彼のどこかがおかしいと私は思った。なにかが、変わった。
城下が徐々に騒がしさを増していく。発砲音もいくつか聞こえてくる。私は下唇を噛んだ。と、城下からの発砲音とは明らかに別の場所から音が聞こえた。玉座の間から聞こえてきたように思う。それを耳にしたエドはふらりとソファから腰を上げた。すると、部屋のドアが静かに金属の擦れる音を立てて開いた。そして入室してきた男は銃をもったまま丁寧に礼をし、言った。
「報告いたします。中尉アレク、無事に殿下より賜った任務を全ういたしました」
 私は頭を硬いもので強く殴られたような感覚に陥った。
 全う? 何を? エドが彼に何を命じたというのだ?
 ご苦労、とアレクの肩を叩くエドに、私はますます混乱する。
「どういう、こと……?」
ようやく出てきた言葉は擦れていて、近くに寄らなければ聞こえないほどだったように感じる。私の問いに対して、エドは短く言った。
「全て壊すんだよ」
壊す……? そう反復した私に、エドは頷いた。
「こんなことしていたって意味がない。王制なんか争いを招くだけだ。僕はただ、朝起きたら君がいて、君と散歩をして、君と眠れたらそれでいい」
だから全て壊す。そういう彼の瞳は、正気とは到底思えなかった。
「何を……何を言っているの?」
ひたすらに思うまま言葉を紡ごうとする私の耳に、鋭い声が届いた。
「殿下!」
エドがまろぶように倒れてくる。硬い何かが、皮膚を切り裂く音がした。
「中尉! アレク中尉!」
エドの声のする方を見ると、アレクが肩を抱えて床に倒れていた。すごい出血量だ。
――私が手当てしなきゃ。
 私はとっさにそう思った。私がやらねばならない。私ならできる。私は素早く腰のポーチを外した。
「どうして?」
アレクに手を伸ばした私に、エドが呟いた。
「どうしてそんなの助けるのさ。そんなの、ただの駒にすぎないのに、代えなんか、いくらでも――」
「馬鹿言わないで!」
途中で私は噛みつくように叫んだ。
「人の命を何だと思っているの? 人様がお腹を痛めて一生懸命に産んだ子を捕まえて駒ですって? 馬鹿にするのも大概にして」
口は動かしつつも、手当てをする手は止めない。
「人が産まれて、この世に生を受けるってすごいことなのよ。同じ人間なんて絶対に生まれたりしないの。亡くなったらもう二度と絶対に戻ってこないの!」
思っていたよりも傷口が深いようだ。血が止まらない。針を取り出して、意識のほとんどないアレクに縫いますよ、と告げる。
「それがわからないなら私が教えてあげる。わからせてあげる。だからお願い。あなたも含めて、絶対に人の命を粗末にしないで」
わかった? と念を押すと、エドはばつが悪そうな顔をしながらも頷いた。
そうしてアレクの応急処置を終えて、ようやく顔を上げる。すると遠くの方で、真っ白い布が上がるのが見えた。白旗だ。
「……勝っ、た……」
 エドが呆けたように言った。私の手には、アレク中尉の血がこびりついている。
 理想郷は、哀しみにつつまれていた。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

ログイン