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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

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草汁おばさん

14/01/13 コンテスト(テーマ):第四十九回 時空モノガタリ文学賞【 絶望 】 コメント:12件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:2526

時空モノガタリからの選評

「人類がもたらしたこの世の終局」の中で、人々を救うのが唯一「認知症にみちびく」草汁という設定がユニークですね。最終戦争や放射能という絶望を前に、静かに変質してゆく世界。そんな中、平凡な「草汁おばさん」が日々の配達という仕事を通して世界の終末を看つづける‥…。SF的な設定を地に足の着いた視点から違和感なく物語としてまとめられていたと思います。変わって行く世界のなかの彼女の変わらない視点が、静かな絶望感をより強めていたと思います。自分が草汁を飲んだら「だれがみんなに、草汁を配るのだ?」と自分にいいきかせる「草汁おばさん」のタフさと優しさも魅力的です。全体的に情景描写は殆どないのに、穏やかな牧歌的な風景の中、彼女のバイクが力強く走り抜ける映像が目にうかぶような作品だったと思います。

時空モノガタリK

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 草汁おばさんはきょうも、朝からドリンクの配達に飛び回っていた。
 バイクの荷台の冷凍バッグには、まだ半分以上の草汁が残っている。おばさんは放射能予防マスクのなかで大きく息をすいこむと、バイクのアクセルをグイと握りしめた。
 脳科学者たちが開発した草汁には、ひとを認知症にみちびく成分が含まれている。飲み続ければいずれ、認知症患者同様の物忘れに陥ることだろう。最終戦争のことも、放射能のことも、そして目の前に迫っている自分たちの最期のことも、なにもわからないまま人は死を迎えることができるのだ。
 まもなく丘の上にたつ一軒家の前に彼女はバイクをとめた。
「まいどありがとうございます」
 代金などもらわないのに、過去の習慣はなかなかぬけきらないものだ。おばさんはマスクのなかで苦笑した。
 玄関に、家人がネグリジェ姿であらわれた。その無垢に見開かれた目には、警戒心は全く浮かんでいなかった。
「草汁、二週間分です」
 おばさんがさしだすパックを、婦人は非常にゆっくりとした動作でうけとった。
 この青汁をのみはじめたころには彼女も、元気溌剌としていたものだが、わずか半年ほどで、何十年も年老いた印象があった。
「これ、のむのですね」
「そうですよ。毎日一本ずつね。ご主人もごいっしょにおのみください」
 そのご主人が、奥の部屋からあらわれた。上半身は裸で、下にはスカートをはいている。もうじぶんが男であることも忘れてしまっている模様だった。このような生活上の齟齬はいまではどこの家庭でもみられた。不潔行為もめずらしくない。たが、そのような行為を目撃したとしても、草汁おばさんはけっして注意などしなかった。忘れることだけが、いまではかれらの仕事だった。人類がもたらしたこの世の終局も、忘却によって眠らされた精神に恐怖をうえつけることはないのだ。



 美也は、ばらばらに置いた三個のコップに、どろりとした液体をついでいった。五分の一ほどみたしたところで、冷水をそそぎいれるとコップは、さわやかな草色に輝いた。
毎日繰り返す行為だけに、これだけはまともやりとげることができた。
「おきなさい、朝ごはんよ」
 五分後にまず、夫が階段をおりてきた。娘はその十分後に姿をあらわした。
 テーブルには、食パンと、生卵と、四角い冷凍野菜が、無造作におかれている。
「これ、なにかつけなかったかしら」
 娘が生の食パンをつまんだまま、遠くをみるように目を細めた。
「そのままでいいんじゃないか」
 夫は冷凍野菜を、パッケージのまま、前歯でかじりだした。
「まあ」
 美也が卵を床に落として叫んだ。彼女は椅子からはなれると、落ちて割れた卵の上に口をちかづけ、ずるずるとすすりはじめた。
 三人は、昔からみれば、ずいぶんでたらめな食事をおえると、さっき美也がいれた草色の液体がはいったコップをとって、ゆるゆるとそれを飲みほした。
―――美也は、ひとり家をでると、海のみえる丘の上にあがっていった。
 そこからだと、美しい入江の線がひときわあざやかにながめられるのだった。なにもかも忘れてつつあるいまでも、美を感じる気持ちだけは残っているものらしい。丘にはすでに、何人かの先客がいた。かれらもまた、彼女同様、残存する感性にうながされてここまできたものと思われる。
 三十前後の男性が、こちらにちかづいてきた。
「奥さん、世界が終わるって、どういうことでしょう?」
「回転木馬がとまるようなものかしら」
「木馬が、とまるのですか………」
 二人はもうそれ以上言葉がつなげなくなって、目を見かわしたまま穏やかに笑いだした。いまではこの、静かな微笑みこそが、みんなに共通するひとつのコミュニケーションとなっていた。
 


 きょうも草汁おばさんは、美也の家にドリンクを配達にきた。
 玄関にあらわれた美也は、両手をさしだして、草汁パックをうけとった。
「ありがとう。これ、なんですか」
「しあわせになる飲み物ですわ」
 草汁をのむ多くの人々の、自我も欲望もきれいさっぱり捨て去った純白そのもののような面持ちを前にすると、本気でそう思いそうになる草汁おばさんだった。
 あたりには、争いももめごともない楽園のような世界ががひろがり、人々のうえには、かつてだれひとり手にすることができなかった真の平和がおとずれようとしているかのようだった。
 自分もこれを飲んで、みんなのようになれたらと、ときに気持ちがゆらぐこともないことはない。
 それだとだれがみんなに、草汁を配るのだ? 草汁を飲まなくなったら、かれらのその目にうつるものはただ、絶望のみなのだ。
「とてもそんなこと、できやしないでしょ」
 草汁おばさんは、自分につよくそういいきかせると、入江から吹く風にさからって、力強くバイクを発進させた。





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このストーリーに関するコメント

14/01/13 草愛やし美

W・アーム・スープレックスさん、拝読しました。

今、私の心は泣いています。でも、涙にはなりません。絶望の中の希望が、草汁だったなんて……。絶望の良薬は、忘却にまさるものなし──なんですね。こんな未来見たくはなかった。でもね、だけどね、これしかないなら、仕方ないじゃない。草汁おばさんの最後の声、しっかり受け止め、生きたいです。未来の人々、いえ現世の人々にも読んでいただきたい良作です。素晴らしい絶望の作品をありがとうございました。

14/01/14 朔良

W・アーム・スープレックスさん、こんばんは。
拝読いたしました。

すべて忘れるしかないくらい恐ろしいほどの絶望に満ちた世界…想像するだけで怖いです。
その中で使命感にあふれて正気を保ち続け、草汁を配っている草汁おばさんの存在が、ある意味一番怖いかもしれません。
普通ならきっと耐えられませんよね…。
ぞくりとしました。面白かったです。

14/01/14 W・アーム・スープレックス

草藍さん、心にまでひびくコメント、ありがとうございました。
世界的権威といわれる博士が、文明を築きあげた世界は100年で滅びる。地球はあと60年というふうなことを言っていました。そうならないように人類は叡智を結集しなければならないのですが、草汁はひとつの、後ろ向きの、解決策なのかなと思いつつ、書きました。わたしもまたこんな世界はまっぴらごめんです。

14/01/14 W・アーム・スープレックス

朔良さん、おはようございます。コメントありがとうございました。

詩人エリオットが書いた世界の終末が、この作品のモチーフになっています。もちろん草汁おばさんは登場しませんが、その詩では人々が迎える最期は、すすり泣きでした。
人々がようやく手にいれた平和が、絶望からの忘却によるものだという皮肉を、私は草汁の中にこめました。

14/01/16 平塚ライジングバード

W・アーム・スープレックス様

拝読しました。
過去作品を読んでも思いましたが、発想力・物語作成力が
本当に素晴らしいですね。
そういったハイレベルな設定を文字数制限がある中で、
きちんと起承転結のあるストーリーにしてしまう技巧に
心から感服いたします。

タイトルはコミカルですが、本文は冒頭から絶望のテーマにふさわしい
世界観を構築しており、絶望の核となる人物がコミカルなタイトルそのもの
という演出にも驚かされました。
大変面白かったです!!

14/01/16 W・アーム・スープレックス

OHIMEさん、こんばんは。
言葉では、軽すぎて―――そのお言葉に、OHIMEさんの重みのある心の中が伝わってきました。日本のある作家が、ほんとうに絶望している人の顔には、微笑が浮かんでいるというふうなことを書いていましたが、案外そんなものかもしれませんね。
コメント、ありがとうございました。

14/01/16 W・アーム・スープレックス

平塚ライジングバードさん、ご丁寧なコメント、ありがとうございました。
面白いといっていただくと、本当にうれしいです。面白いものを書きたいというのが、わたしの常にかわらぬ信念です。
いつもわたしの中でくすぶっているこれはモチーフで、以前読んだT.Sエリオットの世界の終末を描いた詩が、作品の根底にあります。
けれども、これ、ちょっとばらばらで、あまりまとまってないと思っていましたが、ライジングバードさんから起承転結等のご意見を聞き、正直ほっとしています。
今年もお互い、創作に励みましょう。よろしくお願いします。

14/01/17 タック

はじめまして、拝読しました。

冒頭からやられた、と歯噛みしました。素晴らしい世界設定だと思います。おばさんが家々を回る、その情景が浮かんできて、悲しいやら温かくなるやら……。とても良かったです。

14/01/17 W・アーム・スープレックス

タックさん、はじめまして。コメントありがとうございました。
歯噛みされるほど、そんないいものではないと思いますが。
ちょっとタックさんのページをのぞかせていただきました。高杉晋作のフレーズ、わたしも好きです。創作の上で、面白き世に作りかえていきましょう。

14/02/04 gokui

 読ませていただきました。
 誰もがもうあきらめて、ただ静かに世界の終焉を迎える準備をしている。本当に静かな終焉でした。実際に世界の終わりは、戦争や天変地異などで突如おそってくるのではなく、こんな風に静かに訪れるのかもしれませんね。だって、この作品には妙にリアリティがありましたもの。

14/02/04 W・アーム・スープレックス

gokuiさん、コメントありがとうございます。
 
本当に、どんな形でおとずれるかはわかりませんが、いつかは必ずやってくる世界の最期というものを、想像するだけのいまを、あるいはよろこぶべきかもしれませんね。
リアリティのお言葉、感謝します。

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