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リアルコバさん

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指定席

12/05/28 コンテスト(テーマ):第六回 時空モノガタリ文学賞【 週末に。とんかつ伊勢 新宿NSビル店のモノガタリ 】 コメント:0件 リアルコバ 閲覧数:2129

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「あれが住友三角ビルであっちの黒いのが三井ビル」
「スゲなぁ でもなんかケツがモゾッとすんな」
こんな会話をしたのがついこないだのような気がする。
あれは私が大学卒業間際の事だった。

「女は大学なんていかんでええ 家におれ」
地元の土建屋の2代目の父は、我儘放題のがさつな男だ。毎日の様に母は泣いていた記憶がある。
「行きなさい何とかするから行きなさい」
母がそっと後押ししてくれてから4年・・・。

父が突然上京したのはその母が亡くなった翌月の事だった。
「まさか就職もこっちとはな、父ちゃんも嫌われたもんだ」
お葬式の後一気に老け込んだ父の減らず口は心なしか穏やかに聞こえた。
「美味いとんかつ喰いてぇな」
東京駅に降りるなり父は言った。外食と云えば《とんかつ》しか知らない父だ。

「おぉあれはが都庁かテレビで見たぞ」
「うんでもこっちだから」
ビルの入口を入ると巨大な時計のオブジェがあり、右手のエレベータで最上階へ、吹き抜けを右回りして黒豚マークの《とんかつ伊勢》に入った
「特ロースカツ定食二つください」
子供みたいに眼を輝かせた父に高層ビルの名を告げた頃、芳ばしい香りをまとった黄金色のカツが運ばれてきた。
「うめな〜分厚いし、駅前食堂とは偉い違いだ」
「当たり前でしょ」
「いっつもこんなの食べてんのか」
「ここだけじゃないわ、こっちには美味しい店沢山あるから」
「それじゃ帰ってこれない訳だな」
とんちんかんなまとめをして、美味しそうにカツを口に運んでいた。

「おかぁちゃんにも食わせてやりたかったな」
「なに言ってんの、おとうちゃんが来させなかったんでしょ。行きたいけど行かせてもらえないって何時も言ってたよ」
「そうだったかな」
苦笑いでまた窓の外に目をやった父の顔は、小さな後悔の色が浮かんでいる。
「で、突然何しに来たの」
「いや別にな、なんとなくだ」
そう呟いて茶碗に口をつけてご飯をかっこんだ。

それっきり父は東京に来ていない。私も実家には何年も帰っては居ない。私は私 父には父の暮らしがある。血が繋がっていても相容れられない暮らしがある。それで良いと思ってた。


「俺と結婚しないか」
社内営業部のエースの彼からプロポーズされたのは、30歳になる直前だった。大好きだった。大好きで大好きで幸せを感じる程、その彼の匂いが父に近いような気がして、いつまでもはぐらかし1年の歳月が経っている。
「なぁ俺のどの辺が気に入らないんだい?」
「えっ」
さっきまで愛し合ったベットから降りて 煙草に火を付けた彼の顔が少し歪む。
「早く連れてこいって もう一年だからな、嫁にしたい人がいるって親父に言ってから」
「ごめんね」
「俺とじゃダメか」
「そんなことない」
煙草の煙がゆらゆらと上がるだけの長い沈黙が部屋を支配して、私は怖くなり布団を被ってしまった。
「お前さ・・・」
顔を出すとまだ煙が揺れていたから、きっとほんの少しの沈黙だったのだろう。でもその間布団のなかの暗闇で 最悪の言葉と自分への言い訳ばかり探した気がする。
「お前家族が好きじゃないって言ってたよな」
身体が緊張で固まる。
「お父さんに逢ってこいよ 勝手に結婚するけどゴメンって。本当は俺も挨拶に行ってさ、そこで『娘はやれん』とか怒鳴られて でも最後には二人ベロベロに酔っぱらっちまう、そんなドラマに憧れてんだぜ」
煙草が灰皿で揉まれた。
「逢ってこいよ、そしたら俺も一人で実家にいってくるわ 変わり者の嫁ですってな」
まったく予想していなかった話の展開に途方にくれている私を、彼が抱き締めてくれた時家族という言葉の中に墜ちた気がする。

二人で挨拶の為の故郷行の指定席切符を手配した二日後、あまりに突然に父は 私の謝罪と報告を聞くことなくこの世を去った。幸せな挨拶の切符は喪服姿を運ぶ切符となってしまったのだ。


「お待たせ 大丈夫かい」
父が座った同じ席に彼が座る。
「入籍や式は喪が明けた来年以降で家とも調整付いたよ」
高層ビルの間を雲が流れる。
「家の親父もお袋もお前が・・・」
(おとうちゃん ゴメンね 多分好きでした そして目の前に居るこの人を今度は愛して生きます。おとうちゃんとみたいに意地を張らずに 言いたい事を言える幸せな夫婦になるね)
「ねぇ聞いてる?」 
「ん ゴメン」 
怪訝な顔の彼に多分私は父亡き後 初めて満面の笑みを見せる事が出来たと思う。
「しかしこんな所にとんかつ屋があるんだなぁ」

地上29階《とんかつ伊勢》このテーブルのその席は、私の愛する人だけの指定席となり幸せの味を噛みしめることのできる特等席なんだ。


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