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メラさん

 主に純文学系を書いていますが、特にジャンルにこだわっているわけではありません。気ままに、マイペースに小説を書いてます。

性別 男性
将来の夢 世界平和
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黒い宝石

14/01/12 コンテスト(テーマ):第二回OC【 馬 】  コメント:4件 メラ 閲覧数:1548

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 もう冬だというのに、馬達は外に出されている。観光用の牧場だから仕方ないのだろうが、牛なんかと違い、毛の短い馬達は凍えているように見える。しかも、まだ自由に動き回れるならまだしも、頑丈そうな柵に、太いロープでつながれているのだ。それをダウンジャケットやダッフル・コートを着込んだ親子連れが見て喜んでいる。
 車を降りて、僕も馬に近寄ってみる。そろそろ年末。東京から車で二時間もかからないで、こんな豊かな自然と、厳しい寒さがある。
 僕は馬に近寄る。おもむろに歩み寄る僕に、にぎやかそうにしていた親子連れの、特に母親の方が訝しがり、馬と僕から子供を引き放した。まるで僕は挙動不審者のように警戒されている。しかし僕はそんなのお構いなしで柵越しに馬に近寄った。
 キレイな目だ。そんな事今更すぎて人には言えないが、馬の目は本当にキレイだ。宝石のようだ。
 その黒い宝石に、僕の顔と後ろに広がる背景が、曲線に湾曲されて映し出されている。
 僕は無精ひげを生やし、髪の毛は寝癖が付いたままだ。馬の目を鏡にして恐縮だが、自分でもひどい顔だと思う。これではまっとうな家族連れが距離を置きたがるわけだ。
 家族連れはヤギが繋がれている場所へ移動した。僕は馬と二人きりになった。
 じっと馬の目を見つめてみる。馬は荒い鼻息を吐き、僕の方に面長の顔を向ける。大きな鼻と口が目前に迫るが、不思議と怖いという感じはしなかった。
 いったい今更何を恐れるのだろう。僕は死ぬためにここに来たのだ。
 冬の清里高原。父の死後、何年も使われていない別荘。僕はそこで自らの命を絶つつもりだ。ただ、通りがけにちょっと馬の姿が見えたのでついつい好奇心のまま引き寄せられたただけのこと。
 こげ茶色した巨体が、時折ざわわと揺れる。長い尾が勢い良く揺れる。
 馬は僕を見つめている。何か語っているように思える。目は口ほどに物を言うのだ。
 子供の頃、夏休みは家族で別荘に来て、この避暑地で過ごした。母もまだ健在で、家族は幸せだった。牧場で乗馬もやった。弟は牛や馬のような大きな動物を怖がっていたが、僕は馬とか牛とかが大好きだった。
 母も、馬が好きだった。
「目がきれいでしょ?」
 母の言われるまま、僕は馬の大きな目を覗き込んだ。あの頃も、馬と見つめ合っていると、静かに何かを語りかけられているような気がした。落ち着いた声で、落ち着いた口調で、何かを諭されているような、そんな気持ちになった。
 父は馬が好きだったのだろうか?馬に乗ったり、触ったりしている姿は見た事がない。でも、こうして牧場なんかに遊びに来るたび、今の僕と同じように、馬の目をじっと見つめたまま、その場で何十分も立ち尽くしていたことを覚えている。
「何しているの?」
 幼い僕や弟がそう尋ねると、父は少し間を置いてから、
「何でもないよ」と答えた。
 父は壁だった。高い城壁のような男だった。母が居なくなってからは、特にそれがひどくなった。要領の良い弟は父の怒号をいつも受け流していたが、不器用な僕はそうではなかったし、長男であるためか、特に父は僕に厳しかったと思う。
 その父が居なくなり、僕は一人になった。受け継いだ財産の価値も、僕はよくわかっていなかった。弟と違い、僕は父という壁がなくなると、自由を手にするどころか、空っぽな自分を知っただけだった。
 突然馬が嘶いた。そして足踏みをし、つないであるロープに逆らうように暴れた。太い木の柵がぎしぎしと音を立てる。
「あぶない、離れて」と、牧場の人間の声が聞こえたが、僕はその場から動かなかった。馬は僕を見ながら嘶き、足を蹴り上げている。
 馬の目はきれいだ。馬の目はいつも語る。
 僕の頬に、一筋の涙がこぼれた。父が死んだ時も、一滴も流れなかった涙が、冷え切った頬に熱い感触を残す。
 ためらいや、悲しさがこみ上げた。僕はこれから別荘に行って何をするのだろうか?
 馬は語る。黒い宝石が僕の心の奥まで見透かす。
 
 
 


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このストーリーに関するコメント

14/01/13 草愛やし美

メラさん、拝読しました。

お父さま、そして要領の良い弟ぎみ、お母さま、家族だったのに確執があったのでしょうね。お父さまのお力が、兄弟に与えたものだったのでしょうか。
黒い宝石のような馬、その馬を通じ、お父さまのお心を汲み取れたのでしょう。そう信じたい私です。何がしたいの? そう問いかけているのは、馬の黒い瞳でなく、亡きお父さまでしょう。別荘地での、馬との出会いが、この主人公にとって、何かしらの新しいきっかけになったのではないかと、願います。

14/01/13 そらの珊瑚

メラさん、拝読しました。

投稿ありがとうございます。
壁のような父を失い、生きることに絶望してしまったかのような
主人公の思いが淡々と語られ、その心情が迫ってくるようでした。
馬の瞳はとても美しい、黒い宝石と描写されているところ、
深く共感いたしました。

14/01/14 泡沫恋歌

メラさん、拝読しました。

清らかで美しい動物の瞳を見て、心が洗われる気持ち分かります。
人間はあまりに邪心で穢れていますもの。

この主人公が馬との出会いでもう一度やり直す勇気を貰えるといいですね。

14/01/14 メラ

草藍さん、珊瑚さん、恋歌さん、コメントありがとうございます。
私は去年に東京から八ヶ岳南麓に移住し、毎日のように馬やら牛やらを眺めているので、こんな話が生まれました。

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