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みつなりさん

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ゆうがたの思い出

14/01/11 コンテスト(テーマ):第四十八回 時空モノガタリ文学賞【 昭和 】 コメント:0件 みつなり 閲覧数:996

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 ブランコってのは、漕ぐものだ。おとなしく遊びたいのなら砂遊びでもすればいいのだし、腰かけるだけならベンチの方がよほど安定している。第一、いい年こいた大人が座るものではない。当然のことながら、四十路を迎えた私の尻にはやたらと窮屈だった。
 隣では少年が、何が面白いのか一心不乱にブランコを漕ぎ続けている。ブランコが往って帰ってを繰り返すたび、頭上の錆びた金具がキィキィと冷たい音を立てて、私を侘しくも温かいような妙な心持ちにさせる。
「楽しくないの」
 それまで夢中になっていたブランコをゆっくり止めた後、首をかしげるように私の顔を下から覗き込んで、少年は問うた。
「いや、そんなことはないよ。うれしいんだ。とってもね」
 私が曖昧に微笑んでそう答えると、少年はその言葉を疑いもせず、満足したようにまたブランコを漕ぎ出した。
 嘘ではない。でも、それだけではない、心に靄のかかったようなどうにも表現しがたい感情が拭い去れないのも自覚していた。ただそれを目の前の無邪気な少年に明かすのは、なんだかためらわれただけだ。大人になると変なところばかり器用になる。
 割ったばかりの新鮮な卵みたいにとろんとした夕陽が、黄昏時の広い空をバックに地平線に乗っかっている。ああ、こんなに綺麗な夕陽を見たのはどれくらいぶりだろう。夕陽はいつだって変わらずそこにあったはずなのに、すさんだビル街ではその隙間にわずかに覗いた空を見上げる余裕すらなかった。
 少年はブランコの座面に器用に靴をひっかけて、座って漕いでいた時の勢いをそのままに立ち漕ぎをはじめた。
「今度あの辺にさ、おっきな塔が建つんだ」
 左手だけをブランコの鎖から離して上手にバランスを取りながら、正面からやや左にそれた方角を指さす。
「すっかり出来上がったら、そこらの山なんかより高くなるんだから。てっぺんまで登ったらきっと、ウチューだって行けちゃうんだぜ」
 一層勢いをつけて漕ぎ出した少年は夕焼けのオレンジに照らされキラキラと輝いて、私にはまぶしすぎるくらいだった。痛いほどのそれをごまかすように、私も軽く笑った。
「たしかに高いね」
 少年はまだ知らないが、来年完成するというそれは、たぶん赤くてやたらと尖がっているだろう。三三三メートルの電波塔。結局登ってみたことはなかったけれど、写真で見た限り展望台からの眺望はなかなかのものだった。
「でも、宇宙はちょっと無理かな」
 わずかに呆れたような響きが混じってしまったのは、少年期特有の夢見がちで豊かな想像力に嫉妬したのかもしれない。しかし、言ってしまってすぐ、私はしまったと思った。少し慌てて横を見遣ると、いかにも不服そうなふくれっ面が目に入る。
「そんなのわからないじゃんか」
 少年は言う。まだ見ぬ可能性を否定するなとばかりに。私はとっさに謝った。
「ああ、そうだね。ごめん」
 普通に考えれば、三百メートルちょっとで宇宙に届いてしまったら、富士山なんて今頃とっくに宇宙旅行スポットだ。けれど、こんなところで大人の理不尽さを発揮して何になるだろう。
 遠くで夕暮れを告げる鐘が鳴った。
「そろそろ帰らなくちゃ」
 彼らは家路につかねばならない。ここからは大人の時間が始まるからだ。ブランコから飛び降りて少し前方の地面に着地した少年は、くるりとこちらを振り返って、「また会えるかな」と訊いた。「さあ。どうかな」
「あと三十年くらい経ったら、嫌でも毎日会えると思うよ」
「なんだそれ」
 少年はちょっと怪訝そうな顔をしたが、すぐにニカッと笑った。
「じゃあ、約束。今度会うときまで、これ持ってて」
 薄汚れた絆創膏がベタベタと貼りついた小さな掌はズボンのポケットをまさぐったかと思うと突然私の手を捉え、捉えたときと同様また唐突に離された。
「忘れんなよ」
 今一度念を押しながら夕暮れのひかりのなかに駆けていく少年の背中を見送って、私はおもむろにブランコから立ちあがった。ゆっくり目を閉じて、鼻から思い切り空気を吸い込んでみる。とても懐かしいにおいがした。けれど、再び吸い込んだときにはもう違っていた。耳にざっと喧騒が戻って来る。
 まぶたを押し上げて最初に飛び込んできたのは、目をつぶる前と同じオレンジ色の風景。でも、そこにはもうブランコも広い空もなくて、味気なく舗装された幅広の道路をただ人々が往来している。ふと思い出して握られたままの拳を開くと、そこには所々錆びて古ぼけた缶バッヂが収まっていた。駄菓子なんかに付いてくるがらくたの類で特別めずらしくはなかったのだけれど、昔は宝物のように大事にしていた物だ。なのに、いつだったか失くしてしまってそれきりだった。
 私は口元をゆるめ小さく笑うと、それをぎゅっと握り直しまた歩き出した。左手には、今日も宇宙に向かってそびえる東京タワーが見える。


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