W・アーム・スープレックスさん

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将来の夢
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馬侍

14/01/08 コンテスト(テーマ):第二回OC【 馬 】  コメント:5件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1539

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 なるほど、馬面である。
 しかし、馬面はなにも井野川青舟ひとりにかぎらない。
 高崎藩馬廻り組には十五名の藩士がいたが、その約半分が面長だった。だから井野川をなぜみなが影で『馬侍』と呼ぶかの理由を、その容貌の特徴から判断するわけにはいかなかった。
 今年馬廻り役を任じられた吉本市太郎は、藩の精鋭部隊に入れた名誉を心から喜んだ。主君の身辺を警護する役目上、武勇に優れて身体強健でなければならず、何より君主から信頼される履歴の持ち主でなければならない。若い市太郎がプライドをくすぐられるのも無理なかった。
 市太郎が馬廻り組の一人になってすでに半年がすぎた。いくさは途絶えてすでに久しい。とはいえいつ、緊急の出来事が起るかもしれず、市太郎たちは鍛錬に余念がなかった。稽古がすんで、ほてる体を休めている時などにはみなで、だれが剣の腕が一番かといった話が花を咲かせるのはこういう時だ。
「やっぱりそれは、馬侍どのだろう」
 市太郎は耳をそばだてた。馬廻り組の中堅たちが、井野川のことを馬侍と呼ぶのをこれまで何度も耳にしていた。
 単なるあだ名だとは思うのだが、市太郎はその名の由来が気になった。いったん気になりだすと、そのままほっておけない性質の彼だった。とはいえ、先輩諸氏にむかって、その中でも頂点にたつ井野川青舟のあだ名のことを、面と向ってきく勇気はさすがになかった。
 翌日、井野川青舟が稽古にあらわれることを確認すると市太郎は、思い切って道場に上ることにした。その日の稽古には、精鋭中の精鋭が集まり、そうとう荒っぽい練習が予想される。そんな中にのこのこ入っていって、はたしてぶじでいられる保障はなかった。
「おう、若いの、稽古にきたのか」
 市太郎に目をとめた一人が、さっそく近寄ってきた。
「あのう、井野川様とお手合わせを願いたいのですが―――」
「あの馬侍どの―――いや、井野川殿と? お主気は確かか。あの井野川どのは馬庭念流の免許皆伝だぞ」
「いまなんとおっしゃいました?」
「ん………馬庭念流か」
「それで、馬ですか」
「なにが馬だ………」
「いえ、その―――あのう、ほかにも馬庭念流の方はいらっしゃるので?」
「お主は地方出だから知らんだろうが、なにせわが高崎藩は馬庭念流発祥の地でな。藩士の大半が同流を使うのではないのか」
「そうですか。よくわかりました」
「おい、稽古はしないのか」
「またこんどに。失礼仕りました」
 あわてて市太郎は道場から逃げ出した。
 剣術の流派があだ名になったわけでもなさそうだった。あるいは試合において、後ろ足で相手を蹴飛ばすとか、馬のような駿足で相手を攪乱するとか、馬侍のあだ名の詮索にそれからも市太郎は頭を絞り続けたが、どれ一つとして正鵠を射ているとは思えなかった。
――そんなとき、狩好きの主君が、馬廻り組の藩士を伴って近くの草原にでかけることになった。若手の藩士三名に市太郎が選ばれたのは、年寄たちではなにかと足手まといになり勝ちで、若手ならこうるさいこともいわず、すきなように狩ができるからにほかならなかった。
 草原にはキツネが多くいた。君主は嬉々として弓の矢を放った。あまりに夢中になったあまり近くに潜んでいた猪の親子に気づくのが遅れ、わかったときは牙をむいた猪が君主の馬の脇腹にいままさにぶちあたる寸前だった。その猪の首に、市太郎の放った槍がつきたち、君主は棒立ちになる馬をいさめてぶじ、危険をやりすごした。
 市太郎の手柄は馬廻り組にしれわたり、だれもが彼を褒め称えた。井野川青舟は、馬廻り組を代表して市太郎を自宅に招き、君主からさずかった褒美を与えた。
「今回のお主の働き、まことに見事であった。君主も大変お喜びのご様子。わが馬廻り組も鼻が高い。よくやったな、市太郎」
 市太郎は、青舟からつがれた酒を、満面の笑みでのみほした。さすがに、例の馬侍のことも忘れている様子だった。が、二人に運ばれてきた膳がふと彼の目をひきつけた。自分の膳が尾頭付きの魚や、貝や野菜の煮たもの、高野豆腐、澄まし汁などに比べて青舟の膳は、なにやらいやに赤々している。
 青舟は、そんな市太郎の顔つきをみて、にこやかに口をひらいた。
「拙者の好物でな」
 彼の膳上の赤いものが、みな人参だとわかるまで、市太郎は少し時間がかかった。人参の煮もの、人参の漬物、人参入りの味噌汁、人参のきんぴら―――まさに膳の上は人参一色だったのだ。
「これだけではないぞ」
 いうなり青舟は懐から一本の人参をつかみだすなり、いきなりかぷっとかぶりついた。
「昔は、いくさのまえには必ずこれで精をつけたものだ」
「それでみなさんが―――」
 いいかけてあわてて口をおさえた市太郎にむかって青舟が、
「馬侍とよぶわけさ」
 そういって高笑いする姿は、馬のいななく様子にさも似ていた。


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このストーリーに関するコメント

14/01/08 草愛やし美

W・アーム・スープレックスさん、新年おめでとうございます。今年も楽しいお話で楽しませてくださると思いわくわくしています。

早速、その願望が叶いました。馬侍、面白くて、一気に読み終えました。テーマ「馬」でこの設定、馬侍と呼ばれるお侍さんの謂れが、こうだったんですね。馬面に、馬庭念流ですか、剣の達人、もうこれでもかというほど、馬のオンパレードですのに、まだ足りないんですか「バババ・馬かなあ」と、思わずつっこみ入れてしまってました。笑
面白かったです、大いに楽しませていただき、「よは馬ん足じゃあ」と、のたまうウーマンの私でした。チャンチャン♪

14/01/09 W・アーム・スープレックス

草藍さん、おめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
新年早々の楽しく、心温まるコメント、ありがとうございました。寒波になんか負けないぞという気持ちになります。私自身、時代劇のファンで、新年第一作に侍ものをもってこれてよかったです。高らかないななきとともに、本年もまた、足音高く、かけだしていきたいと思います。

14/01/10 そらの珊瑚

W・アーム・スープレックスさん、拝読しました。

投稿ありがとうございます。
このサイトでは少ない時代物が読めて嬉しかったです。
うま年の新年にまさにふさわしいお話でしたし、
あだ名の由来を探すという謎解きのような一面も楽しかったです。
「馬」からこのようなお話を紡がれるとは、発想の柔軟さに感じ入りました。

14/01/12 W・アーム・スープレックス

そらの珊瑚さん、コメントありがとうございます。
お題をみたとき、まっさきに浮かんだのは時代劇でした。というより、現代に馬をもってくるのは、私なりにはよほどの工夫が必要とおもい、マシンやpcのない人間主体の時代を選びました。おかげさまで、いいスタートがきれました。あとは息切れしないよう、また一年、突っ走る所存です。
本年もよろしくお願いします。

14/01/13 かめかめ

馬侍かわいい

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