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かめかめさん

http://ameblo.jp/kamekame1976/ ブログデシセイカツバクロチウ

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将来の夢 印税生活
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伝説を担うもの

14/01/07 コンテスト(テーマ):第四十八回 時空モノガタリ文学賞【 昭和 】 コメント:4件 かめかめ 閲覧数:1315

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 福岡市の中心地、天神にその伝説はある。
 数多の有名ミュージシャンを輩出し、今もなお若いミュージシャンたちがそのステージに立つことを夢見る。
 『喫茶 昭和』
 そこはストリートミュージシャンの登竜門だ。
 
 昭和51年6月。
 記録的な水不足をもたらした空梅雨の下、俺の心もカラカラに乾いていた。蒸し蒸しと煮え立つアスファルトの上でギターをかきならし声を枯らしても、俺の歌は誰にも届かない。ただカラッポのギターケースが憐れむように口を開けて俺を見上げるだけだった。
 九州のド田舎から『日本のリバプール』と呼ばれる町に出てきて、アルバイトしながら自作の曲を作り続ける毎日。路上で俺の歌に立ち止まる人はいない。俺の魂は夜の闇の中に吸い込まれて消えて行く。このまま俺は誰にも見出されず年老いていくだけなのだろうか。

 昭和の噂を聞いたのはそんな時だった。天神の中心に居を構えるライブ喫茶。そのステージに立った者は必ずメジャーデビューするという。東京からも数多くのプロデューサーがスカウトに訪れステージを見るというのだ。俺は一も二もなくその喫茶店に向かった。

 ガロンと重い音をたてるカウベル。半地下にある扉を押し開けると、開店前のその店には昨夜の喧騒の名残と、煙草と汗のにおいが籠もっていた。

「まだ開けてないよ」

 無愛想な声がカウンターの奥から響く。深く心に忍び込むようなその声の持ち主は、口ひげと蝶ネクタイでいかにもマスター、と言った風情の五十年配の男性だった。白髪が目立ち始めた髪を綺麗に七三に分けている。その瞳には深い思索とパッションが秘められているように思われた。

「俺をステージで歌わせてくれ」

 単刀直入に切り出した俺にチラリと一瞥をくれただけで、マスターはグラスを磨く作業に戻っていく。

「うちは飛び入りは遠慮してもらってるんだ」

「飛び入りがダメならどうしたらいい?」

 生意気な口をきく俺に大した興味も無いと言わんばかりに顔も向けないまま、マスターは詩を口ずさむように答えた。

「明日の夜に公開オーディションをやるよ」

 それだけ聞くと俺は昼の光があふれる町へと続く階段をのぼった。
 翌日の夜、俺はギターを抱え昭和のステージに立った。自信はあった。渾身の曲、渾身の歌声。しかし客席からは怒号と酷い野次が飛んできた。それでも諦めず声を張り上げる俺に向かって、タバスコの瓶が飛んできた。蓋が開いたままのタバスコの瓶から赤い液体が飛び出し、俺のTシャツの胸を汚した。まるで真っ赤な血のように。
 それでも俺は諦めず、オーディションの夜毎ステージに立った。結果はいつも野次まみれ。

 ある夜、一人の少年が昭和にやってきた。
 少年はギターもピアノも弾かずタンバリンさえ持たず、ステージに立った。すぐに野次が飛んだ。子供は帰って寝ろだとか昭和をなめるなだとか、俺にはおなじみのヤツだ。少年はそんな声がまったく聞こえていないかのように飄々と歌いだした。
 アメリカの古いブルース。少年の靴の踵がリズムを刻み、まるで百年も歌い続けてきたかのような哀愁を感じさせる声が響く。店内は少年の声で満ち満ちた。誰も口を開けない。身動きすらできなかった。
 天才、というヤツを、俺は始めて目の当たりにした。そうして、その才能に釘付けになった。少年が歌い終わったとき、俺たちは夢中で手を叩き、アンコールを叫んでいた。誰もその才能に嫉妬などしない。いや、できなかった。俺たちはその天才歌手の誕生に立ち会えた喜びに震えた。本物の才能とは、そういうものなのだと知った。

 翌日、俺は昼の日を背中に浴びながら階段を下った。

「まだ開けてないよ」

 マスターは馴染みの顔に興味なさそうに声をかけてきた。

「俺を、この店で働かせてください」

 できるかぎりの丁寧さで、俺は頭を下げた。

「どうしてウチで働きたいんだ?」

 問われて顔を上げると、マスターは正面から俺の目を見据えた。

「才能が生まれる時を目撃したいんです」

 マスターは微笑んで、俺に店名が入ったエプロンを手渡した。

 あれから四十年近くがたち、マスターはすでにこの世を去った。葬儀には数多くのスターがやってきた。マスターのために餞の歌が次々と流れた。
 今は大物となったあの時の少年が深い哀惜を歌い上げるのをマスターは一番近くで聞いたのだった。その幸せを受け継ぐべく、俺は今も昭和でグラスを磨いている。

 ガロン、とカウベルの重い響きと共に、ギターを抱えた若者が店に入ってくる。

「まだ開けてないよ」

 ぶっきらぼうに言って見せるが、俺の心はいつも喜びに震えているのだ。
 どうか見せてくれ。俺たちに、君の伝説を。そして駆け上がっていって欲しい。その階段を抜けて、どこまでも高みへ。さあ、羽ばたけ。


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このストーリーに関するコメント

14/01/07 草愛やし美

かめかめさん、明けましておめでとうございます。拝読しました。

こんな伝説のライブ喫茶、天神にあるのですね。上のOHIMEさんのコメントで知りました。そこへ行ってみたいです。
伝説を創り出せる店で働き、才能を目にする瞬間に立ち会える、なんて素晴らしい仕事でしょう。かめかめさんの作品で、それを知ることができたこと、とても嬉しいです。ありがとうございました。

14/01/11 かめかめ

>OHIMEさん
コメントありがとうございます。
過分なお褒めをいただき、恐縮です。

実際の喫茶は照和と照るほうのしょうらしいのです。
なんども看板を見ておきながら最近まで全然気付かなかったです。うかつものでございます。

14/01/11 かめかめ

>草藍さん
あけましておめでとうございます。
コメントありがとうございます。
照和からはチューリップや海援隊、THE MODSなんかがデビューしていったらしいです。
私は一度も入ったことがないのですが。一度行ってみたいと思っています。

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