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クナリさん

小説が出版されました。 『黒手毬珈琲館に灯はともる 〜優しい雨と、オレンジ・カプチーノ〜』 マイナビ出版ファン文庫より発売中です(表紙:六七質 様)。 http://www.amazon.co.jp/dp/4839958211 twitterアカウント:@sawanokurakunar

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将来の夢 絵本作家
座右の銘 明日の自分がきっとがんばる。

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二角獣のtestament

14/01/06 コンテスト(テーマ):第二回OC【 馬 】  コメント:11件 クナリ 閲覧数:1964

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「あたしねえ、子供産んで、ほんとによかったと思ってるよ」



母がマンションの四階から飛び降り自殺をした時、僕は十四歳だった。
母は昔から精神に疾患を抱えていて、自殺はそれに起因するものだと誰もが言ったし、それは恐らく当たっていた。
親族にも厄介者扱いされており、父以外にはあまり味方のいない母だったが、弟の謙介叔父さんとだけは仲が良かった。葬式の手伝いに来てくれた叔父さんとリビングを片づけていると、壁に掛けられた絵を見た叔父さんが僕に訊いて来た。
「この馬、どうしたの」
それは荒野を走る大きな馬を描いた油絵だったのだが、馬の額の部分にボールペンが二本突き刺してある。
「母さんがやったんだ、飛び降りる直前に」
叔父さんはそれを聞いて、何やら考え込んでいた。

母の葬式の二週間程経った後。
母が死んでから、父は家にあまり帰らなくなったのだが、その夜は久し振りに父がマンションの門をくぐって帰って来るのを、僕は偶然窓から見ていた。
するとポーチの物陰から叔父さんが現れ、父に駆け寄ったので驚いた。聞き耳を立てたが、遠すぎる。
ただ、「子供を蔑ろにするなら」とか「引き取る」などと聞こえて、僕のことを話しているのだろうかとびっくりした。叔父さんも、そのつもりでいてくれたのかと。
ならば恐らく、僕と同じ結論に到達しているのだろう。

叔父さんを振り切って帰宅した父と、僕は「話がある」とリビングで相対した。
「何だ」
と父が面倒くさそうに促す。
僕は腹を決め、話し出した。
「母さんは打たれ弱い人で、昔から人付き合いでは苦しんでたって聞いてる。父さんだけが母さんを救ったって、よく叔父さんが言ってた」
「大げさだよ」
余計な荷物を背負わされたような父の顔は、たまらなく不愉快だった。
「その父さんに裏切られたら、母さんが耐えられるはずがない。母さんは、父さんが殺したようなものだよね」
父の肩が、ぎくりと硬直した。
「何を言ってる」
「あの絵の馬、ペンが額に刺さって二本角になってるね。二角獣、バイコーンて言って、不貞、不純の象徴なんだ」
父の顔色が変わった。
「父さんの裏切り、そんな恐ろしいことに、母さんが立ち向かえるはずがない。父さんを糾弾なんて出来なかった。母さんはやせ細った心を押し潰され、せめてこの馬の絵に思いを込めて、この世から逃げ出したんだ。誰かが、この口に出せない屈辱や無念に気付いてくれることを慰めに」
「お前、病人の奇行から何を妄想してる」
愛情の一片も感じられない言葉を叩き帰すように、僕は続けた。
「そこまで思いつめるくらいだもの、母さんだって確たる証拠を集めてあったよ。葬式の後、父さんが家を開けてくれたから探しやすかった。母さんは、とてもそれを使って父さんと相対することには耐えられなかった訳だけど」
先週、化粧台の中から父の密会の写真の束が出て来た時には、僕も覚悟を決めていた。
「僕は出て行く。邪魔だろう? 望まれていない家族は、家族だとは思わないから。真相に気付いているのは、多分僕と叔父さんの二人だけ。でも、それは、絶対の二人だ。不幸者の皮をかぶって、その実、真実を知る人には軽蔑されながら、楽しく生きたらいいよ」
踵を返し、リビングから出て行くついでに絵からペンを抜き取る。馬は、不貞のシンボルから、ただの馬に戻った。
その時、僕の背中に、父の怒鳴り声が叩きつけられた。
「好きに言うな! お前に、俺の都合も事情も分かるのか!」
背を向けたまま、僕も怒鳴り返した。
「母さんの気持は分からないことにしておいて! 情けないんだよ!」
ああ、死者の為に生者をなじるなんて、まるで道理に合わない。
「僕も、病気なのかもしれないな!」

僕は部屋に戻ると、叔父さんの携帯を鳴らし、会いたいと伝えた。
何だかばらばらになりそうだ、とも。
叔父さんは優しい声音で、出ておいでと言ってくれた。
僕は外着に着替えながら、沈黙が嫌で、電話に向かって話し続けた。
「一番のより所が一番恐ろしくなるって、どんなに怖いことだろうね。なのに僕は、……そんな母さんに何もしてあげなかったんだよ。死んでから惜しんだって遅いんだよ。僕は何のために母さんから産まれたんだろう」
叔父さんは、静かに答えた。
「恐怖で、心の針が振り切れてしまうことというのはあるよ。どんなに大切なもののことも、一時思い出せなくなることが。君が無力なんじゃない。姉さんはきっととっくに、一杯一杯だった。君とお父さんがいるからと、僕だって姉さんの手を離した」
「病気で、弱っちくて、 親戚の中でも厄介者扱いされてて、一人じゃ何も出来なくて、まるで僕みたいな、でも、僕の母さんだったんだよ」
同じ痛みを抱えて、なお、すれ違う会話は空しい。
けれど父とは違い、叔父さんとのすれ違いの狭間には、僕の母がいた。


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このストーリーに関するコメント

14/01/07 泡沫恋歌

クナリさん、拝読しました。

おぉ-(o゚Д゚ノ)ノ
【 馬 】早いですね。
私はまだ何も考えてないわ。

第二回OC【 馬 】をクナリさんが皮切りでオーナーさんも喜んでいる
事だと思いますよ。

ありがとう。
とても印象の良い作品でした。

14/01/07 草愛やし美

クナリさん、拝読しました。

うーんと唸ってしまいました。馬から、こんなお話が出てくるなんて、さすがクナリさん、視点が違いますね。複雑な家庭の柵、家族の意味合い、2千文字という制限のなかでここまで内容の濃い作品が描けるなんてすごいです。
最後の一文が、この家族(あえてこう呼ばせて戴きますが…)全ての関係を集約した言葉ですね。二角獣の意味合も知らない私です、勉強なりました、ありがとうございました。

14/01/10 そらの珊瑚

クナリさん、拝読しました。

電光石火のごとく早いご投稿、ありがとうございました。
ユニコーンは存じておりましたが、バイコーンは初めて知るものでした。
「馬」からこのようなお話を紡がれたことに感動しました。
純粋なまま生きられればどんなにいいでしょう。
けれど人は不純にまみれてしまう。
純粋なまま生きていくことは難しいのでしょうね。
それでも終わり方に救いのようなものを感じることが出来ました。

14/01/12 石蕗亮

クナリさん
拝読しました。
バイコーンの用いり方と死者のために生者をなじる、の所がとても印象に残りました。

14/01/13 クナリ

泡沫恋歌さん>
最初、生きた「馬」で考えていたのですがまったく何も思い浮かばず、
絵の馬になりました(^^;)。
暗い話ではありますが、サイト利用者としてオーナーズコンテストの
一助になれていれば幸いでありまする。
こちらこそ、コメントありがとうございます!

草藍さん>
家族って難しいですよねー。
血のつながりなんてたいした意味ないな、と思うことも多いです。
積み上げた信頼関係とか思い出とかのが大事かなーと。
今回は、バイコーンを扱った話にしようと思いついたら、けっこう
すんなり話が出来上がりました。雑学好きだとたまに役立つことが
あります(^^;)。

OHIMEさん>
さわやかな話が苦手な自分、この上もなくさわやかなテーマを前に、
いかに暗いほうへ話を持っていくかと試行錯誤した結果、うまいこと
バイコーンがヒットしてくれましたであります。
親子関係って、「情緒関係」よりも「法律」に左右されることが
多い気がして、それが結構悔しいのですが、「最後には必ずあなたの
味方をするよ。たとえどこの誰に責められても」と言ってもらえるという
安心感を築きたいものです。
子供はひとりでも勝手に育ちますが、そうした前提のある「家庭」が意識の
そこにあるかどうかって結構大事かなあなどとろくに里帰りもしない
不孝者の癖に考えてもみるッ。

そらの珊瑚さん>
祝☆一番乗りであります。いえー。
妖怪とか神話の神々とか結構好きなので、聞きかじった程度でも覚えていると
役に立つことがあるものなのでした。
今年の干支でもあるなあというのはテーマを見てすぐ思いが至り、なのに
暗いっぽい話ってどうなんだろう…とは思ったのですが自分にはこんな
感じのものしか書けませんでしたッ。
物語に謎解き要素を入れると、話が収束しやすくて助かりますね(おい)。
家族関係の中で生じた問題というのは模範解答も絶対的正解もないのが
困り者ですが、どこかで感情のぶつけ合いはきっと必要なのでしょう。
…たぶん…。

石蕗亮さん>
不信心者で申し訳ないのですが、基本的には「人間死んだら終わり」と
思っているので、亡くなった方のことを動機にして、生きている人間に
何かをはたらくというのは嫌いなのですが、そうも言ってられないことも
あるなあと。
特に嫌なのが、「そんなことをしたら死んだ○○さんが天国で悲しむ」
みたいなやつで、自分の価値観を他人に納得させるために、死者を
便利に使わないでほしいと。
使者の想いを適切に汲み取り活かす、ということはなんとも難しいですね。

14/01/14 朔良

クナリさん、拝読いたしました。
馬のお題でこのお話を生み出すクナリさん、やっぱりすごいとうなってしまいます。
謎解き部分もあり、心の闇もあり…。
お母さんを救えなかった上、お父さんに裏切られた主人公の少年はつらいと思うけど、叔父さんの存在があって救われました。
おもしろかったです。

14/01/16 クナリ

朔良さん>
生きた馬のかもし出すさわやかさからは、何一つ思いつくことの
できなかった人間の、悪あがきの産物のような発想でございました。
謎解きはあってもカタルシスのない構成で、読み返すと反省が
多々生じそうですが、精一杯書いたのは確かですので、あんまり
読み返さないでおこうと思います(おい)。
お読みいただき、ありがとうございました!

14/02/02 光石七

ユニコーンやバイコーン、ペガサス等、空想上の馬は名前を知っていても、話には絡めづらい印象がありました。
こういう形にされるとは、さすがです。
家族の心情関係がわかりやすく、主人公と叔父さんのこれからにほのかな希望を感じました。
良作ですね。

14/02/02 クナリ


光石さん>
いや自分バイコーンなんてろくにしらなゲフンゲフン完全につけ焼きゴヘンゴヘン。凄いぞグーグル。ありがとうグーグル。
北欧神話とかギリシャ神話とか旧約聖書って、読んでるとわくわくするし胸躍るエピソードも色々あるんですけど、なんでか記憶が出来ないのはどうしたことか…。
ユニコーンやペガサスは、なんかきれいっぽくて、自分のようなヨゴレには扱えないだろうな、なんかもっとこうどろっとしたのいないかなーとか思っていたらこんな話になりましたッ。
お読みいただき、ありがとうございました!

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