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草愛やし美さん

時空文学コンテスト開催100回、おめでとうございます。思えば、初めて私が、こちらに投稿したのは2012年5月のこと、もう4年近く経ったのですね。時空モノガタリさまが、創作の場を与えてくださったお陰で楽しい時間を過ごすことができました。感謝の気持ちでいっぱいです。 また、拙い私の作品を読んでくださった方々に感謝しております。 やし美というのは本名です、母がつけてくれた名前、生まれた時にラジオから流れていた、島崎藤村作詞の「椰子の実」にちなんで……大好きな名前です。ツイッター:草藍やし美、https://twitter.com/cocosouai 

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将来の夢 いっぱい食べて飲んでも痩せているっての、いいだろうなあ〜〜
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京都伏見 酒蔵情話

12/05/27 コンテスト(テーマ):第五回 時空モノガタリ文学賞【 京都 】 コメント:1件 草愛やし美 閲覧数:2854

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 母が亡くなって1年法事のため私は実家へやって来た。母は昔から丈夫な人で家族みんな病気とは無縁の人だとばかり思ってきた。病に気づいた時はもう手遅れで家族はみんな悔やんだがどうしようもできなかった。
 私は隣の県に嫁いだが、母は私のことを心配してくれた。嫁ぎ先が兼業農家だったため嫁である私は年中農作業に駆り出された。
「都会育ちのあんたに田植えなんかできるん? 腰はどない、無理したらあかんよ」
 いつも私のことを心配してくれた母の言葉を読経の合間に思い出していた。覚悟して迎えた母の死だったが、親を亡くすということは思った以上に辛いものだった。嬉しいことはや嫌なこと私はすぐに実家に電話した。母は辛抱強く私の話を聞いてくれ共に喜んだり、一緒に愚痴ってくれたりした。お陰であまりストレスを溜め込むことなく私は生きてこれたのだ。

「お母ちゃん、もうえぇとこ行ってるん……?」
 仏壇に手を合わせながら、仏になった母に問いかけると姉が母の代わりに答えてくれた。
「うちらのお母ちゃんやでぇ飛び切りえぇとこ行ったはるに決まってるやんか」
「そやなぁ、どないなえぇとこなんやろなぁ極楽って……」
 誰もそれには答えない。ふと視線を移したところに俯いた父の姿があった。その肩がとても小さく見え私は驚いた。父は表具師で私たちが幼い頃からずっと家で仕事をしていた。無口でほとんど話さない人だった。父の話し相手は母だけだったのだろう。私自身、父と話した記憶はなく父の記憶は晩酌をしていた姿くらいで、怖い存在だった。
「お父ちゃん、なんかちいそうなったみたいに思える……」
 誰に言うともなく呟き、私は俯いた父の姿をじっと見つめた。突然、自分が中学生だった頃に詠んだ俳句のことを思い出した。35年振りの同窓会で友に言われたからだろう。
「あんた、父の日に作った俳句で先生に褒められたね」
「そうやった」
「うち今でもよぅ覚えているわぁ。酒蔵の匂いがしてきてお父さんを思い出したとかいう句やった」
「あぁそう言われてみたら確かにそんな俳句作ったわ。学校の途中にある酒蔵の横を歩いていて思いついたんや。漂ってきたお酒の香りに父を想うとかいう俳句やった」
「あんたの俳句をみんなの前で先生が詠んで褒めはった。うちなぁお父ちゃんおらへんかったから、えぇなぁ〜お父ちゃんってそんなんかなぁって」
「そうなんや」
「お父ちゃんうちが小さい時、死んでもうたし実感わけへんかってん。そやのに先生は父の日やからお父さんのこと何でももえぇから作れって、ほんま殺生やった。うちがわかりませんって訴えたら、終いにお兄ちゃんでも家族の誰でもかまへんって言い出して、ハハハハ、わろうたわ」
 友はあっけらかんとして笑った。私は話さない父親だったけれど、それでもいてくれてありがたいと考えたのだった。
 法事が終わりみんな帰っていった。近隣に住む私が一番最後になり慌てて荷物を纏めていると、父がやってきた。
「駅まで送るよ荷物あるやろ」

 駅へ続く道を父と二人で肩を並べて歩く。駅へ続くこの道はあの俳句を詠んだ酒蔵が建っている。昔と同じように酒蔵の通風孔からいいお酒の香りが漂ってきた。日本酒の大きなタンクが蔵にあるからだ。蔵は夏は涼しく冬は暖かく日本酒の熟成に適している。
 香りを確かめながら二人で無口なまま歩いていく。一人残された家で淋しいことだろうに……父は何も言わない。私は何か言わなくてはという思いでいっぱいになっていたが、父と同じように何も言い出せないまま、歩いていた。
 何か話そうという思いを遮って私は頭の中で俳句を懸命に思いだそうとしていた。中学の時に自分で詠んだ句なのにはっきりと覚えていないのだ。褒めて貰った喜びだけはあるのだけど……。仕方なく新しく作ってみることにした。あれこれブツブツ口ごもっていると父が怪訝そうな顔をして私を見た。
「酒蔵に 父慕う香 渡りゆき――俳句や、昔中学の時にお父ちゃんのことを俳句で詠んだんやけど忘れてしもうて……、そやから新しく考えてみたんよ」
「そうか俳句か」
「うん、お父ちゃん体に気ぃつけてな。うちは家が一番近いから電話してくれたらすぐ飛んで来るわ……」
 それ以上は、胸がいっぱいで言えなかった。父も私に荷物を渡しながら頷いてみせただけでやっぱり何も言わない。改札へ向かいながら私は父の方を振り返って見た。父は私の顔を認めると小さく手を振ってくれた。私は大きな声で叫んだ。
「お父ちゃんありがとう」
 ようやくそれだけ言えた。父はやっぱり頷いただけだった。涙が溢れてきたので私は踵を返して改札を抜けた。どこからか落ち葉が舞ってきた。
「もう秋か……、この秋は父を誘って東福寺にでも行きたいな」
 そう心の中で呟きながら私はホームへの階段を一気に駆け上がって行った。


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このストーリーに関するコメント

15/03/08 kotonoha

草藍さん,
拝読しました。時空モノガタリ文学賞、おめでとうございます。
読み終わると涙が流れていました。
思い出の中に酒蔵の匂いまで思い出すって素敵ですね。

小さくなったお父さんに私の父を重ねて思い出しています。
故人を偲ぶ優しい物語でほのぼのとした気持になりました。

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