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タックさん

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本人不在の弾劾

13/12/28 コンテスト(テーマ):第四十七回 時空モノガタリ文学賞【 再会 】 コメント:2件 タック 閲覧数:1254

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「――先日、死にました。自殺でした」

――純然たる事実が、深閑とした和室に滔々と響いた。

「……は?」

――目を見開いた河野は嘘を探ろうとしたが、相手の様子はただただ真剣だった。――静寂。怯えを滲ませたような表情で、河野は独言の如き問いを発した。

「本当、なんですか? 今川が、死んだ? ……でしたら、僕への用事、というのは」

「……死にました。やはり、ご存知無かったんですね」

 今川の母親はくすりと倦んだ表情で微笑み、悲しげに視線を逸らした。前傾する河野。問いに対しての返答は、河野の想定から酷く乖離する形で行われた。

「……すいません。あの、こっちに帰ってきたのは久しぶりで、友人と、連絡も取っていなかったので、知る機会が無くて……すいません」

「いいんです。別に、友達という訳でも無かったのでしょう? ――孝文は、あなたのことを友達だと思っていたようですが」

 剣呑な空気が場を領する。河野はばつが悪そうに出された茶を含み、座卓の下で、頻りに足の指を動かした。

――今川の母親から、河野の元に電話があったのはつい先日の事だった。――孝文に関して、あなたに話したいことがある。どうか一度、来てもらえないだろうか――。どこで調べたのか、唐突な連絡に河野は訝しんだ。不透明な要請に目的を尋ねたが、母親は詳細を明かさず、心証を害した河野は適当な方便を使い断ったが、相手の意志は固く、幾度もの懇願に、河野は渋々今川宅を訪れた。その行動の結果が、再会を想像した同級生の死亡、であった。

「……河野さん。これを、見ていただけますか?」

 真相を語ることの無い母親に痺れを切らし、河野が一度、弔いを理由に退室しようとした時だった。母親が、座卓の下から数冊の大学ノートを取り出したのである。河野は眉を顰め、真意を伺う視線を母親に送ったが、母親は黙然と、河野の眼前にノートを差し出すのみだった。

 意図が汲めず、凝固し続けていた河野だったが、再び姿勢を改めノートを手に取った。薄汚れたノート。表記されたタイトルは「日記」。その横には日付が明記され、十年ほど前に、記され始めた日記であることが河野には分かった。

「息子の日記です。お読みください」

「え? いや、それは……」

「お願いします。そのために、あなたに来ていただいたのですから」

――そのために。河野の思考は一瞬間停止した。故人の日記を見ることが何になるのか。理解しがたい理由だった。河野は躊躇した。罪悪感が逡巡に加担した。しかし結局、母親の威圧に気圧されるように、河野はノートを捲り始めた。

「日記」は今川の日常を綴った、ただの日記に過ぎなかった。河野は不審を抱きながら、黙々と流し読むようにページを捲った。作業の様相を呈す黙読。「日記」の時節が、高校三年時に差し掛かる。そこで、河野の手が止まった。自分の名前が、予期せぬ形で登場したせいだった。

 ○月◎日 今日、河野に「お前、臭いな。ちゃんと風呂入ってんのか?」と言われた。悲しくて、教室で泣きそうになった。僕は、臭い? 皆もそう思ってたのか? 嫌だ。嫌だ。もう、誰にも近づけない。

――心臓が止まる感覚。河野は記憶を探った。しかし、覚えは無かった。

 ●月○日 友達に近づくのが怖い。皆、陰で僕を笑っているかもしれない。そう思うと死にたくなる。

 □月●日 どんなに体を洗っても匂いが取れない気がする。僕なんて、いるだけで迷惑なんだ。

――自責は成長と共に延々と続いている。耐え切れず河野は目を逸らした。河野の未知覚な悪意を境に、日記はその構造を暗く変容させていた。――俺が発端? 河野の脳裏に、常に俯きがちだった今川の姿が浮かんだ。

――はい。ノートが河野の手元から外され、開いた状態で、新品同様の新たなノートが差し出された。河野の目が吸い込まれる。白いページに描かれた一文。それは、今川の抱えた苦悩を最も端的に表現していた。

 ▲月◎日 視線に耐えられない。僕は迷惑だ。さようなら。――その後は、空白が続いた。

「……なんで、僕に、これを」
 
 河野の顔が歪む。――俺が、今川を追い詰めた? そんな……。河野は内面に問いかける。しかし、記憶が表出されることはなく、自覚の無い悔恨のみが、胸中に漂い続けた。

「……ふふ、だって、悔しいじゃありませんか。孝文の人生を狂わせた人間が、その事を自覚しないまま、のうのうと生きている。理不尽だと思いません? あなたに、一生背負ってほしかったの。一人の人間を、死に追い込んだって事を」

 笑顔に固定された母親の表情。その目からは、静かに涙が流れ落ちている。項垂れた河野の視界に、無念に満ちたその異相は入らず、時折零れる母親の嗚咽のみが、夕方の赤い日光に浸された和室に反響していた。


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このストーリーに関するコメント

14/01/04 クナリ

失われた命を償う方法というのはあるのかな、というのは昔から
よく考えていたことでした。
生き残ったものによる復讐は正しいのだろうか、「そんなことを
しても死んだ人間は帰ってこない」「あなたがそんなことをしても
死んだ彼も喜ばない」という言葉の空しさときたら、情けなく
なるほどです。
主人公は、生きた同級生とは再会できなかったけれど、亡くなった
相手の生前の思いと、相手を傷つけた過去の自分とも思いがけず
再会したのですね。

14/01/08 タック

クナリさん、コメントありがとうございます。

生き残ったものによる復讐は、善悪に関わらず間違っているのだと思います。死=無、「死者」「死者の思い」なんていうものが存在しない以上、生者による独断的な復讐はやはり全て誤っているのでしょう。人は死んだその瞬間から生者の都合よく構成された思考の一パーツになり、勝手な生前のイメージ、人物像から本人とはひどく異なった像を形作られる。復讐を止めたいと考える人間にとってひどく利便性のあるアイテムに変化させられる。それって、考えたらとても怖いことですね。自分の死後、自分のイメージや虚構でしかない思想が生き残った者によって蔓延していく……。自分の形が変わっていく……。仕様が無いのでしょうが、嫌ですね。

……すみません。何を書いているのか自分でも良く分かっていません。ご一読、ありがとうございました。今後とも宜しくお願いします。

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