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猫のお知らせ

13/12/21 コンテスト(テーマ):第一回OC 【 猫とアオゾラ 】  コメント:3件 五助 閲覧数:1463

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 猫は悩んでいた。
 一応恩はある。雨の日にぬれ、風邪を引いていたところを家の中に連れてきてくれて、乾いたタオルで拭いてくれた。それから、鰯を出してくれた。鮮度がいささか落ちる、半値とか書かれた多少生臭い鰯だ。しぶしぶというか、こんな体調の悪いときに、鮮度の悪い生魚かよと思いながら、少し口をつけた。一応恩はある。まあ、返せと言われても所詮は猫だ。人間が満足するような、お礼はできない。風邪も治ったし、ちょっとぐらい、かわいいしぐさでじゃれてやってもかまわんぞ、などと思っていたのだが、当の命の恩人である男が女の首を絞めているのである。そりゃもうグイグイと。
 もちろん事情はわからない。ま、なんかあったんだろう。猫の世界にだって恨み辛みはある。爪でひっかいたりけっ飛ばしたり、がぶりとやることもある。しかしなかなか相手を殺すところまではいかない。いかんせんこの肉球では、肩をむにむに押せても首は絞められない。猫は小さく寝床も狭い。気に入らなければ余所へいけばいいのだ。何も殺さなくても、と猫は思う。
 そうこうしているうちに、恩人の男が叫び声を上げてひっくり返った。
 どうやら自分のやったことに驚いたらしい。あわてて、女を揺さぶり名前を呼んでいる。馬鹿かも知れん。自分でやっておいて何を驚いているのだ。やはり止めておいた方がよかったのだろうか。邪魔しちゃ悪いというか、恩人のやりたいことを邪魔するのはだめだろうと、考えてしまった。恩人は涙を流している。どうやら思いっきり後悔しているようだ。止めるのが正解だったんだね。猫は少し後悔した。
 男は、携帯電話を見たり、水を飲んだり、猫をやさしくなでたり、近場での現実逃避をおこなった。しばらく、そんなことをしていたが、何かを決心したかのような顔をして、押し入れに向かった。押し入れから毛布を取りだし、その毛布で女をくるんだ。毛布にくるんだ女を居間から寝室まで運び、ガラス戸付近に横たえた。男はガラス戸から庭に出て、倉庫からシャベルを取り出し、庭に穴を掘り始めた。
 猫はその様子を女の横で見ていた。雨はとうの昔にやみ、空は晴れ、ガラス戸からそそがれる太陽の光は、ほのかにあたたかった。一つあくびをして、のびをしていた猫は、毛布が少し動いていることに気がついた。耳をそばだててみると、かすかに呼吸音が聞こえた。死んではいない。仮死状態になっていたのか息を吹き返したのか、女は死んではいなかった。
 これは知らせなくてはいけない。猫はそう考え、ガラス戸に張り付き爪でかりかりと音を出し恩人を呼んだ。
 その音に気づいた男はガラス戸を開け、よーしよーしと猫の頭を土だらけの手で撫で、ガラス戸を閉め作業に戻った。
 だめだ。全然通じていない。どうやって知らせればいいのだろうか。作業中では無理だ。作業が終わり、毛布の女を恩人が見ているときに生きてますぞとアピールすれば女が生きていることに気がつくかも知れない。猫は恩人が穴を掘り終えるまで、ガラス戸の日なたでまるくなっていることにした。
 穴を掘り終えたのか、男はガラス戸を開け、毛布にくるまった女を抱き上げた。うつらうつらと眠っていた猫は慌てて、生きてます、女生きてます。あなた締めたけど生きています。と訴えた。男はそれを無視して女を穴の近くまで運んだ。
 人間一人余裕で深く入るぐらいの穴が完成されていた。このままでは、女は生き埋めになってしまう。どうすれば言葉の通じない人間に女が生きていることを伝えられるのだろうか。猫は再び考えた。男に爪をたてたらどうだろう。そうすれば痛みに驚いて、驚き、驚いて、驚くだけで、へたすりゃ、怒った恩人に女と一緒に埋められるかも知れない。だめだ。男に何かしても、女が生きていることを気づかせることにはならない。そもそも恩人に爪を立てるのは、猫の本意ではない。とすればだ、猫は毛布にくるまれた女の元に走りより、爪を立てた。
 爪は毛布を貫通し女の手首辺りに刺さった。意識がないとはいえ、女の体はその痛みに反応し、腕が毛布の中、跳ねるようにあがった。
 その様子を男は見た。男は、おそるおそる、女を覆っている毛布をめくった。
 女の顔があらわれた。顔色は悪いが、細く弱々しい息を確かにしている。男はへたり込んだ。女の顔を見つめながら、ときどき自分の手のひらを見つめた。女のまぶたが揺れ、薄くだが目が開いた。見えていれば、抜けるような青空がうつっているであろう。
 猫は満足げに一つ鳴き声を上げ、これで恩は返したと、背を向け走り去った。
 男は、女の目に映る青空を、覆い隠すように、女の顔をのぞき込んだ。


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このストーリーに関するコメント

13/12/23 猫兵器

五助様

はじめまして。拝読致しました。
徹底的に猫の視点にこだわった作風が面白かったです。
男が出てくる。女が出てくる。男が女を殺そうとしてる。分かるのはそれだけ。男と女の関係性も、凶行の動機も、死体を隠そうとする焦燥感も読者には伝わってこない。だって、猫だから。
殺人という究極の修羅場に対して、昼寝をしてしまう猫の緊張感のなさの対比がとても良かったです。

13/12/24 

はじめまして。拝読いたしました。
殺人を目撃するのが人ではなくて猫に変わっただけで奇妙なのんきさというかおかしみが生まれていて、うまい構成だなと思いました。
男女にこれから訪れるであろう修羅場の気配に見向きもせず軽やかに走り去るところとか、猫らしくて好きです。

14/01/26 草愛やし美

五助様、拝読しました。

猫の恩返し、こうなるとは素晴らしい。鶴は知っていましたが、猫がこれほど律儀な動物だったとは、いやこの猫の特別な優しさによるものなのかもですが、面白いですね。ですが、殺人を見てもあくびや伸びをするわ、そのまま、昼寝をして策を練るのかと思えば、違っていた「猫は、満足げに──」最後の文に至るまで、本当に猫らしい猫です。猫ってこうなんだと感心しました。
非常に楽しめました、ありがとうございました。

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