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草愛やし美さん

時空文学コンテスト開催100回、おめでとうございます。思えば、初めて私が、こちらに投稿したのは2012年5月のこと、もう4年近く経ったのですね。時空モノガタリさまが、創作の場を与えてくださったお陰で楽しい時間を過ごすことができました。感謝の気持ちでいっぱいです。 また、拙い私の作品を読んでくださった方々に感謝しております。 やし美というのは本名です、母がつけてくれた名前、生まれた時にラジオから流れていた、島崎藤村作詞の「椰子の実」にちなんで……大好きな名前です。ツイッター:草藍やし美、https://twitter.com/cocosouai 

性別 女性
将来の夢 いっぱい食べて飲んでも痩せているっての、いいだろうなあ〜〜
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貴船 蛍岩に想いを寄せて

12/05/22 コンテスト(テーマ):第五回 時空モノガタリ文学賞【 京都 】 コメント:1件 草愛やし美 閲覧数:5160

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 本日は拙い私の掌編にお越し下さいまして感謝いたしております。語り部の草愛と申します。よろしくお願い申し上げます。ここは京の都の北に位置しておりますとある川原。皆さま耳を澄ましてみて下さいませ、せせらぎの音に混じりましてあちらより話し声が聴こえてまいったようでございます。
「おはよう」
「おはよういい天気だね」
 どこからか、話し声が響いてきております。辺りはまだ暗いというのに……
「私、朝まで待てなかったわ」
「君と一緒だよ、僕も待ちきれなかった」
 空には星がまだ輝いております。夜明けにはまだひと時の猶予があるようでございます。幼子たちは夢の続きを見ているそんな時刻だといいますのに、若い恋人二人はどうしたというのでしょう……。

「水が綺麗なのねぇ」
「京都といってもこの辺りはまだまだ自然が残されているんだなぁ」
「空気が澄んで気持ちいいね。蛍岩って想像以上に素敵なとこだったわ。連れてきてくれてありがとう」
「ネットで調べたんだけど、ここを選んで正解だったね」
「こんな気持ちになれたのはあなたのお陰よ。誘われた時は正直、京都へ行くのにどうしてこんなところなの、もっとメジャーな観光地がいいのになって思ったんだけどね。川床での夕涼み床も素晴らしかったけど夜の演出には興奮したわ」
「素晴らしい夜だったなあ。お互い興奮が覚めなくて珍しく早起きしたね」
「昨日の夜のこと私、一生忘れないと思うわ〜凄く素敵だった。夜の闇の中に浮かび上がった光景はまるで美しい絵巻のようだった」
「僕もあの光景が瞼に焼きついているよ」
「素晴らしい絵巻をありがとね」
 若者たちは談笑しながら、朝もやの中、貴船の川縁を歩いていくようでございます。彼らは昨夜の興奮が醒めやらぬため、いつもならまだ眠りをむさぼっているこんな早朝に起きてしまったようでございます。

 蛍岩は、平安時代・宮廷の女流歌人・和泉式部が、貴船神社に参詣して恋の成就を祈りに参ったそうでございます。この蛍岩周辺を舞う蛍の情景を式部は歌に詠まれました。その由緒ある場所なのでございます。蛍岩は、叡山電鉄の「貴船口」より約100M程、貴船川を上った上流に位置しております。もちろん現在でも6月下旬から初夏にかけて蛍の鑑賞ができる名所として有名なところ。貴船の蛍は水無月の下旬ごろから現われだしますが、見頃は7月7日の貴船の水まつりの頃になります。蛍岩から貴船神社にかけて蛍の乱舞を見ることが叶いますが、近年は数が減ってきているようです。

 そんな二人の明るい話声に混じって小さな声がしていることに、彼らは気づいていないようです。

「聞きとうはなかったこの言葉だけは……」
 女の声が更に響いてきます。
「おはようとは、ほんに悲しきものかな……」
「私もこの言葉だけは聞きたくはなかったものを……」
 そう答えた男は女の肩を優しく抱き寄せそっと目を閉じました。男に寄り添った女も静かに瞼を閉じたのでございます。その瞳から涙が一筋流れていきます。
「お別れでございますね」
「たとえ別れの時を経てもわれらの愛は永遠だ」
「お前さまにお逢いできました私は本当に幸せ者でございました。一夜限りではありましたが、なんと楽しい一夜であったことでしょう」
「君と出逢えたこと私も決して忘れない。愛する君の姿の何もかもを、私はこの胸に抱いて逝くよ」
「ありがとうございます――わたくしも、お前さまとの逢瀬を胸に逝きとうございます」
「運命(さだめ)とはいえ、われらの命は短すぎる。もっと君と一緒にこうしていたかったものよ……」
「わたくしもです。お前さまとずっと変わらぬ愛を誓って過ごしとうございました」
「われらの御子たちも来夏に必ず愛するものと出逢えることを祈っておこう」
「そうですね御子たちも我らのような幸せな一夜の契りかわせますように……」

 やがて朝日が山の端より登ってまいりますと、恋人たちの歩いていく散歩道に光が差し込んできました。次第に川原は明るくなり、陽光を受けました小川の中の石までもがまるで宝石の如くキラキラと輝いて見える時刻になりました。

 川原の土手の草むらには今しがた息絶えたばかりの、蛍が二匹折り重なるように倒れておりました。恋人たちは自分たちの足元に儚く逝ったものたちには目もくれず楽しそうに話しながら通り過ぎて行くようです。昨夜の饗宴を演じたものたちへの賛辞は、蛍たちの耳に届いたでしょうか? きっとこの言葉を聞いて旅だってくれたと語り部は願いたいものでございます――ありがとうと。命を懸けた蛍の舞を和泉式部は、「もの思へば沢の蛍もわが身よりあくがれ出づる魂かとぞ見る」このように歌ったのでございます。まずはこの歌にて私の掌編もお暇しとうございます。読み手の皆さま少しの暇をありがとうございました。


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このストーリーに関するコメント

15/01/29 kotonoha

耳をすまして聞いていました。
せせらぎの音が聞こえてきます。

私が貴船を訪れたのは8年ほど前になります。
懐かしさと語り部、草藍さんの物語が溶け合ってなんとも言えない気持になりました。

草藍さんが仰るように平安時代の和泉式部が貴船神社で詠んだ「もの思へば沢の蛍もわが身よりあくがれ出づる魂かとぞ見る」と有名な歌を詠んだのがこの蛍岩の辺りと言われていますね。

>「お前さまにお逢いできました私は本当に幸せ者でございました。一夜限りではありましたが、なんと楽しい一夜であったことでしょう。」
蛍が二匹折り重なるように倒れていた、この場面が忘れられません。

蛍の儚い命を思いながら読ませていただきました。
ありがとうございました。



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