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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
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トスミの幸福な日々

13/12/16 コンテスト(テーマ):第四十七回 時空モノガタリ文学賞【 再会 】 コメント:5件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1800

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 窓際に置かれたサモワールから吹き上がる湯気が、軽やかに宙に舞い上がる。
 トスミの華奢な手がコンロからサモワールを掴みとり、ドリップ式コーヒー装置に注ぎ込む様子を、椅子に座ってユタカは温かなまなざしで見守っていた。
「どうぞ」
「ありがとう」
 ノボ惑星駐在大使ユタカは、彼女からコーヒーを手渡されるこの一瞬に、いつものように至上の幸福を覚えた。
 肥沃な自然に恵まれた惑星ノボに派遣された時ユタカは、この土地にすむ人々との交流を、まず第一に考えた。
 大使館には、ノボの女性のトスミが彼の世話役として勤務していた。
 単身でやってきた彼にとってこの配慮は、なによりありがたかった。
 食事はもとより衣類の洗濯から事務の処理まで、彼女はそつなくやりこなした。
 彼は当然のことに、このトスミをとおして、ノボ人に対する知識を深められることを喜んだ。
 毎日、彼女と接触するうち彼は、彼女がいれてくれるコーヒーの味が、だんだんと自分の好みに近づいてくるのを感じた。
 特に口にだしていったわけではない。
 彼女はこちらの、ちょっとした表情のちがいを機敏にさっして、コーヒーのいれ方に工夫をこらしていったのだ。
「いかがです、けさのコーヒーは?」
「最高だ」
「嬉しいですわ」
「きみがそばにいてくれるおかげで、私はここにきていちどもホームシックにおちいったことがないよ」
 ひとに対するおもいやり、肌理細かな心配り、ユタカはトスミを通してノボ人のそんなすぐれた気質を次第に理解するようになっていった。

*  *  *
 ノボに、ヒトミウイルスの発生がはじめて報じられたのは、ちょうどそのころのことだった。
 原生林の奥地に生息するブルーモンキーに接触した樵たちから感染しはじめたこのウイルスは、たちまち猛威をふるって世界全域にひろまった。
 ウイルスにとりつかれた人間は、脳をおかされ、ほかのことはなにもしなくなりただ、ひたすら幻覚を見続けるという。
 このウイルスの顕著な特徴は、幻覚と現実の区別がつかなくなり感染者はあたかも幻覚を現実と思いこんでしまうところにあった。
 予防法はまだみつかってない。
 ユタカに帰星命令がおりたのは、検査の結果、彼にヒトミウイルス感染の陽性反応が出たからにほかならない。
「まさか、どうして私が………」
 途方にくれる彼に、トスミがきづかわしげにいった。
「いちど、あなたさまの母星に、おもどりになられたほうがいいですわ」
 母星にもどっての長期にわたる隔離状態はユタカにとって気の重い話だが、それ以外にヒトミウイルスから救われる方法は皆無だった。
「回復したら必ず、もどってくるからそれまで、トスミ、まっていてくれよ」
 トスミは、大きくうなずいた。
 ――ひと月後、ユタカはヒトミウイルスから回復し、すっかり元気をとりもどしていた。やはり医療機関の完璧な母星で療養したのが正解だった。トスミにはそれがわかっていたのだ。
 病院のベッドで何日もよこたわっていた彼だが、いまだに自分がウイルスにとりつかれたことが信じられずにいた。
 いったい私が、なんの幻覚にとらわれたというのだ。
 ノボ星での毎日をふりかえっても、そんなふしはまったくおもいつかなかった。
 あの陽性反応はまちがいだったのでは。いまではそちらの確信のほうが勝つようになっていた。
 もう一度、トスミと会いたい。
 その揺るぎのない気持ちがきっと、おれをウイルスの魔の手から救ってくれたのにちがいない。彼女もそれを望んでくれているはずだ。そのおもいはまもなく、現実のものになる………。
 彼をのせた宇宙船は、おりからの夕日に真っ赤に光り輝きながら、ノボの空港におりたった。
 空港には、彼を歓迎すべく、少なくない人々がまちかまえていた。宇宙船からでたユタカは、タラップからおりるのももどかしげに、それらの人々のなかにトスミの姿をさがした。
「トスミは、どこだ。トスミ、ぼくだよ、きみにあいに、ぼくはまたやってきたよ」
 その声が、トスミの耳の中でなんども繰り返された。彼女はベッドからなかば身をおこすと、宇宙船からタラップを伝っておりてきたユタカの、肩幅の広い体に、熱い視線をむけた。
「心から、おまちしていたましたわ。大使さま」
 ―――ひとりつぶやくトスミの様子をみまもっていた医師は、彼女の脳におよぼすヒトミウイルスの威力がまた一段とました事実を知って、額に深く縦皺をよせた。
 彼女はこうして半月のあいだ、ずっと幻覚をみつづけている。ときおりその口からもれる「ユタカ」がはたしてなにを意味するのか、もちろん医師には理解不可能だったが、彼女のその顔に宿る、いかにも幸せそうな表情をみるにつけ、ヒトミウイルスがもたらす幻覚作用に対して、いままた困惑気に溜息をもらした。
 
   

 


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このストーリーに関するコメント

13/12/17 かめかめ

ユタカがトスミの幻覚をみたと思ってしまってました。
やられた感(--;)

13/12/18 W・アーム・スープレックス

こんばんは。

それだけが命のような作品ですが、カメカメさんにそういってもらえると、なぜかとくに嬉しいです。

13/12/18 W・アーム・スープレックス

こんばんは。

それだけが命のような作品ですが、カメカメさんにそういってもらえると、なぜかとくに嬉しいです。

14/03/21 リードマン

拝読しました!
落ちでひっくり帰りましたけど、考えなおしてみれば、こちらの方がすんなり通りますね(笑)

14/03/21 W・アーム・スープレックス

リードマンさん、ひっくりかえっていただいて、ありがとうございます。
いくらひっくりかえられても、ケガがないのがオチのいいところかと思います。
コメントありがとうございました。

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