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日向夏のまちさん

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六花のもとに永遠を

13/12/15 コンテスト(テーマ):第四十五回 時空モノガタリ文学賞【 雪 】 コメント:8件 日向夏のまち 閲覧数:1420

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純白に散るは色ガラス。崩れ堕ちるは廃墟の外壁。きっと以前は、美しい。
叙情的な感想。しかし思うだけで、私は無慈悲にステンドグラスの欠片を踏みつけていた。ぱりん、と、案外呆気なく亀裂が入る。
今から死のうというのに、神への冒涜とはいい度胸だろうか。
不意に唇を歪めれば、立ち昇るのは白い息。それは睫毛を少し湿らせ、瞬き一つの間に霜となると僅かに私を彩った。氷河期の寒さは、私をも白く染め上げんとするようで。
同じく絶望の白に染め尽くされた世界。目を凝らせば、特別自由に育ったらしい背高のっぽの枯れ木の影。目的地は、目と鼻の先の様だった。
しかし、その根元にうずくまるのは何だろうか。
「……あれ、きみも、自殺志願者?」
近づいてみれば、それは人影だった。声を掛ける。
――既に凍死していなければいいのだが。
「きみもって事は、あんたもか」
幸い返事はあった。ほっと一息そうだよと笑い、枯木の下に入る。見下ろせば、片膝を抱えた男と、地面の白に混じった黄色い花弁。これは確か――金木犀。
金木犀の丘には噂があった。死をただ待たんとしたものは、“空中庭園”と呼ばれるそこに吸い寄せられるという。しかし今や噂は転じ、丘というより崖であるそこは自殺の名所としての方が名高い。世界は“こんな状況”で、人が居てもおかしくは無かった。
“庭園”と呼ぶには殺伐とし、荒れ果てた風景である。しかし氷期が猛威を振るう以前は、幻想的だったのかもしれない。
「あんたは、やり残した事とか、ねェのか」
出会い頭に不躾に。しかし何故、とは聞かなかった。それは人類が滅亡を待つだけの状況だと、男も知っているからだろう。
「あるよ、もちろん」
とても人に言えた“やり残し”では無かったが、どうせ死ぬなら笑われたって良い。
「空を、飛んでみたかったな」
空を飛ぶ鳥が羨ましかったのだ。その自由が、羨ましかったのだ。
モノクロの世界で生きるのは、ただ息苦しいだけだったから。
もう、楽になりたかったから。
「そんな事か」
一言は、粗野な口調と裏腹に真剣味を帯びていた。男が私を見上げる。落ち着きの割に、案外若い顔立ち。
男が突然立ちあがり、私の手を引いた。木の下から抜け出て、少し離れると手を離す。向き直った男は、
「こうすればいい」
言いつつ、ぞんざいに私を突き飛ばした。
悲鳴を上げる間もなく背は地に付く。粉雪を盛大に舞わせ倒れ込んだ私は、雪の冷たさに目を閉じ眉根を寄せた。
「どうだ」
――何が。問う前に、恐る恐る目を開けた。思わず、息を呑む。
昇っている。そう、錯覚する景色だった。
ずっしりと重たい曇天から降り注ぐ真白。軽やかな牡丹雪は、雪が落ちているのか私が昇っているのか解らないという摩訶不思議な空間を再現していた。頬に乗った雪の冷たさは痛いほどだったけれど、夢の様な出来事を確かに現実のものだと示していて――
そう、私はまだ、生きている。
とんだ皮肉だった。人々から自由を奪った寒さが、今私に疑似的な自由を与えてくれるのだから。
「なぁ、どうなんだよ」
不満げな声は隣から。視線を逸らして左を見れば、同じ様に寝転がり虚空を見つめる男があった。
死は間近だというのに、なんて平和ボケした声。
でもそれが、絶望の白に染められた私の心を、確かに融かし、そして救った。
 仄かに、灯る。
「……きみ、雪の結晶に似てる」
「あ?」
「いいえ。……すてきな光景ね」
だろ、と満足気な男はやはり何処か平和ボケしていて。
しかし突然悲しげに、ぽつり、と。
「俺の恋人が教えてくれたんだ。これ」
先に逝っちまったけど。
消え入りそうな、かみしめる様な、唸る様な、声だった。あぁ、

寒さは、自由以外も奪って行ったか。

そう目を伏せた私の横で。囁きは甘く、続いて。
「あんたあいつに似てんだよ」
一言。しかし酷く――愛しい。
隣の男の手を取った。拒絶は、ない。空を見上げて、どちらともなく指を絡める。分厚い手袋越しでは体温も届かなかったけれど、冷え切っていた指先は確かに熱を帯びていた。
私が、傷付いているこの人の救いになれたなら。
「――じき、夜だ」
「うん」
「このままだと、死ぬぞ」
「うん」
「いいのか」
「……うん」
貴方となら寂しくないわ。ふざけた様に言えば、微かに笑う気配。つくづくあいつに似てやがる。懐かしそうに彼は言い、握る手に力を込めた。震えを、誤魔化したのだろうか。
吸い込む空気が鼻腔の奥、寒さに鋭くきらめいた。喉の奥まで深く傷つけ、私の言葉を、奪う様に。
――ねぇ、きみは知っている? 雪の結晶って、一つとして同じ形は存在しないの。
きみみたいなのは、そういない。心の中でぽつり、呟く。
清廉の銀世界に包まれて。私は確かに熱を持った心を、きらめく虚空へ手放した。
貴方と二人、雪の結晶になりまた巡り会う事を、願って。


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このストーリーに関するコメント

13/12/15 クナリ

きれいなだけではなく、登場人物も会話するだけではなく動きもあって、命が終わる刹那の心の交流まで描かれた良作ですね。

13/12/15 光石七

拝読しました。
文章がとてもきれいで、光景も心の動きも鮮やかに浮かんで、でもただ切ないだけでもなくて……
深いという一言では表せない、何か心を鷲掴みにされるものがあります。
拙いコメントですが、素敵なお話をありがとうございました。

13/12/16 草愛やし美

日向夏さん、拝読しました。

綺麗な文章に惹きつけられました。雪というテーマには「美」を描かなくてはと思いましたが、私はその部分は難しくて描けなかったです。
でも、これは、そこを集結して描かれていて、しかも、クナリさんのコメントにあるように、その設定が素晴らしい。命の尊さを考えました。日向さんの作品の上手さに、感動し、拍手を送ります。ありがとうございました。

13/12/16 日向夏のまち

いやいやいやっ!? 分不相応にも程があるコメント欄の豪華さっ!? 最早恐れ多い!?
あ、いや、すみません。取り乱しました。
丁寧に丁寧に、返事をさせていただきます。

クナリ様へ
良作。この一言が飛び上るほど嬉しい事を、傑作ばかり生み出す貴方様はご存じでありましょうか。
皮肉に聞こえたら申し訳ありません。しかし、簡潔な一文のみで述べられた飾り気のない感想が、一番嬉しいなんて事があるものなのですね。クナリ様はべた褒めを嫌いいちゃもんをつけたがる方だというのをこの間知りましたので、それが無い今回のコメントを読み幻覚ではないかと疑ってしまいました。
最高の褒め言葉、と、受け取ってよろしいのでしょうか? やはりどこか自分の作品には納得がいっていないので、不安です。

ところでクナリ様。「金木犀」「廃屋」「ステンドグラス」「空中庭園」。この世界観に、覚えはございませんでしょうか……?
ありがとうございました!

13/12/16 日向夏のまち

光石様へ
鷲掴ませて頂きました。
浅い浅いと思っていたわたくしの掌編に、深いとのお言葉はもったいなさすぎやしませんでしょうか。きれいに整頓されたテンポの良い文章は、自分でも納得の行ってる所なのです。しかし肝心の中身がぺらっぺらなのではないかと、深いとのお言葉を頂いても疑ってやみません。
ですが、それとこれとは話が別でございますね。
今回ばかりは豪華なコメント欄にかこつけ、コメントを鵜呑みにして馬鹿みたいに喜ばせて頂きます! 安心しました。しっかり、深い物語に仕上がっていたのですね。
こんな卑屈っぽい事ばかりつらつらと書き連ねましたが、すみません。気を付けていないと上記のように取り乱して変な事を書きこんでしまいそうで。
いや、今も十分変な事を書きこんだ気も致しますが。

ありがとうございました!

13/12/16 日向夏のまち

草藍様へ
感動して頂けたんですか……!
いや、ほんとにもう、泣きそうな位嬉しいお言葉です。なんか、報われた気が致します。本当に、良かった。
文章やはり、綺麗、ですかね。そこだけは、本当にそこだけは、自信のある所なのです。主観的に見た自分の文章の、唯一のとりえなのです。
逆に、「雪」というテーマで「美」を描くのは固定観念に捕らわれた結果の様な気が致します。そう考えるとやはり、わたくしにはまだ“自分だけが書ける世界観”というものが欠落しているような、不完全のような気が、してきました。「雪」と言えば、確かに美しいイメージがつきものですから。
新しい発想です。うわ、これはちょっと、今までの自分とは違うモノを書かせてくれる発見かもしれません。草藍様、ありがとうございます!
もったいない気も致しますが、確かに励みになりました。

ありがとうございました!

14/03/21 リードマン

拝読しました!
“雪の結晶に似ている”という言葉の意味、そういう事かとニヤニヤしてしまいました

14/03/21 日向夏のまち

いらっしゃいませ、リードマン様!
ちょこっとした伏線でした。にやにやして頂けたようで、気付いて頂けたようで、幸いです。
ありがとうございました!

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