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aloneさん

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雪は知っている

13/12/12 コンテスト(テーマ):第四十五回 時空モノガタリ文学賞【 雪 】 コメント:8件 alone 閲覧数:2162

時空モノガタリからの選評

 「痛み、熱さ、寒さ、どれもまったく感じることができず、また、発汗による体温調節もすることができな」い「先天性無痛無汗症」の「ソノ」。自分の手が温かいかどうか感じることすらできない彼女の掌に落ちた一粒の雪が、手の温かさを教えるアイデアがとても良かったと思いました。
 alone さんの作品は、視覚的、物理的(触覚的だったり空間的だったり)な性質に焦点をあてたものが多いように思っているのですが(恋愛の時の作品など)、その手法が今回うまく生かされて、美しく静的な作品世界が広がっていて、魅了されました。

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ソノは思いつく限りの防寒着を身に着け、ひざ掛けの上に手袋をつけた手を乗せ、僕が押す車いすに座っていた。
「今日はやっぱり寒い?」
こちらを振り向くことなく、ソノは僕に訊ねた。僕は車いすを押す手を止めることなく、押したまま答える。
「そうだね。少し肌寒い」
「そう……」
ソノは寂しそうな音を含んだ声を漏らし、そのまま黙った。
乾燥した空気が冷たい風に揺り動かされるなか、車いすの動く音だけが響いた。空には今にも落ちてきそうな重い雲が垂れ込め、まるで手を伸ばせば掴めそうだと思えた。
僕は車いすをいつものベンチの横につけ、ベンチに腰を下ろした。
ソノと目線の高さがほぼ揃う。けれど、ソノと同じ世界を見ることはきっと出来ない。ソノの世界と僕の世界は、埋めようのない溝を挟み、遠く離れてしまっている。
ソノは生まれながらにある病を持っていた。病名は先天性無痛無汗症。痛みを感じられなければ、汗をかくこともできない。
ソノは、痛み、熱さ、寒さ、どれもまったく感じることができず、また、発汗による体温調節もすることができなかった。
普通の遊びでさえも知らぬ間にケガや骨折を負っていた。熱さや寒さの感覚がないために火傷や凍傷をいつの間にか負っていた。発汗できないために夏には暑さで高熱となり、血管収縮ができないために冬には寒さで低体温となった。
痛みのない苦しみだけが、ソノの中に積み重なっていった。
僕は、どこか遠くを見つめるソノの隣で、押し黙っていることしかできなかった。
もっといろんな世界をソノに見せてあげたかったが、ソノ自身はそうは望んでいなかった。
数少ない外出の機会だというのに、今日もソノは近所の公園に連れて行ってほしいと僕に言った。
どこか違う場所の方が良いんじゃないかと僕は返したが、ソノは公園でいいと言うだけだった。
僕はソノの希望に従い、今日もこうやってソノを公園のベンチの隣まで連れて行き、隣に静かに並んで座っているだけだった。
僕には何も出来ないのだろうか。ソノのために、僕にできることは何もないのだろうか……。
空気からは水分だけではなく音すらも抜けてしまったかのように、辺りは静まり返っていた。まるでその静寂を維持する義務でもあるかのように、僕もソノも何も音を発しなかった。
けれど、そこでソノが静寂をぷつりと切った。
「ユーゴの手は、きっと温かいんだろうね」
温かな空気に包まれた、穏やかな口調でソノは言った。
僕は視線を落として、自らの手を見つめた。医者になるための勉強のおかげで大きなペンだこが中指にあるが、それを除けばごく普通の手だと思えた。特に変わったところは見受けられない。
「そんなことはないと思う。たぶん普通だよ」
僕は視線を上げて、ソノの横顔を見た。ソノはまるで一言発するたびに充電が必要というように、口をまだ閉じたままだった。
ソノの視線が下ろされ、ソノはひざ掛けの上に乗っている自らの手を見つめた。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「私の手は、温かいのかな……」
ソノの瞳に寂しげな色が混ざり込むのを見て、僕は咄嗟に言葉を返した。
「手を出して」
僕は手をソノの前に差しだし、ソノも手を出すように促す。
ソノは不思議そうに僕の手を見つめてから、自らの手を手袋の中から出した。
出されたソノの手には、小さい頃の火傷のあとが未だに残っていた。その他にも、さまざまな傷痕が残っている。今までに一体、どれほどの痛みのない苦しみを負ってきたのかは、僕には想像だにできなかった。
僕は手を伸ばし、ソノの手を包み込んだ。穏やかな温かさが手の中にじんわりと広がった。
「とても、温かいよ」
僕は微笑みとともに、ソノに言葉を送った。
けれど僕は、寒さで冷えた手であまりソノの手を冷やしてはいけないと思い、しばらくしてソノの手から自らの手を退いた。
ソノは自身の手に宿る温もりを探すように、じっと手を見つめていた。
そのとき、ソノの横顔の前をふわふわと白い粒が落ちていくのが見えた。
僕は顔を上げ、空を見上げる。すると、ゆらゆらと揺れながら無数の白い粒が降り落ちてくるのが分かった。
「雪だ」僕は自然と声を漏らした。
ソノは手から視線を外し、僕と同じように空を見上げた。空から雪が舞い降りる姿が、ソノの瞳に映る。
無数に降り落ちる雪。その中の一粒にソノは手を伸ばした。
危なっかしくゆらゆらと揺れる一粒の雪。どっちに行こうかと迷いながらも、最後にはソノの掌の上に舞い落ちた。
ソノの掌のうえで、じんわりと雪が融けていき、遂には一滴の水となる。
その様をソノとともに僕は見届けてから、ソノに言葉をかけた。
「ほら、雪も言ってるよ」
ソノがこちらを向いた。ソノの瞳に、僕の姿が映った。
「ソノの手は、温かいってさ」


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このストーリーに関するコメント

13/12/12 alone

本文において扱っている病気についてはある程度調べたうえで扱っていますが、100%正しいと言う保証はありません。
もし重大な誤りがあり、皆さまの誤解招いてしまった場合は、誠に申し訳ございません。
加えて、扱っている雪のモチーフが誰かの作品と被ってしまっていた場合は、遅出しのくせに被ってしまい申し訳ございません。

13/12/13 クナリ

全体を貫く優しさと悲しさ、たまらないですね。
雪を体温を表す要素とする、その発想もいい…。
難病を作中に登場させるのは難しく、勇気もいることですが、この作品はほんの一時の時間を切り取ることで、そして登場人物が日本人ではないことで、とても幻想的に仕上がっていますね。
aloneさんの良い面がとてもストレートに出ている作品だと思います。

13/12/13 alone

>クナリさんへ
お読み頂きありがとうございます。
基本的にアイディアありきで書いているので(大半は滑ってしまっていますが)、発想を褒めて頂き嬉しい限りです。
難病については仰るように安易に手を出しづらいものですよね。実際に苦しんでいる人たちがいるのに、テキトウに扱ってしまうと失礼になると思い、この作品でも自分に出来る範囲で調べてから使わせていただきました。
あ、登場人物については少々誤解を生んでしまったかもしれません。名前は思いついた音の響きをカタカナで当てただけなので、どこの国の人であるかはまるで想定していません。けれど自分と同じ日本人寄りには傾いていると思いますので、そこは誤解を招いてしまったようで申し訳ありません。
最後に嬉しい言葉を添えていただきありがとうございます。
感想をありがとうございました。

13/12/14 タック

拝読しました。

雪の冷たさと体温の対比がものすごくいいですね。雪が溶ける美しい様と体温が確かめられる様子が無理なく率直に描かれていて、非常にお上手だと思いました。ありがとうございます。

13/12/15 alone

>タックさんへ
お読み頂きありがとうございます。
もともとは「雪が融ける」→(「体温がある」)→「生きている」なんて流れを考えていたんですけど、シンプルに直して「雪が融ける」→「温かい」としたのが良い方に転んだようで良かったです。
嬉しい言葉をありがとうございます。
感想をありがとうございました。

13/12/20 alone

>凪沙薫さんへ
お読み頂きありがとうございます。
それが在るということが当たり前に思っている普通の人間にとって、ソノたちのような苦しみを背負った人々の気持ちを完全に理解することはおそらく不可能なんでしょうね。
自分も想像力を駆使して痛みのない世界を想像してはみましたが、やはりそれはどこか夢物語のような感を受けるものになってしまいました。
けれど、当たり前が当たり前のものではないと知っている人々にとっては、「雪が掌で融ける」という普通の人なら気にも留めないようなことが、どこか非日常的な神秘性を持ったものに映るのではないかと思い、このような作品に仕上げてみました。
拙筆ではありますが、そのようなものが少しでも描けていたようで良かったです。
想像力に関する嬉しい言葉をありがとうございます。
感想をありがとうございました。

14/03/21 リードマン

拝読しました!
愛しい相手を理解してあげる事が出来ないもどかしさ、解る気がしまうす。ラストの“僕”の台詞に感動しました。

14/03/22 alone

>リードマンさんへ
お読み頂きありがとうございます。
他人の苦しみを完璧に理解することはできないと僕は個人的にやはり思ってしまうのですが、その苦しみを抱いている相手が愛する人だとすると、別の苦しみを負うことになってしまうのでしょうね。
最後の『僕』の台詞は世間的に見れば「幸せ」にも満たない日常的出来事かもしれませんが、それが大きな幸せをもたらす契機になれているようで良かったです。
感想をありがとうございました。

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