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クナリさん

小説が出版されました。 『黒手毬珈琲館に灯はともる 〜優しい雨と、オレンジ・カプチーノ〜』 マイナビ出版ファン文庫より発売中です(表紙:六七質 様)。 http://www.amazon.co.jp/dp/4839958211 twitterアカウント:@sawanokurakunar

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将来の夢 絵本作家
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その旅の供は、猫と青空

13/12/09 コンテスト(テーマ):第一回OC 【 猫とアオゾラ 】  コメント:17件 クナリ 閲覧数:2066

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幼い頃に、岩がむき出しのこの地下室に僕が閉じ込められてから、もう何年経つのかも解らない。数歩で横切れてしまう狭く歪な空間が、今の僕の世界の全てだった。
木板を敷いただけのベッドで寝起きし、傍らの溝を流れる水が生活用水。溝は上流に開いた穴から下流に開いた穴へと続いているが、穴は僕の頭くらいの大きさしかないので、ここから脱出はできない。
日に一度、天井の窓のような蓋が開いて粗麦パンが吊り降ろされてくる。天井までは僕の身長の三倍程の高さがあり、脱出は到底不可能だった。
蓋が開いた時は常に向こう側が真っ暗で、食事の上げ下げをしている人の顔も見えない。
ある日、僕は相手に尋ねた。
「君、奴隷かい? 名前は?」
「……サリです。あなたの許婚でした」

サリは、僕の質問に可能な限り答えてくれた。
僕は今十四歳。サリも同じ。二人は産まれてすぐに許婚と定められたが、宰相である父の正妻だった僕の母が、やがて妾にその座を奪われた。僕は命だけは助けられ、幽閉された。
許婚は解消されたが、サリの一家は我が家と昵懇で、父の屋敷に住んでいるという。
彼女は以前から、時折蝋燭と本を差し入れてくれた。僕はそのお陰で読み書きを学び、多様な知識を得た。
常に僕を慮ってくれる彼女が有難く、そして愛おしかった。

初めて言葉を交わしてから一年程経った頃、僕は、地下からの脱出を決意した。サリの前に立ちたいという欲求も、大きな理由だった。
「手伝ってはもらえない?」
「でも、危険です」
確かに、僕だけでなく彼女にも累が及ぶだろう。慎重になる必要がある。
翌日、食事の時、天井の窓から小さな影が降りてきた。蝋燭が照らしたそれは、黒い猫。
「君の?」
「はい」
猫は、小さな布袋を咥えていた。
「それ、きっと粘土です。奴隷の玩具で」
その時、僕らは同時に息を呑んだ。

その日から、猫は僕の食事の際に、粘土の小袋を置いては、パン籠とともに地上へ戻るようになった。サリが粘土を調達しているのではなく、猫が勝手にどこかへ運んでいるのだとしか見えないように。
ある程度粘土が溜まったら、それを踏み台にして脱出できないかと考えていたが、そんなに大量に集めるのには相当の日にちが必要だった。
しかしある日、サリが言った。
「奴隷達に怪しまれだしています。もう、お届けするのが難しいかと……」
粘土はようやく、僕の頭程度の大きさが溜まったところだった。

しかし数日後、僕は地上へ這い上がるのに成功した。
あの窓は粗末な小屋の床に作られていた。小屋の壁には明り取りも無く、道理で、いつも真っ暗だったはずだ。
扉を開けると、夜空に瞬く星の下、大きな屋敷があった。
中へ忍び込んでこそこそと歩き回っていたら、廊下を若い女奴隷が通りかかった。
後ろから羽交い絞めにして、
「危害は加えない。サリの部屋は?」
と訊くと、奴隷は震えながらも一方を指差しかけ、けれどその手を下ろした。
「どうした、それじゃ分からない」
その時、僕らの足元に、見覚えのある猫がじゃれ付いてきた。
「なぜ、声を出さない」
女奴隷は無言で泣いている。
「……僕が会いたいのは、意志も無く決められた元許婚じゃない。僕を助けてくれた、優しくて勇敢な女性だ」
女奴隷は、聞き覚えのある声で、
「すみません、私、つまらない見栄で……、サリ様だなんて嘘を……」
と吐露した。

「名前は?」
「マノです」
「僕と、ここを出ないか」
マノは涙目を見開いた。
「そんなこと」
僕は腰に下げたいくつかの布袋を見せ、
「当座必要なものは拝借した。食料、着替え、ナイフ、路銀等々」
マノはぽかりと口を開ける。
「僕はこの家の人間だ、泥棒じゃない」
彼女は表情を弛緩させ、「もう」と苦笑した。
「じき、夜明けだ。何年ぶりの青空だろう。馬も欲しいな。君と行きたいんだ、今日が僕の本当の誕生日だから」
マノが、こくりとうなずいた。

屋敷の塀を越えて外へ出た。街道が、白み始めた道の向こうへ続いている。
あの猫も塀を飛び越え、マノに寄り添った。大事な恩人だ、ぜひ着いて来てもらおう。
「マノはなぜ、僕に親切にしてくれたの」
「幼い頃、私の髪を褒めて頂いたことがあるんです。奴隷の髪を。凄く驚きました。たかがそんなことなんですよ、変でしょう」
「いいや。僕らが正しいんだ。だから、これから全てがうまくいく」
「ところで、どうやってあの地下室から出られたんです」
「粘土を固めて服で巻き、排水口に詰めたんだ。溢れた水に寝床の板を浮かせた。何日かしたら穴の近くまで上昇できたから、よじ登った」
「暗いから気付きませんでした。よく……」
「これから、もっと色んなことが起こるよ」
そう言って片目を瞑り、二人で笑った。
二人というのがいい。何でもできて、全てが楽しくなるだろう。
その旅の供は、猫と青空。


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このストーリーに関するコメント

13/12/10 クナリ

さすらいのコヨーテさん>
そうですね、テーマ難しかったですね。
コヨーテさんもお疲れ様でした。
地味なトリックでしたが、評価していただけてうれしいです。
頭のつくりは残念ながら普通以下です。
通りすがりの人に「2×0×3=?」といきなり訊かれたら「6!」と答えてしまうかもしれません!

猫春雨さん>
実は自分には結構珍しいことなのですが、なにやらさわやかい感じで終わる話になりました(^^;)。
いくつかの仕掛けを、楽しんでいただけたら幸いです。
この主人公は、こまっしゃくれた成功者になれるといいんですけどね。

13/12/10 猫兵器

クナリ様、拝読致しました。

2,000字とは思えない密度の、良い作品でした。
すでに他の方のご指摘にあるとおり、お話のキモになる仕掛けが大変に鮮やか。
広がりのある未来を感じさせるラストは明るく、また、印象的なタイトルでもある最後の一文が秀逸でした。

13/12/12 クナリ


猫兵器さん>
オーナーコンテスト、参加させていただきました!
複雑なトリックだと説明だけで字数を使い果たしてしまうので、このような簡易なものを盛り込んでみましたが、それが功を奏しましたでしょうか。
それだけだとつまらないのでちょこちょこ変化を付けるようにして構成しましたので、密度を褒めていただけてうれしいです。
かつてないタイプのテーマ出題となりました今回のコンテストの、一助となれていれば光栄であります!

OHIME画伯>
粘土はこう使うのでありました!
果たして正確には何日で脱出が果たされたのか、用水路の水量や地下室の広さをあいまいにしておくのが今回のトリックの肝です(おい)。
できれば、馬に二人乗りして猫を馬の頭なんかに乗せつつ青空の下を疾走していく、みたいなさわやかい感じで終わりたかったんですが、「地下室から出たばかりのぼくちゃんが、いきなり馬になんて乗れるものだろーか」という致命的なハードルの前に挫折し、とりあえず徒歩となりました。
追手とか来てもこの主人公、堂々と迎え撃つというよりは罠や待ち伏せで戦意喪失させて追い返す、みたくなりそうなのでぜんぜんさわやかくありませんがッ。

13/12/13 草愛やし美

クナリさん、拝読しました。

粘土、何だろう。急に出てきた物質の謎がやがて解けると同時に、感嘆の拍手をしていました。トリックが巧妙ですねえ、さすがクナリさん、素晴らしいです。タイトル通りというか、テーマ通りに終わるこのような作品が書ける技量は凄いです。
猫です、そして、青空ですよねえ、難しいテーマだと思いますが、クナリさんの手にかかったら、面白くなるのですね、楽しかったですありがとうございました。

13/12/13 クナリ

草藍さん>
もともとミステリが好きなので、こういう仕掛けのある話を考えるのは好きだったりするのです。
冒頭の生活用水の下りも、頭の大きさくらいの排水口も伏線ですよー、みたいな。
ちょっと凝った仕掛けを考えるとあっさりと破綻するので、このくらいシンプルなのが自分には向いているのでありませう!(胸を張る)
猫と青空というのは、映像としてはとてもいいのですが話がちーとも思い浮かばず、だったら青空と無縁の主人公が青空の下に出る話というのはどうか、ということで作ったお話でした。
楽しんでいただけて光栄です、ありがとうございます!

13/12/18 そらの珊瑚

クナリさん、拝読しました。

奴隷の髪を褒めるという、たぶん何気なく言った一言で主人公は人生が救われたのですね。
マノもまた奴隷という囚われた身の上の中でそれは宝物にも等しい言葉であったことでしょう。
みなさんがコメントしていらっしゃるように粘土のトリックもお見事としかいいようがありませんでした。

猫と青空、どちらも自由と晴れやかな希望を感じさせますね。
楽しい旅となりますように!

13/12/19 クナリ

ハレネコさん>
濃かったでありますか!
ありがとうございます。
2000字というのは、ワンシーンの描写に終始するには自分には少し長く、かといっていろいろ詰め込むには短いので、バランスがいつも気になります。
幽閉とか密室とか好きなので、この作品を褒めていただけてうれしいです。

そらの珊瑚さん>
今回の話が明るい感じで終わったのは、ひとえにテーマのおかげですね(^^)。
猫、とか空、だけだったら、もっとどろんとした話になっていたと思います。
密室脱出だけではつまらないと思って、二人のあらましやドラマ的な部分も入れました。
身分違いの恋って好きなんですよね。
禁断の関係、みたいなのは全般好きなので、高校とかが舞台の話を自分が考えると、すぐに教師が生徒に手を出したりするのですが。
シンプルなわりには褒められております、粘土トリック。
よしよし。

13/12/20 泡沫恋歌

クナリ様、拝読しました。

粘土でまんまと脱出して、サリだと思っていた奴隷マノと旅に出る。

「いいや。僕らが正しいんだ。だから、これから全てがうまくいく」

この台詞で意気揚々たる未来が待っているように思えてきます。

猫と二人に幸いあれ!

13/12/20 クナリ

泡沫恋歌さん>
ありがとうございます。
奴隷と箱入り(?)息子ですから、いろいろ苦労もするのでしょうが、
二人で楽しみながら冒険していってほしいなあと。
自分の台詞回しはあまりうまいとは思いませんが、異世界が舞台のときは
吹き替えや字幕を入れる感覚で書くと楽しかったりします。
彼らの人生、これからが本番ですから、がんばってほしいものです。

14/01/04 るうね

るうねです。
『その旅の供は、猫と青空』、拝読いたしました。

ミステリー要素あり、恋愛要素あり、と盛りだくさんなお話ですね。とても楽しめました。
二人(と一匹)が青空のもとどのような冒険を繰り広げるのか、先がとても気になりますね。

14/01/05 クナリ

るうねさん>
自分はひとつの要素にフォーカスを当てるよりもいろいろ
詰め込んだほうが楽しいため、詰め込んでみましたッ。
ちゃんと娯楽作品になっていれば幸いです。
お読みいただき、ありがとうございました。

14/03/14 リードマン

拝読しました!
二人と一匹の旅の先に幸多からん事を!

14/03/14 クナリ

リードマンさん>
何かがいろいろ起きても、こしゃくな感じで切り抜けてくれることを
祈るばかりです。
ありがとうございます!

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