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草愛やし美さん

時空文学コンテスト開催100回、おめでとうございます。思えば、初めて私が、こちらに投稿したのは2012年5月のこと、もう4年近く経ったのですね。時空モノガタリさまが、創作の場を与えてくださったお陰で楽しい時間を過ごすことができました。感謝の気持ちでいっぱいです。 また、拙い私の作品を読んでくださった方々に感謝しております。 やし美というのは本名です、母がつけてくれた名前、生まれた時にラジオから流れていた、島崎藤村作詞の「椰子の実」にちなんで……大好きな名前です。ツイッター:草藍やし美、https://twitter.com/cocosouai 

性別 女性
将来の夢 いっぱい食べて飲んでも痩せているっての、いいだろうなあ〜〜
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墓雪(ぼせつ)に眠る

13/12/07 コンテスト(テーマ):第四十五回 時空モノガタリ文学賞【 雪 】 コメント:14件 草愛やし美 閲覧数:1682

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──北の墓標は墓雪 さう云ふ人がゐる 夜に渡る冥府 待ち人來たらず 雪に逝きを重ねれば 迷へる者を 白き雪は優しき眠りへと導く── 

 人の幸、不幸はどこで決まるのだろう。明晰さ、美貌、財産、それとも……。日本海を望む山寺にその墓はあった。北に位置し山道の急斜面にある墓は、冬には、深雪に閉ざされる。霜月の声を聞く頃には、すでに雪が降り出し、毎日のように深々と降り続けると、やがてそこは、世の中から置き去りにされたように息を潜めてしまう。雪に埋もれた墓標を、その人は墓雪と称した。
 ◆
 明治の時代に何不自由なく生活できる旧家に生まれた上郡定(かみごおりさだ)は、聡明で美しかった。同じ年頃の女子たちは、羨望の眼差しで見つめただろう。書、なぎなた、琴、茶や生け花など何でも熟し学業も積んだ才女であった。学問の場で知り合った友を通じ、詩作を覚えたが、詩作は下賤の仕業と家から禁止された。男女七歳にして席を同じうせずの時代、逃れられない運命の前に一人娘としての重荷は、養子という形で立ちはだかった。自由恋愛に憧れる歌を、こっそり破り捨てたのは、母を想ってのこと。旧家の身ながら、定の母は、借金の枷を着せられ嫁いできた人だった。厳しい舅姑の前に無力な母。嫁いでしまえば、我が家のものとばかり、女中代りのように扱われてきた。
 世継ぎの男児に恵まれず、娘、定だけはかろうじて儲けることができた。子なしではなくなり、何とか嫁に留まれたものの、立場は辛いものだった。その母を想い、定は素直に婿取りをした。その後、祖父母よりも先に、父が死に後を追うように母もあっけなく逝ってしまった。
 時代は大戦へ向かい、一人息子の勝は戦地への赴きを命じられた。定は、勝に「大事を持ちし君、逝き急ぐなかれ」と書いた詩をしたためたが、国賊の詩は、誰の目にも触れぬように蔵の奥に仕舞われた。その息子は、戦時中だというのに戦地から帰されてきた。脅えた表情は、定の知る息子ではなかった。傷つき壊れた感情は、悪夢しか見ていなかった。微かに母を見て微笑んでくれた気がしたのは、定の妄想だったのかもしれない。
「なんちゅう情けないことや。上郡家の恥さらししおって。お前、勝をどんな育て方したんや。勝はお前の母親とおんなじ血が流れているに違いない」 
 祖母は、孫と定に詰め寄り、浄土に行った母まで引き合いに出してなじった。定は何も言い返さなかった。この家の長は婿でも定でもなく祖母であったからだ。
 その朝、勝は、四畳半の納戸で首を括って息絶えていた。祖母が、お浄土へ行く孫に向かってまで、口汚く罵る言葉を聞きながら、定はてきぱきと密葬の支度をした。国家に脱落人間と烙印され、自ら命を断った者はこの家に相応しくないのだ。死を悲しむより、家に傷がつくことの方が大事だった。葬儀の間もその後も、定は一滴の涙も流さなかった。
 祖父母と婿をお浄土へ見送った後、定は、誰に相談することもなく、本家の墓を隣県の北の外れの山寺にさっさと移転してしまった。

 ◆

 冬が始まったばかりのその日、私は定の墓を訪れた。旅立つ前の曇天の空から雪を予測できたが、敢えて、その人に相応しい日と思い列車に乗り込んだ。降頻る雪道に足をとられながら辿り着いた大叔母の墓はすでに雪に埋もれかけていた。訪れる者全てを拒むかのように雪が降り続ける。五十回忌の遠忌だといえども分家の私には、この墓に参る義務はない。だが、彼女が詩人だったと聞き、その作を読み、矢も楯もいられなくなった。
 昨年まで本家に詩人の大叔母がいることは知らなかった。今は継ぐ人がなく絶えた本家の法事は分家である私の家に負わされていた。法事に駆り出された私は、祖母から彼女のことを聞いた。深窓の令嬢であって美貌の詩人。学びたくとも学べない不自由な時代に、彼女は国文学を学んだという。傾倒した小説家に今も有名な作家さんの名もあった。だが、誰もが幸せだと思える彼女の人生は、決して楽なものでなかった。
 親戚の誰もが本家のことを語りたがらなかったが、祖母は自分の命のあるうちにと、とつとつと私に話してくれた。一人息子が自殺したため、定の死後、本家が絶えたことも。祖母が、告知したのは、自分も逃れられなかった名家の重荷を、定に重ね合わせたからかもしれない。
 いつの間にか、あれほど降っていた雪が、雨に変わっているのに気付いた。幾ばくの時を、私は墓前に佇んでいたのだろう。絹糸より細い雨糸が静まり返った墓に降りそぼる。私にはそれが定の優しい涙のように思えた。
「定さん、ようやく泣ける刹那を持たれたのでしょうか、安らかに……。今の時代にお逢いしたかった」
 本家の蔵に眠っていた綴じられた彼女の書付を思い出し一文を口にする――北の墓標は墓雪 さう云ふ人がゐる。白雪に抱かれた墓に、優しき母性を見た気がした。


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このストーリーに関するコメント

13/12/07 草愛やし美

お断り:この作品は、草藍の創作しましたフィクションであり、実在する、人物・地名・団体とは一切関係ありません。

13/12/07 そらの珊瑚

草藍さん 拝読しました。

家というものが何より最優先される時代、もしかしたら祖母もまたそんな時代の犠牲者だったのかもしれませんね。
もし現代に定が生きていたらどういう生き方を選択したのでしょう。
ひとりでもこうして定の墓を参る人がいて彼女の人生に想いを馳せることに悲しい話のなかにも救いのようなものを感じました。

13/12/07 泡沫恋歌

草藍さん、拝読しました。

大正から、昭和初期辺り、封建時代の旧家の雰囲気を上手く醸しだしていますね。
NHKで朝の連続ドラマに出来そうな内容です。
なぜか、金子みすずを彷彿させた。彼女もそういう時代にいきた人で、夫に
詩作を禁じられて
自殺されたのでした。
与謝野晶子も反戦の歌を詠んで、そんな時代だけに夫の鉄幹に「晶子は気が狂った」のだ。
と、世間に流布されたんでした。

すごい力作だと感心させられました。

13/12/08 鮎風 遊

定、追っかけたくなりました。
こういう女性がいたのですね。

家という魔物、それに翻弄されて生きた人たち、楽しいこともあったでしょうが、辛いことの方が多かった。
それでも叫べない。
それを詩にしたのでしょうか。

13/12/08 朔良

草藍さん、こんばんは 
拝読いたしました。

あまりのリアリティに、そういうお名前の著名な詩人がいるのだと思って検索してしまいましたよ。
古い時代の家とか血の重みって、今では考えられないほどだったのでしょうね…。

物語の構成も描写も見事で、さすが草藍さんだとうならされました。
素敵な作品、ありがとうございました。

13/12/13 草愛やし美

そらの珊瑚さん、コメントをありがとうございます。

かなり古めかしい時代設定ですが、こういう女流詩人がいればと創作しました。私の創作の腕の未熟さのため、説明文のようになってしまった感が拭えません。お読み下さったこと大変嬉しいです。
彼女が現代に生きておれば、素晴らしい作家になったかもしれませんね。恵まれた時代にあり、このような時空のサイトで創作を許されている自分の幸せを想わずにはいられません。

13/12/13 草愛やし美

泡沫恋歌さん、お立ち寄りくださったこと感謝しています。

封建時代の女性は不幸でしたね。今、放送されている朝ドラも、嫁いびりが主体の話です。私達は、現代に生きることができて本当に幸せなことと思います。
金子みすずさんが自殺されたことは日本の損失だと考えています。素晴らしい作品をもっと残すことができたのにと残念ですね。身に余るお褒めの言葉に励まされました。コメントありがとうございました。

13/12/13 草愛やし美

鮎風遊さん、コメントありがとうございます。

モデルになった詩人さんはいますが、定という架空の詩人を設定して、創作しました。ですが、彼女の書いたという詩を捻り出すのに苦労しました。この詩が、もう少しましなものだったなら、作品も輝けたのではないかと思います。まだまだ、未熟な私、勉強しなくてはと強く思っています。

13/12/13 草愛やし美

OHIMEさん、いつも来てくださって嬉しいです。コメントありがとうございます。

雪というテーマを戴いた時、雪に眠る墓を想像しました。そこから、家に縛られた封建時代の作家に的を当てたものを思い付き書きました。でも、言葉遣いやキャラクターの設定など、正直、難しくて困りました。私の拙い創作技量では、歯が立たず、説明文のようになったこと否めないと自分で考えています。

そんな作品ですのに、最後までお読み下さりありがたく思っています。その上、お褒めの言葉まで賜り大変励みになりました。本当にありがとうございました。

13/12/13 草愛やし美

朔良さん、最後までお読みくださって感謝しています。

実在する詩人との最大のお褒めの言葉に頭が下がりました。嬉しくて涙が出そうです。
自分でも、これが面白いかと問われれば、今一つの作。説明だけで終わった感があり、技量のなさに勉強不足と反省しています。
温かいコメントに励まされて意欲を戴きました。ありがとうございました。

14/01/11 kotonoha

旧家のしきたりの重みは人を苦しめたのですね。
わが子の死に涙を流せない、裕福な家庭に生まれても幸せとは限らないのですね。

「君死にたまふことなかれ」与謝野晶子を彷彿とさせられました。
深い深い物語でした。

14/03/14 リードマン

拝読しました!
家を優先させ過ぎるのもどうかと思いますがその逆もたしかりですよね、難しいです

14/03/14 草愛やし美

>凪沙薫さま、コメントの返信が遅れまして申し訳ありません。

旧家というものを一度描いて見たかったのですが、縁遠いものでして、うまく表せたか不安でした。実在の……というコメント大変嬉しく思います。
コメントを励みにして創作を続けていけたらと願っています、ありがとうございました。

>kotonoha sizukiさま、コメントいただいていましたのに、気づかずにお返事遅くなり申し訳ありませんでした。
与謝野晶子は、壮絶な愛の生き様をされたと思います。あの時代にあって、反戦のお歌を残された勇気に頭が下がります。
コメント大変嬉しかったです、ありがとうございました。

>リードマンさま、コメントをありがとうございます。

お家を守るは今の時代でも、旧家や後継ぎの仕事をお持ちのお家では(お寺や、お医者様など)苦労されているのではないかと察します。平民が気楽でよいと思ったりしています。
コメント励みになります、ありがとうございました。

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