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タックさん

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ある冬の日、プラス犬

13/12/07 コンテスト(テーマ):第四十五回 時空モノガタリ文学賞【 雪 】 コメント:4件 タック 閲覧数:1529

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 ある年の冬、何でもない日常の話である。
 
 私の住む家は豪雪地帯とまではいかないがそこそこに雪の降るところであって、地面の凍結や、尻、腰の強打が頻繁に起こる、何とも不便な場所なのである。何せ、散歩すら満足にできない。滑らないように、かかとから地面に着く体勢でそろそろと歩く、逆にストレスを感じるような前進を繰り返す様相、それが、雪の降る地方の普遍的な光景であり、何とも嫌になる、田舎の一風景なのである。
 
 今から語るその日も、確か地面は固く凍っていたように思う。私は長靴を履いて、ちらちらと降る雪を頭に溜めながら、そろそろと散歩をしていたのである。その散歩には愛犬も同行していた。同行、というより、犬のストレス発散に私が駆り出された、というのが正しい。私は甲高い散歩要求の鳴き声に急き立てられるように、温まった体を引きずって、渋々と外出を強いられた訳である。
 
 外は当然ながら寒かった。玲瓏な空気に顔をしかめる人間、つまり私と違って、犬は非常に元気だった。白く小さな体を躍動させ、恐る恐る歩く人間の事など一切顧みずに行進、ずっぽずっぽと、降り積もった新雪を踏み締めるように走り回っていた。その姿には、雪中の散歩にうんざりしていた私も少しにやにや、思わず、へへ、と笑いをこぼしてしまうところであったが、一人笑いする男を想像すると何とも気味が悪かったのでそれは自重した次第である。活発な犬は首輪に付けられたリードなど構わずにはしゃぎ、それは束の間の自由を堪能しようとする感じだった。私には無い元気さ。私はリードを普段より長くし、犬を意のままに行動させてあげようと努めたのである。犬が可愛すぎた。それも一つの要因だったのかもしれない。

 だが結果的に、それがいけなかったのだ。私はあわあわと慌てふためくことになったのである。

 私は散歩の際、音楽を聞きながら歩くのが常であった。その日もそうだったのである。UKロックを聞いていた。それらは幾度聞いても素晴らしく、途中から、私は犬よりも音楽の方に意識が集中していたのだ。それが、異音をシャットアウトする原因となった。異変はすぐ傍で起きていたのである。
 
 突如、リードが強烈な力で引っ張られた。何処かでつっかえたような強硬さである。何だ、他の犬の糞でも見つけたか。そう思い、傍らにいるはずの犬に目を向けた時、私は一瞬、目の前の事象を判断する術を失った。

 犬が、眼前から忽然と姿を消していたのである。視線の先には、雪の降り固まった白い田畑の光景が広がっていただけであった。足跡だけを残し、消失した犬。真冬のミステリー。へ? と私は言った。実際に。それはとても間抜けな顔であったろうと思う。

――あな珍しや、珍稀なこともあるものだ――などとは一秒も思わなかった。私は動揺し、えとへの中間の言葉を繰り返して、辺りを情けなく見回した。数秒後、遅まきながら至った答え、私は目の前に空いている狭小な黒い穴を発見し、手に持ったリードを辿って、その穴にわたわたと近寄った。その穴を両手で広げ、中を覗いた。すると思った通り、犬はそこにいたのである。雪の下、愛護心を掻き立てられる、くーん、という声で鳴く犬。犬は、田畑の傍に設置されたアスファルトの堀に、その身を落としていたのだった。

 堀には水が溜まっていたが、幸いにして犬が溺れるような深さではなかった。私は冷静になった頭で、救出だ、と自らの身を堀の中に踊らせた、そこまでは良かった。長靴に穴が空いている、という事に気づいていれば、もっと良かった。犬の細く純白な毛だけで無く、私のやや白い靴下も冷たく濁った水に汚染され、犬はぶるぶる、私はがぽがぽと長靴をいわせながら、幾分と遠く感じられる帰路を黙々と帰ったのである。犬は、静かだった。ショックだったのだろう。毛は濡れ、頭は下がったままで、溌剌さを暗い穴に置き忘れてきたようだった。その元気のなさに、私は気持ちの悪い足を上げ、家路を懸命に急いだのである。

 帰宅した私は、外にある犬小屋に犬を繋いだ。そしてタオルで固まった犬の体毛を乾かしていた、その時である。
 
 玄関から出てきた母が私と犬を見て、怪訝そうに一言、声を発した。

「あら、なにあんた、犬シャンプーしたの? 凍えちゃうでしょ。可哀想に」

 ……あのな、と思った。いくらなんでも、真冬の外で犬を洗うなんてことはしないよ。そんなに冷酷な人間に見えるか、俺は? さすがに唖然とした。

 母はもう一度、可哀想でしょ、と添えて車の中に消えていった。私はため息を吐くしかなく、犬は、そんな母に向かって愛想良く尻尾を振っていた。せめて俺を見てくれよ、なんて感慨は酷く惨めになりそうだったので思う前に埒外へ打ち捨て、私は無言で犬の体を擦り続けた。そんな冬の、私の一つの日常である。
 


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このストーリーに関するコメント

13/12/08 rug-to.

はじめまして。拝読いたしました。
「えとへの中間の言葉を繰り返して」あたりがツボです。
しかしいやはや、無事で良かった。

13/12/09 タック

rug-to.さん、初めまして。コメントありがとうございます。私も思いました。無事で良かったと。楽しんでいただけたなら幸いです。今後ともよろしくお願いします。

14/03/14 リードマン

拝読しました!
私は散歩をする際あまりリードを長くする事はしないのですが、そうしていると、愛犬は上半身を仰け反らせ、二足歩行で進もうとするのです。これがまた可愛い。

14/03/14 タック

リードマンさん、コメントありがとうございます。

分かります。うちの犬もよく二足歩行を繰り返します。泥に塗れた足で太ももに乗られようものなら、もう、怒っていいのか愛らしいやら判別のつかない感情に襲われます。よろしければまたご一読ください。ありがとうございました。

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