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クナリさん

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性別
将来の夢 絵本作家
座右の銘 明日の自分がきっとがんばる。

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雪をわたり、蝶にのる

13/12/03 コンテスト(テーマ):第四十六回 時空モノガタリ文学賞【 夢 】 コメント:12件 クナリ 閲覧数:2571

時空モノガタリからの選評

雪によってある高さまでは上がれるけれど、熱くなるほど塔から抜け出すことが難しくなる。夢らしいもどかしさが美しく表現されていて感心しました。
きっと「私」と「少女」は同じ傷を持つもの同士なのでしょう。塔に閉じこめられた夢を見ているのは「少女」かもしれませんが、それは同時に「私」の夢でもあるように感じられました。「ごみの間に座る」行為も「私」が自身の内面を見つめることにつながっているようにも見えます。「少女」との出会いを通し、「私」も自分自身を見つめて前にすすむことができたのかも知れないと思います。
いろいろな解釈をしたくなるし、それが可能な強度もつ作品だと思いました。

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桜も盛りを過ぎた頃の休日、私は大きめのハンカチを手に、昼の山道を歩いていた。
振り返ると、先日卒業した短大が麓に小さく見える。
冬は雪の降る地域なので、春になっても肌寒い。
そこここに、山桜の花弁が散っていた。



あの日、気付くと私は、円筒状の建物の底にいた。
苔むした、石造りの塔のようだった。
塔内部の丸い空間は、私が数歩で横切れる程度の直径。窓などは無く、遥か上方に鉛色の空が丸く覗いていた。
塔と言うよりも煙突のような形状のその中は、暗く湿っている。
茫然とした私の前に、いつの間にか一人の少女が立っていた。
「誰?」
少女は答えない。
「ここ、出られないの?」
扉らしきものは見当たらない。
少女が、頭上を指差した。上方の穴から、白いものがひらひらと舞い降りるのが見えた。それはやがて勢いを増し、次々に塔の中へ降り込んで来る。
「雪?」
動揺した私は、少女を見た。
すると彼女は、空中の雪片に、右足をひょいと乗せた。次に左足を別の雪片に乗せる。それを繰り返し、梯子を上るようにして、少女はたゆたう雪の中を上昇していった。
「待って!」
一人残される恐怖に私が叫ぶと、少女は自分が乗った雪の落下に任せて、静かに降りて来た。
着地すると、少女は穏やかに微笑みながら、私に、やってみなよという仕草をした。
「できる訳ないでしょう」
そう言うと、少女は身ぶり手ぶりで何かを伝えて来た。
完全に意思疎通ができた訳ではなかったけど、概ねこう言っているようだった。
”自分はここから出られない。あなたは出られるかもしれない”
そんなばかな、と思いながら、空中の雪に右足をかける。次に別の雪に、左足。なんと、私も容易に雪を踏み台にして上っていくことが出来た。
自分の体が、ひどく軽い。
ゆっくりとした下りのエスカレータを遡るような感覚で、私は上空の穴に向かった。
頂上に近づき、もうすぐ塔から出られると思った時、急に、それ以上上がれなくなった。
駆け上がって来たせいで私の口から荒い息が漏れ、それを浴びて雪が空中で解けてしまうのだ。落ちまいと足掻くと、余計に呼吸が荒れる。
唐突に、既視感。
私が熱くなればなるほど良くないことが起きる、そんなことがあった気がする。

そうだ、ベッドの中で先生に、
「先生の子供が欲しいです」
と言ったら、
「高校生が子供を作ってどうする」
と諭されたのだ。その高校生と、何度も週末を過ごしたくせに。

私で遊んでいるだけの彼を夢中で求めているうちに、段々と私の中で、男の人と、私自身が無価値になっていった。
先生と別れてもその空虚さは回復せず、親と暮らすのも辛くなって、私は短大に入ったのをきっかけに一人暮らしを始め、そしてすぐにひきこもりになってしまった。
いつの間にか、宙に舞う雪の上で私は泣いていた。
空も泣きだし、雪が雨に変わる。
足場を失った私は、塔の底へと落下した。

どんという衝撃とともに地面に着いた時、私がいたのは、塔の中ではなく、自殺するために登って来た夜の山中だった。
頭上には木に引っかけたロープの先が揺れており、私の首にも輪にしたロープがかかっていた。首を吊った直後に、切れてしまったようだ。
一度堰き止められた血液が頭を巡り出し、ひどい頭痛に襲われる。それでも私は横たわっていた体を起こし、傍らを見ると、古びた井戸があった。
中を覗く。
苔むした石造りの、地中の塔。底は見えない。けれど、不思議な確信があった。
「この中に、あなたはいるの?」
あれは私が見た夢ではなく、あなたがこの底で、今なお見ている夢の中だったのではないか。
あなたがここへ自ら降りたのか、誰かに落とされたのかは分からない。
でも、あなたはこの中にいるのだろう。
とても寂しいだろうに、私に、笑いかけてくれた。

死ぬ気は、もう失せていた。暗い山道を降り、アパートに帰り着く。
ごみの集積所に、夜のうちに不燃ごみが出されていた。
何となく、ごみの間に座ってみる。
なぜか、ひどく気分が落ち着いた。



あの時のロープの切れ端が頭上の枝に残っているのを見ながら、私は袋状にしたハンカチ一杯に集めた山桜の花弁を、少しずつ井戸の中へ落とした。

まだあなたは、ここで夢を見ているだろうか。
雪と違って、これだったら解けて消えたりしないよ。
夢は現実に干渉できないから、夢。
けれど、あの日あなたの夢に出会わなければ、首を吊り直してでも私は死んでいた。
あの時随分壊れていた私が、あれからそれなりに出会いや別れもあって、今は随分修復されたよ。
あなたに私は、何がしてあげられるだろう。
現実の私は、あなたの夢に干渉できるだろうか。
井戸の端に、蝶がとまってる。
今上ってくれば、これに乗って、どこへでも飛んでいけるかもしれないよ。

叶うなら、その時は声を聞かせて。


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このストーリーに関するコメント

13/12/03 そらの珊瑚

クナリさん、拝読しました。

ゴミの間に座る少女、あの少女の過去のお話だったのでしょうか?
生死の境で見たであろう夢だったとは思いもよりませんでしたが、
生きていこうと思えて良かったです。
井戸の中のあなたに出会えて良かったですね。彼女もいつか救われますように。
ぎりぎりのところであっても人は救われることがある、最後の蝶がそれを表しているような気もしました。

13/12/03 草愛やし美

クナリさん、拝読しました。

夢を題材にこんなに素敵な話を描けるのはクナリさんだけでしょうね。裏切られ世をはかなんだ主人公の心の支えになった夢の少女。どこでどうして現れたのでしょう? 彼女も同じような命の選択を迫れた人なのかもしれません。もしかしたら、彼女自身を投射した幻影なのかもしれませんね。
蝶が止まりそこへと誘う主人公の気持ちがとても温かく優しい。彼女の心がいかに修復されたことを、蝶一匹で表す巧さに脱帽です。
とても深い想いになる作品でした、ありがとうございました。

13/12/04 朔良

クナリさん、おはようございます。
拝読させていただきました。

美しく幻想的な夢と、傷ついた少女の再生…。
クナリさんの優しさを感じる素敵な作品ですね。
十一月に噛み裂いた花がとても印象的な作品だったので、この作品にもとても感銘を受けました。
クナリさんのお話、いつも最後の一文に心を撃ちぬかれます。

素晴らしい作品、ありがとうございました。

13/12/07 クナリ

猫春雨さん>
子供のころ、たまーに降る雪を見て思ったんですよね。
この上をひょいひょい渡っていけたら楽しいだろうなーなんて。
雲の上を歩きたい、みたいなものですね。
それができたら桜吹雪の中も歩いて渡れるんじゃないかなーと。そんな夢想が役に立ちました。よしよし。
今回の「夢」というテーマが自分的に難しかったのは、「他人の夢ほどどうでもいいものはないから、いかに現実と関係させるかやで!」という部分だったので、そこを評価していただけてうれしいです。

そらの珊瑚さん>
そうです、『十一月に噛み裂いた花』のあの女の人のごみの間に座り込む癖が発生した時と、その後ある出会いと別れによって修復された後の話ですね。
生きていて別にやりたいこともないし寂しいからもういいやグッバイ現世!という気持ちになる人は意外と多いんじゃないかと思います。
悲憤ではなく、気力の喪失によって世を儚むというか。
誰かが見ててくれると気づけば、そこから回復が始まると思うんですよね。

草藍さん>
す、素敵ですか。なんとありがたい響き!
ほんと、井戸の中のこの子はなにがあったんでしょうね(他人事のように)。
バックストーリーを考えると陰惨なものしか浮かびませんので、控えるであります。
主人公としては、井戸の底で夢見る死者にできることなんて何もないとわかっているんですが、それでも何らかの救いをもたらしたい。
そのような思いを汲み取っていただければ、ありがたいです。

無頭ノ鶏さん>
自分、美しい話だけを書こうとするとぺらっぺらになるんですよ。
あぶらとりがみくらいぺーらっぺらなんですよ。
なのでなるべくちゃんとした構成をしようとすると、なぜか陰鬱な話にしかならないという不思議!(おい)
ごみに埋もれる女という設定、自分でも結構好きです。
ただ生ごみだとかわいそうなので、常に不燃ごみです。

13/12/07 クナリ

朔良さん>
孤独のために壊れた人間の再生、というのは自分の中のもっとも根源的なテーマかもしれません。
なので、これからどんどんワンパターンになっていくのかもしれませんが、それだけに力が入っております。
クナリはやさしくなどありません!
ふなっしーが食レポするたびに「汁物をこぼさないかなあ。中で」と思ってにやにやするだめなやつです!
話の終わり方って、ちょっと気をつけないと話全体の空気が抜けちゃう気がするんで、気をつけて書いてます。
そこへ目を留めていただいて、ありがとうございます。

OHIMEさん>
こちらこそ、いつもOHIMEさんの作品を読んで「うわあああ」なってますけどねッ。ええ。
特別の理由なく死のうとするものは、ありふれた理由で生き返れるかもしれないなあと思います。
ていうかこの、「井戸の中で死んでる少女の夢に、近くで首を吊った女の人がリンクできる」という、考えれば考えるほど荒唐無稽な話を、嘲笑もせずに、それぞれに受け止めて楽しんでくださっている皆様に感謝です(ほんとだわ…)。自分の話は本当に、皆様の「読む力」に支えられてるなあと思います。
自分はたぶん光に満ちた世界というのはかけないので、「限られた空間に差す光」のようなお話が書けたらいいのですが。
お言葉、とてもうれしいです、ありがとうございます!

14/01/03 汐月夜空

クナリさん、拝読しました。

雪を踏み台に高みへ、けれど自らの熱で雪が溶けて落ちてしまう。
とても美しい話だと思いました。描写もさることながら、余韻も。
普通ならただのバッドエンドで終わらせてしまいそうなのに、きちんと救われているところには脱帽しました。私の作品もこうありたいです。
最後の山桜の花弁を井戸に落としたところ、季節の移り変わりもあって主人公は変わっていくんだろうなと希望を持てて、感動しました。
素晴らしい作品をありがとうございました。

14/01/04 クナリ

汐月夜空さん>
雪を踏み台にして空中散歩してみたいというのは、子供のころから考えていたので、
そのような願望を話に入れてみました。
自分は、話のプロットを考えたとき、バッドエンドになるほうが多い気がするので、救われるタイプのエンディングにできたときはよかったよかったという気分になります。
そして花吹雪の花弁を踏んで空中散歩してみたいというのも願望だったり。
うまいこと話に盛り込めていれば、よかったです。
ありがとうございました!


14/03/12 リードマン

拝読しました!
フェンタジーですねぇ、まさしく、私の大好物であります。ご馳走様でした(笑)

14/03/13 クナリ

リードマンさん>
なにやら薄ら暗いといいますか、夢とか希望とか全然ないファンタジーですが、楽しんでいただけましたでしょうか。
こちらこそありがとうございました!

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