1. トップページ
  2. 庶民の夢

W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

投稿済みの作品

4

庶民の夢

13/12/02 コンテスト(テーマ):第四十六回 時空モノガタリ文学賞【 夢 】 コメント:6件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:2180

この作品を評価する

 一億円が当たった。
 これは絶対夢だ。
 これまで何回も、それこそ数えきれないぐらい宝くじを買ったが、一回だって当たったためしのない俺だった。俺なんかに当たるはずはないのだ。だからこれは夢だ。さあ、覚めるなら覚めてみろ………。
 俺は、プールに飛び込む泳者の心境で、いまにも現実の冷たい水の中に目覚めてゆく自分を見守った。
 が、その時はなかなかこなかった。
 俺は手にした宝くじにもう一度目をおとした。新聞に発表された当選ナンバーとそれを血走った眼で見比べた。何度みても、下一桁にいたるまでぴったり一致している。たしかにこれは、一億円の当選宝くじだった。
 これは絶対夢だ。これは絶対夢だ、―――俺は呪文のようにその言葉を十回繰り返した。だが、心の底では、これは現実だ、これは絶対現実だと、やっぱりそれをお経のようにくりかえしていた。
 3000円でたった十枚の連番を買ったにすぎない。それも商店街のはずれの、これまで当選くじなど一枚だって出たためしのない宝くじ販売店で買ったのだった。
 そこの店員は、頬はこけて、目は窪み、声だってしわがれた中年の貧相な女だった。当選くじが出るところの店員は、豊かな頬をした笑顔がにあう、いかにも福娘といった印象の女性が多いときく。俺が買った女なんか、テレビかなんかみていたのだろう、ほとんど横をむいたまま、いかにも邪魔くさそうに、十枚券を手渡したものだった。もらったとき俺は、これは絶対当たらないと、確信さえ抱いたほどだ。
 ―――そうだ、あの女のところに、この十枚のくじをもっていって、当たりくじを識別する装置にこれをかけさせてみよう。具体的に行動することで、これが夢でないということを、無理にも証明させてやろうとおもって俺は、さっそく家をとびだした。
 歩いて20分のところに商店街があった。途中、人が連れていた飼い犬がいきなりかけよってきて、がぶりとおれの足にかみついた。
「痛っ」
 おれはその痛みが嬉しかった。夢なら、覚めてもおかしくない。犬の飼い主が平謝りするのにも、おれは寛大な態度でゆるしてやった。
 まもなく、件の宝くじ販売店にやってきた。
 店を覗くと中には、いるいる、あの貧相な顔の女が、相も変わらず、横をむいてなにかをみていた。
「これ、調べてくれないかな」
 おれは当たりくじをまぜた十枚を、女の前にさしだした。
「はい」
 女は、そっけなくいうと、当たりくじを識別する装置にそれをかけた。ガーという音とともに、装置の窓に0の文字が並んでゆく。いつもなら、10個の0がならんで、店のものから百円玉3枚をうけとって、面白くもなさそうにかえっていく俺だった。
「ひー!」
 女が、ひきつけをおこしたような声をあげた。識別機の窓には、100000000の数字が、確かに並んでいる。
「おめでとうございます。一等一億円が当たりました」
 おれはそれをきくと、念のため、たずねた。
「これ、夢じゃないだろうね」
「夢なんかじゃありませんよ。あなたは確かに一億円を当てられたのです」
「僕には、信じられないんだけど」
「一等当選者は、必ず、そういわれます」
「すまない、一回、僕の頭をごつんとやってくれないか」
「これでいいですか?」
 と女は、小型のハンマーを手にして、本当にごつんとやった。

☆  ☆  ☆

 とたんに彼は、目を覚ました。
「お目覚めですか」
 花村良子が上から彼の顔を覗きこむようにいった。その顔が、夢にでてきた宝くじ店の女にそっくりなのに彼は気がついた。
「溜息なんかつかれて、どうなされたのです」
「一億円の宝くじが当たった夢をみたんだ」
「まあ、おほほほ」
「なにがおかしいんだ。夢の中で一億円が当たって、おれは躍り上っていたよ」
「―――さあ、ご主人さま、朝食がさめますわ。食卓にどうぞ」
 40年も勤めているメイドにうながされては、彼もいつまでもベッドにいるわけにもいかなかった。
 メイドの花村は、彼がいつものように時間をかけて朝食をすませるのを、辛抱づよく待っていた。
「きょうのスケジュールを教えてくれ」
 爪楊枝で歯をほじくりながら、彼はたずねた。
「昨日自家用ジェットで来日したジョナサン・オットーとの会食が予定されております」
「オットーか。若いこれおれが面倒みてやったやつだ。いまじゃ世界の資産家10人の一人だものな」
 いつもの癖で、使用した何本もの楊枝を皿のふちにならべると、あとはなにもいわずに彼は洗面所にたった。
 花村は、食器をかたづけにかかった。
「一億円の宝くじが当たった夢ねえ………資産二千億といわれる彼でも、そんな庶民の夢をみるものなのかしら」
 そんなことをぶつぶつつぶやきながら彼女は、彼が使用した純金製の爪楊枝を、いつものようにこっそりエプロンのポケットにいれた。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

13/12/03 草愛やし美

えっ! 面白すぎます。この夢というか話、あり得そうであり得ない設定。でも、そうなのかしら? 何しろ、私には縁のない生活を手にしている主人公さんですから……、どうなんだろう、こうなるのかしら。
ああ、でも、でも、金の爪楊枝っての確か、ティファニー辺りで売ってましたっけ? 違ったかしらん。最後のオチでにやついてしまった私でした。

W・アーム・スープレックスさん、大変面白く読ませていただきました。ありがとうございました。

13/12/03 W・アーム・スープレックス

草藍さん、こんにちは。コメントありがとうございます。

そうですか、金の爪楊枝は売っていましたか。私にも無縁の話なので知りませんでした。このモノガタリの中で唯一作者と重なるのは、はずれクジで300円をもらうところだけです。我々庶民が当たりクジを夢見るのはあたりまえですが、資産家が一億円を当てた夢をみたら―――という発想からこの作品ができました。いずれにしろ、縁のない話ではあります。

13/12/19 W・アーム・スープレックス

OHIMEさん、こんにちは。

大貧民はおたがいさまです。
OHIMEさんの最近の躍進ぶり、やりはるなーと感歎しております。
そのOHIMEさんから、面白いといわれると、書いてよかったと心からおもいます。
コメントありがとうございました。

14/03/12 リードマン

拝読しました!
この発想は凄いと思います。

14/03/12 W・アーム・スープレックス

リードマンさん、コメントありがとうございます。

最近よく読んでいただいているようで、感謝します。

ログイン