1. トップページ
  2. シュレーディンガーの妻

タックさん

何を書いても平凡なのが悲しい。

性別 男性
将来の夢
座右の銘 明日の自分に期待は持たない。

投稿済みの作品

1

シュレーディンガーの妻

13/11/30 コンテスト(テーマ):第四十四回 時空モノガタリ文学賞【 復讐 】 コメント:2件 タック 閲覧数:1211

この作品を評価する

「ここに連れてこられた理由、あんたには分かっているんだろう?」

 生意気そうな風貌をした若い男が室内を歩き回っている。光源が電球一つのみの、薄暗い部屋。その中心にいるのは、椅子に縛り付けられた中年の男。男の手首、足首にはテープが巻かれ、薄く髭の生えた頬には青黒い痣ができている。
「……知らん。私には身に覚えもない」
「ほお、そう思うのか。だとしたらあんたは相当の悪党だ。無自覚な悪ほど、たちの悪いものもないな」
 若い男は笑みを浮かべ、落ちていた木の棒で男の肩を強く押した。暴力的な圧力に、中年の男の顔が歪む。その口からは痛みに耐え兼ねるようなうめき声が漏れた。
「俺の親父はあんたに騙され自殺し、俺たちの一家は悲惨な生活を送るはめになった。その被害者は、俺たちだけじゃない。何人もの人間があんたに恨みを持ってきたんだ。あんた、今までそれに目を向けてこなかったのか?」
「……目を向けるも何も、私は純粋に会社を経営してきただけだ。私がどれだけの金をこの国に落としてきたと思っている。私のおかげで救われた人間も大勢いるんだ」
「……ああ、そう。やっぱり何を言っても無駄か。でもそうでなくちゃ、拉致ってきた意味が無いからな」
 笑顔を固定した若い男は中年の男の側を離れ、室内に設けられた二つのドア、そのうちの鉄製のドアに近づき、拳でその表面を叩いた。
「本当は普通にあんたを殺してやろうと思っていたんだが、それじゃあつまらない、と思い返してね、少し、ゲーム性を持たせることにした。この先の部屋に面白いものがある」
 何だと思う? と若い男は優越を隠せない声色で尋ねた。中年の男は黙って首を振り、瞳に怒りを湛えたまま、若い男の挙動を見つめている。
「この先にはな、あんたの奥さんがいる。あんたの目が覚める一時間前から隣にいるよ」
 中年の男の目が驚愕に見開かれた。若い男はさらに愉悦を深くした表情で、ドアを三度ほどノックした。
「叫んでも無駄だぜ。隣は防音だ。あのな、俺たちは奥さんに打開策を申し出た。もちろん、あんたの命を助けられるかもしれない、というそれだ」
「隣の部屋には特殊な装置が設置してあってね、部屋の中心にあるボタンを押すと毒ガスが噴き出る、というナチスも真っ青のお手軽装置だ。それを使って、奥さんと一つの賭けをすることにした。何、簡単だ。あんたと奥さん、どちらかが死ねば、どちらかが助かるという単純明快なショーさ。もし、奥さんがボタンを押して、死を選んだと仮定しよう。そしてこのドアを開き、死亡が確認できた時点で、夫、つまりあんたに『その時点以上』の危害は加えない、そう言ったのさ。この『その時点』というのがくせ者でね。奥さんが死んだとき、あんたが既に殺されていたら、奥さんの自決も全く無意味、ということになる。面白いだろ? リスクがないと、選択が単純になるからな」
「そしてもう一つの選択肢、奥さんがボタンを押さず、生きることを選択した場合は、奥さんの目の前で夫であるあんたを殺す。その二つの条件を、俺たちは奥さんに提示したんだ。その選択に与える時間はきっかり一時間。だから、もう結果は出ている……はずなんだがね」
 若い男の言葉は、中年の男の耳には半ば届いていなかった。血潮が鼓膜に障り、中年の男の額からは多量の汗が滴り落ちていた。
「……ふざけるな! 妻は関係ないだろう! 殺すのなら私だけを殺せばいいはずだ!」
「関係ない、ってことはないだろう。奥さん、随分金遣い荒かったそうじゃないか。汚い金を、汚く浪費した。そう言った意味では、奥さんもあんたと同罪だと思わないか? そうだろ?」
 若い男は頭を掻くと、そろそろいこうか、と中年の男に声を掛けた。中年の男は体を揺すり、戒めを外そうと奮闘していたが、効果は無く、椅子と体は接着したままだった。
「さあ、ドアを開けるぞ。換気装置は万全にしているから安心してくれ。……なあ、あんたは、どっちの結果を願うんだ?」
 若い男は体ごと厚いドアを開いた。鈍い音が鳴り、隣室の光景が緩慢に、捕縛された中年の男の視野に入り込む。その全容が明らかとなった瞬間、中年の男の口からは嗚咽が漏れ始め、若い男はその風情を黙して見つめた後、物音の無い静かなドアの内部を覗き、再び中年の男に視線を戻した。
「……結局は、俺たちもあんたと同じ道を辿っちまった。……ごめんな、奥さん。約束、守る気なかったんだ。こうしないと、今度は俺たちが危ないからな。勘弁してくれ」
 慟哭する中年の男の背後。そこに物音を立てる事なく、一人の男が姿を現していた。男の手には頑丈そうなワイヤーロープ。若い男が頷くのを見て、男は項垂れた中年の男の首筋にロープを巻き、力を込めて締め付けた。部屋を満たしていた泣き声が呻きに変わり、少々の時を経て、それは十全に途絶えた。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

14/03/12 リードマン

拝読しました!
何が理由で恨まれてしまうかなんて解らない以上、復讐者なんてものは誰の傍にでもいるのでしょうね

14/03/14 タック

リードマンさん、コメントありがとうございます。

一人ひとり思考や弱点が異なる以上、恨みをかうというのは避けられない現象なのでしょう。恨みなんてかってない、と心底言える人など、おそらくこの世には一人もありません。よろしければまたご一読ください。ありがとうございました。

ログイン