リアルコバさん

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12/05/17 コンテスト(テーマ):第五回 時空モノガタリ文学賞【 京都 】 コメント:0件 リアルコバ 閲覧数:2551

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「おいでやす ようお越しくらはりましたなぁ」
東山区祇園町北側の路地の暖簾の前で待っていた三代目女将の笑顔は、学生時代と変わりはしない。
「やぁ この度は・・・」
用意したはずの弔問様の挨拶が出てこない。
「おおきに 来てくれはっただけで嬉しいおす」

案内された母屋の仏間には、寺と見紛う程の仏壇が香の香りに燻されている。
「呆気ないもんどすなぁ あない元気やったのに」
(大将 ご無沙汰しとります。すんません 力を貸してください。)
無言で手を合わせ、只々頭を垂れていた。

『駄目や、やり直し』
出汁用の削り鰹でさえ一切妥協しなかった大将の店は、一見さんお断り、前日までの完全予約制。現代の効率的経営とはかけ離れて尚、その伝統に拘り続けた。
『彩子と一緒んなる言いはるなら学校なんか辞めて此所で働いてもらわんと』

優しい目を閉じて静かに言った。
両親の反対を無視して飛び込んだ板場は、東京の会社員の家庭で育った私には理解不能の非効率な戦場であった。

「如何どすか会社は」
「まぁまぁかな」
「よろしおすなぁ うちとこなんて閑古鳥が毎日なきよりますわ」
選び抜かれた緑茶を丁寧にいれると、茶の香りが線香の香りを抑える。
「申し訳ない、半年も遅れてしもて」
香りに刺激されたのか語尾が自然に京へ戻った。
「奥さまはお元気どすか」
「とうに別れたよ」
「あらそれは あんさんも気性の激しいお方やからなぁ」
その気性のせいでこの彩子と一緒になる事が出来なかった事を、最近になって悔やむことが多いのは人生を半世紀過ごした経験なのか夢想なのか。

『大将このままではお店潰れますよって大衆化しましょうよ』
『お前の代になったら好きにしたらよろし』
彩子と婚約した頃、店は最悪の経営状態だった。
『今なら資本参加してくれる会社に・・・』
『阿保抜かせ 誰が人様の手を・・・』
彩子を連れて逃げようとしたが、彩子は首を横に振った。

「祐介が一人前になっててくれてほんに助かりました」
佑介。無給でも良いから修業したいと店に残った若者。彼が極めたであろう道は俺には想像できない道だ。
上着の内ポケットに入れた携帯が震えた。それを悟らせぬように会話を繋いでいるが、その振動は身体を電流のように駆け抜け、留守電に切り替わる。
「晃とかはまだこの辺に住んでるのかな」
「へぇ実家の工務店を継いではりますよって、たまに竣工祝いとかでうちとこ使うてくらはります」
緩やかな京言葉の陰で、機関銃のように不渡りをなじる怒号を感じていた。
「そうかあいつが社長ねぇ 笑っちゃうな」
「あんたかて大社長ですやん」

フランチャイジーとなり、効率化と外国人の安い人件費を武器に言われるがまま、店は12店舗に増えていた。
2度目の携帯が震える。(急がなきゃ) 
都内で当れる処は全て借り尽くした。あとは学生時代の伝手を頼るしかない。 
そう此処にも金の為に頭を下げるつもりで来ているのが現実だ。 
「あのさ彩子・・・」

「ごめんやす、佑介です。玄関で御姿拝見しよったものですからご挨拶をと」 
彩子が頷き障子を開けた。
「ご無沙汰しております」 
調理帽を取り、両膝を揃え頭を上げた彼の精悍な顔は、信じた道を歩んだ者だけが持つ自信にあふれていた。 
「お懐かしゅう御座います これ高山はんがお好きでした鱧です。大将程じゃないですやろけど食べてみてください」
「やぁ久しぶり、貫禄の3代目やなぁ」 

ガラスにの皿に載った涼しげな白身を梅肉の紅が彩る。
「お口に合いますか自信あらしまへんけど、高山さんに食べて欲しくって急ぎ拵えて見ました。ほな私はこれで」
喋りも姿勢もあの頃の大将そのものだった。
「どうですやろか」
彩子の勧めに鱧を口に入れた。

完璧な仕事で骨切りされた身に蓄えられた脂が絶妙な食感だ。此処までやれるのに何千匹の鱧を捌いて来たのか。それでも尚驕る事なく俺に両手をつけるのか。
喉元を過ぎても清涼感の残る仕事、辛かった板場が蘇る。駄目、駄目、駄目の毎日。
ポケットの携帯は鳴り続けていた。

「どないしてん」
気が付くと泪が頬を伝っていた。
「いやあんまり美味くてな」
(駄目の向こう側には、やはり本物があるのだろうか)
ぽかんとする彩子をよそに独りごちた。

夕暮れ近い路地に、打ち水が撒かれる頃外に出た。
「晃はんのとこは」
「いやまた後で行くよ 今日は楽しかった。祐介に宜しく 最高に美味い鱧だったと」

タクシーに乗り電話を手にした。
「先生 逃げも隠れもしません。破産の手続きお願いします」
開けた窓から豊かな初夏を伝える鴨川の風。俺は出直しを決意した。


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