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鮎風 遊さん

この世で最も面白い物語を見つけ出したい。 そのために、ひとり脳内で化学反応を起こし、投稿させてもらってます。 テーマに沿った個別物語の他に、いくつかのシリーズものをコツコツと書き続けさせてもらってます。 その主なシリーズものを紹介させてもらいます。  ☆❤☆❤☆ 新シリーズ 『ツイスミ不動産』 __ 2017.07.16よりスタートさせてもらいました。 カサリンとクワガタ野郎があなたが求める終の棲家を紹介いたします。  ☆❤☆❤☆ 『刑事 : 百目鬼 学(どうめき がく)』 __ 2017.05.21 ただ今、27話 __ 1話完結の2000文字推理小説です。この少ない文字数の中で、百目鬼刑事と部下の芹凛(せりりん)がいかに事件を解決していくか、その醍醐味を味わって頂ければ、光栄です。 これからも引き続き難しい事件に挑戦して参りますので、よろしくお願いします。  ☆❤☆❤☆ 『漢字一文字の旅』 __2017.04.04 ただ今、連載41__ 漢字にまつわるエッセイです。  ☆❤☆❤☆  『歴詩』 __歴史上の人物になりかわって、その波瀾万丈の生き様の思いを詩に綴らせてもらってます。 本作品については、フォト音(on)小説という形で、you tubeにもUPさせてもらってます。 詳細はこちらHPです。  ☆❤☆❤☆  http://ayukazeyuu.net/index.html  ☆❤☆❤☆                         よろしくお願いします。              

性別 男性
将来の夢 この世で最も面白い物語を見つけ出したい。
座右の銘 Do what you enjoy, enjoy what you do.

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雪の宿命を乗せて

13/11/27 コンテスト(テーマ):第二十二回 【 自由投稿スペース 】 コメント:6件 鮎風 遊 閲覧数:1389

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 雪国の小さな田舎町、そこには一本の鉄道が通っている。
 それは南からやってきて、北の雪山へと延びていく。そんな雪国の小さな町に、今年も初雪が降り出した。雪混じりの木枯らしが吹き、外は寒い。それでも悠馬(ゆうま)は、幼い妹、美雪(みゆき)の手を引いて、町外れの鉄橋までやってきた。

「お兄ちゃん、列車がやってくるの?」
「うん、もう直ぐくるよ」
「それに、お母さんが乗ってるの?」
 美雪は小さな手で、悠馬の手をしっかり握り締めている。しかし、冷たい。
 悠馬は美雪の指先を手の平で包み込み、ふーふーと息をかけて暖めてやる。
「お母さんが、きっと何か良いプレゼントを、美雪に放ってくれるよ」
 悠馬は、今にも泣き出しそうな妹にそう言って宥(なだ)めた。

 父親が今朝悠馬に話してくれた。
「悠馬、今日、お母さんが列車に乗って通っていくから、去年のように、鉄橋を渡る時にプレゼントを投げてくれると思うよ。だから美雪を連れて行ってきなさい」
 初雪の降る中、二人は父親の言う通り、その鉄橋のそばまで出かけてきた。そして今、夕暮れ時に走ってくる列車を、川原の堤に立って待っている。雪が二人に向かってどんどん降ってくる。悠馬は、妹の小さな肩に積もった雪をぽんぽんと振り払ってやる。
「お兄ちゃん、寒いよ」
 美雪は今にも泣き出しそう。
「もうちょっとだから、辛抱するんだよ」
 悠馬はそう優しく美雪に囁き、しっかりと抱き締めてやった。
 兄と妹、二人はまだ幼い。そんな悠馬と美雪は小さな肩を寄せ合って、川原の堤に立ち、列車が走ってくるのをじっと待っている。その列車には母が乗っているはず。

 初雪が舞い、身体が凍える。しかし、悠馬と美雪は震えながら待った。そしてその甲斐があったのか、川向こうに真っ白な煙りを上げて、走りくる機関車が見え出した。
「お兄ちゃん、来たよ」
 美雪が嬉しそうに、そう叫んだ。
「美雪、ここでじっと待ってるんだよ、お兄ちゃんが拾ってくるからな」
 悠馬はそう妹に言い聞かせ、鉄橋の下の川原へと駆け出した。
 真っ黒な機関車が何両もの車両を繋いで、こちらに向かって迫ってくる。そして目の前に現れた。列車は鉄橋を、ガタンガタンと重い音をたてて渡っていく。そんな様子を、悠馬は川原から見上げるように眺めている。美雪も辺り一面真っ白に変わってしまった雪景色の中で、一人ぽつりと立って眺めている。

 先頭の機関車はもう橋を渡ってしまっただろうか。そんな時、二つの白い包みが列車の窓から投げ落とされた。それらは初雪が舞う中を、ふわりふわりと川原に落ちてきた。悠馬は駆け寄った。そして二つの包みを、大事そうに拾いあげる。 
 悠馬はこの二つの包みを小脇に抱え、美雪が待つ所へ戻ってきた。二人は早速包みを開けてみる。一つには可愛いピンクの手袋とマフラーが、綺麗にたたまれて入っていた。
「これ美雪にだよ、暖まるから、良かったね」
 悠馬はそう言って、早速美雪の冷え切った手と肩に着けてやる。そしてもう一つは、分厚い毛糸の手袋が入っていた。悠馬はそれをはめてみる。大きな隙間ができるが、暖かい。悠馬は美雪の顔を覗いてみる。しかし、妹の顔がもう一つ冴えない。
「ねえお兄ちゃん、お母さんはどこへ行ってしまったの? 美雪、逢いたいなあ」
 そう呟いて、しくしく泣き出した。悠馬は、そんな幼い妹をしっかり抱き締める。しかし、悠馬も寂しい。
「なんで?」
 そう一人呟いた。そして止めどもなく涙が溢れ出てくる。その一つ一つの涙が、冬で乾燥し切った荒れた頬を濡らしていく。
 悲しい。
 悠馬にしがみついてきている妹は、まだしくしくと泣いている。
 悠馬は止まらぬ涙を拭きながら、美雪をしっかりと抱きかかえた。そして二人は、より激しく降り出した雪の中を、涙が零れるままにして家路へと急ぐのだった。

 幼い悠馬と美雪。その二人の母は、二年前の初雪が降る頃に、北へ向かう列車に乗り消えてしまった。一体どこへ行ってしまったのだろうか。わからない。父は随分と探し回ったようだが、しかし見つからなかった。
 母のいない生活。それは幼い二人にとって、とてつもなく辛くて寂しいもの。しかし父は一生懸命、そんな寂しさに負けないように二人を可愛がってくれた。

 そして、鉄橋を走る列車から投げられた母からのプレゼント、それを拾ってから二十年の歳月が流れた。悠馬は一端(いっぱし)の青年に成長した。この町に勤めている。彼女もできて、もうすぐ結婚する予定だ。

 妹の美雪は母親譲りで、雪のように白く、すらりとした美形。どことなく哀愁を秘め、それはそれは美しい。この雪国一帯では、美人と評判の娘に育った。
 悠馬は美雪が可愛くてたまらない。自慢の妹なのだ。
 しかし二人は、片時たりとも母のことを忘れたことはなかった。一度で良いから逢いたいと思っていた。母が北への列車に乗って消えていった。そしてその二年後に、鉄橋の下でプレゼントを拾いあげた。
 それから今までの二十年間、二人は何回となく、その同じ列車に乗り捜しに行った。しかし、母は見つからなかった。
 母が消えてしまった理由、それは他に男ができたから。決してそんな浮ついたものではない。父は、多分それとはなしに知っていたのだろう。しかし、絶対にその理由を話してはくれなかった。

 あっと言う間に過ぎ去ってしまった二十年間。今年もまた、この雪国の小さな町に初雪が降り出した。そして本格的に寒い冬がやってきた。そんな雪が舞う日に、美雪が悠馬に寂しそうに話してくる。
「お兄ちゃん、私、お母さんにやっぱり逢いたいの、……、だからもう一度だけで良いから、捜しに行かせて」
 涙を滲ませながら、そう訴えてきた。悠馬はそんな美雪が愛おしい。
「わかったよ。寒いから、風邪をひかないように気を付けてね」
 そう言って、妹を送り出した。美雪は悠馬に手を振り、実に悲しそうな顔をして、北へと向かう列車に乗って行った。
 しかし美雪は、その日帰って来なかった。
 そして一週間。その後、一ヶ月、一年と。日はどんどんと過ぎ去っていったが、帰って来なかった。美雪は母のように、北へと向かう列車に乗って、消えてしまったのだ。

 月日が経つのは早い。母親が消え、そして心より愛おしかった妹、美雪が忽然と消えてしまった。それはいずれも女性として、一番華やいで、美しい年頃の出来事だった。
 悠馬は、美雪が消え、悲しみのどん底に突き落とされた。しかし、それでも時は流れていった。美雪が消えてしまってから、また二十五年という長い歳月が経ってしまった。
 その間に、父は母のことも美雪のことも何も語り残さずに他界してしまった。しかし悠馬には、妻と一人娘の家族ができた。悠馬は、その一人娘が美雪に生き写しで、生き代わりのように思えてならない。名前も美雪の雪をもらって、雪歌(ゆきか)と名付けた。
 そんな娘、雪歌はすくすくと育ち、二十歳を過ぎた。母、そして妹美雪の血を継いでいるのだろう、肌は雪のように白い。すらりとしたスタイルに、いつも長い黒髪をなびかせている。そして利発で美しい。美雪と同じく、この雪国一帯で、雪膚花貌(せっぷかぼう)の評判の娘に育った。

 そんなある日、娘の雪歌が悠馬に話してくる。
「お父さん、私、好きな人ができたの、一度会って欲しいのよ」
 悠馬は、娘がもうそんな年頃になってしまったかと驚いた。だが相手は誠実そうな好青年。辛くはあったが、嬉しかった。
「雪歌、お父さんから一つだけお願いがあるんだよ」
 悠馬はまずはそう切り出してみた。
「お願いって、なに?」
 雪歌が訝っている。悠馬は母や妹のことがあったので、娘に強く言っておきたいと思った。
「その人と、どんなことがあっても一生離れずに、添い遂げるんだよ、そう約束してくれるか?」
「はい」
 雪歌はもうその青年との生涯に覚悟を決めているのか、何の迷いもなく、はっきりと返事をしてくれた。

 北国の小さな町。今年の冬は、大雪に見舞われている。屋根に届くほどの雪が積もってしまった。身動きが取れず、心も沈んでくる。しかし春になれば、雪歌の祝言を挙げる予定になっている。久々に明るい出来事で、悠馬の心が弾む。
 そんな雪に埋もれた冬の夜に、戸を叩く者がいる。
「こんな遅くから、何かあったのかなあ?」
 悠馬は玄関の戸をそっと開けてみた。そこには歳の頃は娘の雪歌と同じ、美しい一人の女性が立っていた。悠馬は、雪歌の女友達が訪ねてきてくれたのかと思った。
 そして、「雪歌、友達だよ」と家の中へ声をかけようとした。その時、その女性は声をひそめ、囁くように声をかけてきた。
「お兄ちゃん、御無沙汰してました、妹の美雪です。御心配をおかけして申し訳ございませんでした」
「えっ!」
 悠馬は心臓が飛び出すほど驚いた。よく見ると、それは紛れもなく妹の美雪だ。しかもそれは、二十五年前に、北に向かう列車に乗って消えてしまった美雪が、その当時のままの変わらぬ姿形(すがたかたち)で。
「お兄ちゃん、いろいろと事情があってね、ここでは話せないの。だから、そこの広場まで来て」
 悠馬は何が何だかわからず、ぽかーんとしている。しかし妹の美雪は、さらに言う。
「お母さんが……、そこで待ってるから」

 二十五年前に、北へ向かう列車に乗って消えてしまった妹の美雪が、今目の前にいる。しかも歳も取らずに、昔の容姿のままで。そして美雪はさらに言った。今から数えると五十七年前に、幼い兄と妹を残し、消えてしまった母がそこの広場で待っていると。
 悠馬は混乱して、どうして良いのかわからない。しかし、ここはまずは逢ってみようと、「わかった、行くよ」と返した。
 外へと出てみると、もうすっかり雪は止んでいた。そして中天には、大きな青白い満月がある。その光は地上のこの小さなの町まで届き、積もった雪をキラキラと輝かせ、辺り一面を照らし出している。
 悠馬が広場に着くと、そのぼんやりとした明かりの中に、一人の妖艶な女性が立っていた。しかし、まだ若い。その女性も、娘と同じくらいの年頃だろうか。悠馬がその女性に近付くと、突然に。
「悠馬、今までのことは許して頂戴」
 その女性はそう言って、積もった雪の上へ泣き崩れた。
「お母さん、もう泣かないで、お兄ちゃんに、雪山の掟を話せば、きっとわかってくれるわ」
 悠馬のそばに寄り添っていた美雪が、その女性のことをお母さんと呼んだ。
 悠馬は、月明かりの下で、その女性を注意深く見てみる。そう言えば確かに……母親だ。幼い時に、その胸に飛び込んで行き、甘えた母親がそこにいる。

 母が消えてから、ここに至るまでのいろんな出来事が走馬燈のように蘇ってくる。そして、言うに言われない複雑な思いが胸を突いてくる。
「お母さん、逢いたかったよ」
 悠馬はそう一言呟いた。そして、涙が止めどもなく溢れてきて止まらない。
 五十五年前だった。あの鉄橋のそばで、幼い妹、美雪を抱え、寂し過ぎて泣いた。あの時と同じように涙が零れ落ちてくる。
「お兄ちゃん、お母さんに逢えて良かったね」
 美雪もそう言って泣いている。悠馬は、妹を気遣うようにその手を取った。そして母のそばへと歩み寄り、二人をしっかりと抱き締めた。しかし、その時、悠馬ははっと気付く。母と妹には体温がないと。

 母は五十七年前に。そして妹は二十五年前に、悠馬の前から消えて行ってしまった。しかし、この満月の冬の夜に、悠馬は当時の姿のままの二人に再会した。なぜこんな奇妙なことになってしまったのだろうか。そこには何か深い理由(わけ)がありそうだ。母は涙を拭き、「ここからの話しは、他言しないように」と念を押し、口を開いた。そして、いきなりこう告げた。
「私たちは……、雪女の血を引いているのよ」

 雪女がもし男と結婚をし、家庭を築き、普通の暮らしをすれば、その周りの人たちに不幸が起こる。だから雪女にとって、生きていける場所、それは雪山だけしかない。悠馬はそんな程度のことは知っていた。
 そして今、五十七年ぶりに再会した母が、いきなり自分たちは雪女だと言う。悠馬はそれを聞いて驚いた。
「雪女?」
「そうなの、雪女はね、雪山の神の掟に従わなければならないのよ」
 母は辛い宿命を背負ったように、悲しそうに言う。
「雪山の神の掟って、どんな掟?」
 悠馬は直ぐさま聞き返した。
「それはね、雪女の血を引く娘は、一番美しい時に、雪女にならなければならないと決められているのよ」 
「ふーん」
 悠馬にはそうとしか答えようがない。
「そして雪女になれば、その時の若さと美しさが、永遠に保たれることが約束されるのよ」
「それでなの、雪女になるために……、消えたのは?」
 悠馬は不満だった。

「私も美雪も、雪女になるために悠馬の前から消えたわ、確かに断っていれば、また違った人生になっていたかも知れないね」
 母に少し後悔があるようだ。
「それだったら、断れば良かったのじゃないの」
 悠馬は少し母を責めた。母はますます悲痛で、苦しそう。そんな母を見ていた美雪が、母を支えるように口を開く。
「お兄ちゃん、わかって頂戴、断るにはね、男の命を捧げる必要があるの」
 悠馬はこれを聞いて、およそのことが解ってきた。
「雪女の血を引く娘は、その一番美しく輝いている頃に、一つは雪女になるのか、それとももう一つは、男の命を捧げて免れるか、そのどちらかを選択することが迫られる、そういうことなのか?」 
「その通りなのよ」
 母と美雪は、悠馬が言った解釈に口を揃えて返した。
 雪女の血を引く娘は、一番美しい時に、自分の道を選ばなければならない。雪女になり永遠にその美しさを維持するか、それとも男の命を捧げて、普通の人として生きていくか。
「それでお母さんは、男の命、つまりお父さんかお兄ちゃんの命を捧げることができなかったのよ。お母さんの辛かった気持ちをわかってあげて」
 妹の美雪はそう話しをして、兄の顔を覗いてくる。そして今度は母が言う。
「悠馬、御免なさいね、美雪を雪女にしてしまったこと。美雪はね、どうしてもお父さんとあなたの命を奪うことができなかったのよ」
 ここまで聞いて、悠馬は今までのすべての謎が解けてきた。だが確かめておきたいことがある。幼い頃、初雪が降る中、美雪の手を引いて、母が列車から投げてくれるというプレゼントを鉄橋まで拾いに行った。あれほど悲しいことはなかった。あれは本当に、母がしてくれたことなのだろうか。それが母でありさえすれば、それは許せること。
「あのプレゼントは、お母さんが?」
「そうよ、お父さんは、雪女の宿命を多分知っていたのでしょうね。だから死ぬ覚悟で雪山に登ってきてね、一年に一度だけでも逢わせてやってくれと、雪山の神にお願いをしてくれたのよ」

 母と子供たちを繋ぐたった一年に一度の絆。あの列車から母はやっぱり見ていてくれたのだ。悠馬はそう思うと、また涙が止まらない。そして目の前では、娘と同じ歳くらいの母が泣いている。だが、悠馬はもう還暦も過ぎる歳になってしまった。自分たちに降りかかった宿命。それが、母と美雪にとって、どれだけ辛いものであったかが解る。
「お母さんと美雪、二人が突然行方不明になったこと、もう何も責めないよ」
 悠馬は優しく、冷えた二人の身体をしっかりと抱き寄せた。しかし、母も美雪も何かもっと悲しいのか、さらに激しく泣き始めるのだった。
 妹の美雪は、悠馬を涙目ながらも真正面に見据えてくる。そして実に苦痛を滲ませながら、ぽつりぽつりと呟く。
「お兄ちゃん、聞いて頂戴、……、雪歌ちゃんが、今……、一番美しいの」
 悠馬はこれを聞いてはっとした。そして心臓が止まりそうにもなった。
「そうか、今度は娘の雪歌の番なのか?」
 悠馬は急に腹立たしくなってきた。今までのことはもう済んでしまったこと。元へは戻らない。しかし、一人娘の雪歌だけは雪女にはなって欲しくない。普通に好きな男と一緒になって、幸せに暮らし、そして老いていって欲しい。

「悠馬、落ち着いて聞いてね、雪山の神にお願いしたのよ。雪歌のことは、父親の悠馬に決めさせてやって欲しいと」
 母が寂しそうにそう言った。 
 そして美雪も続いて、「お兄ちゃん、雪歌ちゃんを、私たちのような雪女にするのか、それとも男の命を捧げるのか、その選択を、お兄ちゃんに任せてやって下さいとね」と。
 そう告げてしまった美雪は、えんえんと泣き出した。しかし悠馬にとって、その答は簡単だった。
「心配しないで、俺も随分と歳を取ってしまったよ、だからもういいんだ。……、この命を捧げるよ」
 悠馬は迷いもなく、そう言い切った。三人の沈黙がずっと続く。冷たい北風に運ばれてきたのか、粉雪がさらさらと降り出した。もう少し時が経てば、吹雪き出すだろう。そして、母が遂に言った。
「悠馬、わかったわ、お前の決意が。もうこの辺で、悠馬が雪女の血を絶ってくれるのね、ありがとう」
「うん、そうだよ」
 悠馬は母と美雪の手をしっかり握りしめて、そう返した。
「じゃあ、満天の星の夜に、北への列車に乗って、雪山へと登って来て頂戴」
 母はそう言い残して、美雪とともに、吹雪き始めた雪の景色の中へとさっと消えていった。

 悠馬は駅前の小さな赤提灯で、雪歌の彼氏に会った。
「雪歌と、一生一緒に仲良く暮らしてやってくれ」
 悠馬はその青年に、心から頼んだ。青年は、「わかりました」とはっきりと答えてくれた。悠馬はその言葉を聞いて、北へと向かう列車に飛び乗った。多分、母も美雪も、このようにして消えていったのだろう。
 列車は町外れの鉄橋をぼーぼーと大きな警笛を鳴らし、北へとより速度を上げ始めた。そして雪深い山の中へと突進していく。その途中の高原に、小さな無人駅がある。悠馬はそこで一人降りた。そしてそこから雪原を越え、雪山へと登っていった。

 空には満天の星が輝いている。美しい。今、地上にある真っ白な世界が宇宙に吸い込まれ、一体化していくようでもある。
 悠馬は、もうその年齢では、これ以上登れない所まで辿り着いた。そして、雪の上にごろんと大の字に寝っ転がった。冬空の星が全部自分に降り注いでくる。そしてよく見ると、キラッとした輝きの微かな残像を残しながら、次から次へと星が流れてる。

 いつの間にか、母と美雪がそばに寄り添ってきてくれた。
「悠馬、よく決心してここまでやって来てくれたね。やっぱりあなたは、本当に心の優しい子だったわ」
 母がそっと手を握ってくれた。
「お兄ちゃん、ゴメンね、雪歌ちゃんをしっかり守っていくから、安心してね」
 妹の美雪が頬をすり寄せてくる。
「もう何も後悔ないよ。お母さんも美雪も、永遠にその若さと美しさのままで生きていてくれよ、その内、幾千万年かの年月が巡り、また逢えるかも知れないからな」
 悠馬はそう囁いた。
「私たちは、この雪山で、永遠に待っているからね」
 母はそう言って、悠馬に優しく微笑んだ。
 そして北の冬空に、キラリと光りを放ちながら星が一つ流れた。
 こうして悠馬は、その男の命を、雪山の神に自ら捧げたのだった。

 この雪山から望める小さな町がある。今、列車がまた一つ、その町を発車した。そして鉄橋を渡ってるのだろうか、遠くの方から微かな警笛が伝わってくる。
 それはまた、新たな男と女の雪の宿命を乗せて、北へと走り出したという合図なのかも知れない。



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このストーリーに関するコメント

13/11/27 鮎風 遊

みな様へ

今回、テーマが『雪』ですので、
自由投稿スペースに雪の物語を投稿させてもらいました。

軽く読んでいただければ、幸いです。

13/11/28 草愛やし美

鮎風遊さん、拝読しました。

読みごたえのある力作でした、テーマとしての雪のモチーフがとても綺麗ですね。どれほど美しいお母さんや妹さん、そして娘さんなのだろうと、興味持ちました。一目、会ってみたくなりました。物語の登場人物みんなが、優しいのに、幸せから遠ざかってしまわねばならない宿命が切なく悲しいですね。

自由投稿だったのですね、てっきりテーマ「雪」かと思って読み始めたのですが、この話は長文でないとその面白さや醍醐味が味わえないと思いますので、読み終わってなるほどと思いました。とても楽しめました、ありがとうございます。

13/11/30 鮎風 遊

草藍さん

コメントありがとうございます。

最初と最後のシーンが好きでして、脳にこびりついています。
ひょっとすると現実にこんなことがあるのではと思ってます。

13/12/01 泡沫恋歌

鮎風さん、拝読しました。

雪女の母、娘、孫と三代に渡る長いお話をありがとうございます。

読んでいると、美しい雪景色が頭の中にイメージされてきて
何だか、深々と冷えてきました。

美しい! これは抒情文学ですね。

13/12/02 鮎風 遊

泡沫恋歌さん

冷えてきましたか?

アルコールで暖めてください。

コメントありがとうございます。

14/03/12 リードマン

拝読しました!
某漫画のように山の神様をやっつけてしまうような事にはならなかったですね(苦笑)

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