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ポテトチップスさん

20代の頃、小説家を目指していました。 ですが実力がないと自覚し、小説家の夢を諦めました。ですが久方ぶりに、時空モノガタリ文学賞に参加させて頂きます。 ブログで小説プロットを公開してます。ブログ掲載中のプロットを、小説練習用の題材にご自由にご利用下さい。http://www.potetoykk.com

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放送法 第64条

13/11/25 コンテスト(テーマ):第二十二回 【 自由投稿スペース 】 コメント:2件 ポテトチップス 閲覧数:1281

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 放送法 第64条
 
協会の放送を受信することのできる受信設備を設置した者は、協会とその放送の受信についての契約をしなければならない。
ただし、放送の受信を目的としない受信設備又はラジオ放送(音声その他の音響を送る放送であつて、テレビジョン放送及び多重放送に該当しないものをいう。第百二十六条第一項において同じ。)若しくは多重放送に限り受信することのできる受信設備のみを設置した者については、この限りでない。




「いいかお前ら、絶対に今日中に各人、新規を5件上げろよ。達成できない奴は社に帰ってくるな。分かったな!」
鳴子営業部長の叱責がようやく終わったと思ったのに、俺と田中靖男だけが会議室に残るように言われた。
他の社員はそそくさと部屋を出て行った。
朝から具合が悪いと話していた田中の唇は、紫色に変色していて俺は哀れに感じた。
「おい田中、どこか具合が悪いのか?」と、ワザとらしく気に掛けるような言葉をかけてやった鳴子部長の底意地の悪さに、俺は嫌悪感を覚えた。
「いえ、どこも具合は悪くありません」
「そうだよな。営業成績が最下位のくせに体の調子が悪かったら、成績の優秀な他の奴らに対して失礼だよな。なあ、久島もそう思うだろ?」
突然話を振られて俺は同様した。鳴子部長の目は俺に相槌を打てと言った風な、強制を強いるギラついた目を向けていた。
俺は心の中で、同期入社の田中に対してすまんと謝りながらも、口からは非情に「そうですね」と発した。
田中には悪いが、ここで鳴子部長の機嫌を損ねるようなことをしてしまったら、妻と幼い2人の娘を路頭に迷わせてしまうことになると瞬時に考えた末のことであった。
「おい久島、お前もここ最近、営業成績が低迷しているぞ。何なら辞めてくれてもいいんだぞ。代わりの人間なら募集をかければすぐに見つかるんだからな」
「いえ、死ぬ気でがんばります」
「そうだぞ。30代に死ぬ気で働かないでいつ死ぬ気で働くんだ? 俺が久島と同じ30代の頃は、何度も病院のベッドの上で点滴を受けていたぞ」
「はい。私も病院のベッドの上で点滴を受けるくらい死ぬ気で働きます」
「久島、立花町のヘールポップマンション、15世帯も住んでいるのに一軒も契約が取れてないぞ。今日中にこのマンションから2件契約を取ってこい!」
「はい、必ず契約を取ってきます」
鳴子部長に部屋を出て行ってもよいと言われ、俺はドアの方を向く直前に、自信無さげに背中が丸まっている田中の背中を2度軽く叩いてやった。
会議室を出ると罵声が廊下まで響いた。まだ半年前に結婚したばかりの田中にとって、辞めるという選択は出来ないのだろうなと自分事のように哀しく思った。
書類を入れた手提げカバンを持って社屋を出た。
12月の夕方5時は、もう夜そのものだった。空には満点の星が輝き、俺は夜気を胸いっぱいに吸い込んだ後、それをゆっくりと吐き出して駐輪場に止まっている業務用自転車に跨った。
今日は5件の新規契約を取ってくるように釘を刺されているので、自転車を運転しながら、どこの町名から始めようか考えた。そして俺は決めた。今日は立花町のヘールポップマンションから始めようと。あわよくばこのマンションだけで5件の新規契約を取ろうと俺は考えた。
ヘールポップマンションは、地上3階建ての15戸からなる賃貸マンションで、NFK受信料が一軒も取れていない珍しいマンションだった。
俺がこの地区を担当し始めたのは3週間前からで、前任者はこのヘールポップマンションから一軒も受信契約が取れていないことを、鳴子部長にガミガミ言われてノイローゼで退職していた。
自転車で30分程走り、ようやくマンションに到着した。俺はマンションの駐輪場に自転車を止め、気合を入れた後、階段で3階に上った。
305号室の前に立ち、チャイムを押した。しばらく待っても返答が無いので、再度チャイムを押したが返答は無い。ドアの覗き穴を外から覗いたたが、部屋に明かりが点いている様子は無い。きっと、仕事か遊びで出かけているのだろうと思った。
304号室前に移動し、チャイムを鳴らすが応答が無い。外付けの電気メーターがゆっくりと回転いているので外出中だと推測し諦めた。
303号室の前に立つと、明らかにドアの向こうからテレビの男が聞こえた。俺はチャイムを穏やかに押した。しかし応答は無い。居留守は無性に腹が立つので、続けて2回チャイムを押した。けれども応答は無い。
302号室に行きかけた時、302号室の住人が外に出て来た。俺はラッキーと思いながら、ゆったりとした声を心掛けて話しかけた。
「こんばんは。お出かけですか?」
大学生風の若者は小さく頷いた。
「NFKです。受信料の契約のことでお話があるのですが、ちょっとお時間よろしいですか?」
「あっ、これからバイトがあるんで……」
「すぐに終わります」
「いや、寝坊してバイトに遅れそうなんで」と言って、階段を下りて行ってしまった。
俺はイライラを抑えるため、鼻からゆっくりと息を吸って口から吐くを何度か繰り返した。
気を取り直して301号室の前に立ったが、この部屋の住人は風呂にでも入っているのか、鼻歌が玄関の外まで響いていた。ダメ元でチャイムを鳴らすが、当然応答は無かった。階段で2階に降り、205号室のチャイムを鳴らした。
「はい、誰?」気の短そうな中年の男の声が、ドアの向こうから返ってきた。
「こんばんは。NFKです」
「間に合ってます」と、言葉が返ってきた。
「いや、あのー、テレビの受信料契約のお願いなんです」
その後、チャイムを再度押してもドアが開くことはなかった。『間に合ってます』って何だよと、全然相応しくない断り文句に腹がたった。
204号室のチャイムを鳴らすと、すぐにドアが開き、中年のおばさんが出て来た。
「なんだ、篠田の奥さんだと思って出てら全然違うじゃない。あなた誰?」
俺は顔に笑みを作って
「NFKです」と言った。
住人の女性は、まるでゴキブリでも見ているかのような嫌悪感をたたえたような表情を作り「お金が無い」とだけ言って、ドアと閉めてしまった。
俺はまた鼻から息を吸い、ゆっくりと口から息を吐き出した。
203号室の前に立ち、チャイムを鳴らすとすぐにドアが開いた。
中から可愛らしい20代前半に見える女性が現れた。
「こんばんは。お忙しいところ申し訳ありません。NFKです」
「はい。何ですか?」
「はい、受信料の件でお話がありまして参りました。いま、ご自宅にはテレビはございますか?」
「はい、ありますが……」
「そうですか。NFKの受信料はご存知ですか?」
「あっ、はい。でも私、NFK観てません」
「そうですか。しかし観てなくても受信料を頂く決まりなんです」
「そうなんですか……。それって絶対ですか?」
「そうですね。はい」
「いくらですか?」
「毎月1275円です」
「高いですね……」
「口座自動引き落としにして頂ければ、50円安くなりますので、いま書類をお渡ししますね」俺はやったーと思った。これで1件、契約成立が間違いないと。
「おい早苗、誰?」奥の部屋から男の声が玄関の外にまで聞こえてきた。俺は、やばいと思った。
「NFKの人!」
「そんなの断れよ!」
「でも絶対に払わなくちゃいけないんだって」
部屋の奥から強い足音が近づいて来たと思ったら、ドアがバタン!と音をたて閉まった。
これには俺も腹がたったが、トラブルを起こして警察沙汰になるのを恐れて、荒立った気を静めた。
202号室と201号室は共に留守だった。
階段で一階に降りたちょうどその時、ポケットに入れていた携帯電話が鳴った。
同期入社の田中靖男からだった。
「もしもし久島です」
「もしもし田中だけど、いま電話大丈夫?」
「おう大丈夫。ちょうど休憩にしようと思っていたところだから。どうした?」
「うん。オレ、会社辞めることに決めたんだ」
俺は驚いて「なんで?」と大きな声で言った。
「夕方、久島が会議室を先に出て行った後、オレ、さんざん鳴子部長に悪く言われたんだ」
「そんなの気にすんなよ。あの人はああいう人なんだから」
「だけど、どうしても許せないことを言われたんだよオレ」
電話から田中の涙声が聞こえてきた。
「なんて言われたの?」
「鳴子部長はオレにこう言ったんだよ。オマエと結婚した奥さんが可哀想だって……」
「……」
田中は電話の向こうで大泣きしていた。俺は何も田中に言ってやれなかった。
田中との通話を切った後、田中が受けた心の痛みが俺の心までジワジワと痛めていった。俺も涙が出そうになった。
30代は病院のベッドの上で点滴を受けるくらい、がむしゃらに働くことが本当に必要なのだろうかと、つい2時間前の鳴子部長の言葉に考えを巡らした。
でも答えは出なかった。俺はたばこを1本吸ったあと、とりあえず今は自分の仕事を完遂させようと気分を入れかえた。
105号室のチャイムを鳴らすと、70代くらいの白髪の痩せた老人がドアを開けて現れた。
「こんばんは。NFKです」
「何でしょうか?」
「受信料の件でお伺いさせてもらいました」
「私、前にも断ったけど、あなたにだったかな?」
「担当が前任者から私に3週間前に代わりました。こちらにお伺いするのは今日が初めてです」
「前任者から引き継ぎはされていないの?」
「ええ、あのう……前任者は諸事情がありまして急きょ辞められたんです」
「ああそうですか。私は前任者の方に、NFKの受信料は払いませんと伝えていたのですがね」
「必ず払ってもらう決まりなんです」
「そんなことないですよ。払わなくてはいけない根拠はなんですか?」
「法律で決まってるんです」
「それは知ってます。放送法という法律ですよね。しかし、放送法第64条という法律は、契約の義務を規定した法律であって、支払い義務を規定した法律ではありませんよね。ということは、契約を拒否しているのだから支払う必要は無いということに解釈できませんか?」
「いや……、ならないと思います」と、俺はアタフタしてしまった。
「では、憲法第19条の『思想及び良心の自由はこれを侵してはならない』に違憲しませんか?」
俺はとっさにカバンからノートを取り出して、ページを捲った。確か老人がいま指摘したことが裁判で争われたことがあったのを思いだしたからだ。
ページを捲っているとそのページが見つかった。新聞の記事を手書きでノートに写した字が書かれていた。
「NFKの強制的な受信料徴収は、憲法第19条に違反してはいないという判決が東京高裁で、平成22年6月29日に判決されています」
「そうでですか」と老人は黙った後「年金で細々と暮らしている老人にとって、受信料の千数百円は痛い出費です。千円あれば三日分の食料が買えるんです。あなたのような若者にとっては、1日の昼飯代くらいに思うかもしれませんけど。あなたももし私と同じような老後を迎えていたならば、私の言ったことが痛いほど思い知ると思います。では、諦めて受信料を支払うことにします」
俺は心に重い何かをぶら下げたような沈んだ気持ちで、それでも契約を取ろうと書類を老人に手渡した。
老人はドアを閉める直前、俺に向かって「ご苦労様」と言ってくれた。
ドアが閉まり、俺は重い心を引きずったまま、自転車に向かった。
もう今日はいいやと思った。
新規契約を1件しか取れていないが、もう家に早く帰りたかった。
俺は会社に戻ろうと決めた。自転車に乗ってゆっくりと会社まで続く道を走った。
途中、小さな川に橋が架かっていた。俺は橋の中央で自転車を止め、降りて小川を上から眺めた。小魚でも泳いでいるのか、何かが川面を飛び跳ねる音が聞こえた。
俺はゆっくりとカバンを開き、先ほど老人に書いてもらったNFK受信料の契約書を、文字が完全に読めないくらい細かくなるまで千切り、橋の上からそれを小川に散らした。
そして、ポケットから携帯電話を取り出し、田中靖男の番号に電話をかけた。
何コール目かのコール音の後、録音電話サービスに繋がった。
「もしもし久島だけど、明日から俺も職探しすることに決めました。俺には、病院のベッドの上で点滴を受けてまで、がむしゃらに働くことはできそうにありません。お互い、就職が決まったら2人だけで旨い酒でも飲みに行こうぜ。それでは電話を切ります」

終わり


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このストーリーに関するコメント

13/11/25 草愛やし美

涙が出そうです、ポテトチップスさん、拝読しました。

営業は、言葉で言い尽くせない辛い思いをしている人々がいると思っています。仕事はどんなものでも、大変だと思いますが……、営業特に、受信料の獲得は厳しいと思います。もしかして、実体験でしょうか? あまりに巧い文にそう思って読んでいました。 
私は主婦で、社会のことをあまり詳しく知りませんが、パートで就いていた集金の仕事の辛さを思い出し凄く身につまされました。田中さんも久島さんも頑張ってよいお仕事についてと、心より願います。

14/03/12 リードマン

拝読しました!
リアルな話ですねぇ、入院するまで働くのが30代っていうのは凄い台詞ですね(苦笑)

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