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タックさん

がんばる。

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土の下の雪

13/11/21 コンテスト(テーマ):第四十五回 時空モノガタリ文学賞【 雪 】 コメント:6件 タック 閲覧数:1828

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 部屋を整理していた。使い道を失った部屋だった。

 部屋から不要な道具が詰まったダンボールを運ぶ最中、縁側に江美の姿を認めた。江美は木々も凍る気温の中、縁側のガラス戸を開け放ち、外気にそぐわない軽装で縁側の外に足を投げ出していた。逡巡したが、私はダンボールを置き、背後から抑制した声色で声を掛けた。

「おい、体冷えるぞ。戸を閉めたらどうだ」

「……ああ、あなた。今ね、雪を見ていたの。ちらちら、降ってきたのよ」
 
 振り向かず、江美は背中で言葉を紡いだ。その声は透き通り、乾燥した空気に容易く溶けていきそうな儚さがあった。身に纏った薄手のカーディガンは半ば肩から落ち、防寒の役割を失っている。首筋に白く浮き上がった血管が、寒々しさをありありと表現している。

「……雪か、珍しいな。この辺はめったに降らないんだけどな」           

 同期する、寒々しい庭と江美の姿。上着を脱ぎながら江美の傍に近寄り、そっと肩に掛けた。江美は抵抗も反応もする事なく黙して外を見やり、その視線の先にある灰色の空からは、心細い雪がふらふらと舞い落ちていた。

「この雪、積もるかしら。せっかく降ったんだから、残るといいわねえ」
 
 色の無い空と同じように、江美の声からは感情が失われている。意味だけを付与したその言葉。――積もらないだろう。そんな返答が浮かんだが、振り向いた先の淡い横顔にそれはかき消され、私はただ黙って庭を見るだけに止まった。江美は体を固定し佇み、その間も、空から落ちる雪は庭の風景に小さく重なっていく。江美が小さなくしゃみをした。私の体も、震えるほどに冷たくなっていた。

「……なあ、そろそろいいだろう。本当に風邪引くぞ」
 
 板敷きの廊下は寒気によって冷やされ、裸の足を否応ともなく固まりにしている。――ただでさえ、お前は。そう続けようか迷った私を遮るように、江美が童子のような目で地面の一点を見つめ、口を開いた。

「あら、あの雪、頑張るわね。ほら、まだ地面に残ってる」
 
 庭を指さす細く長い指。その先に、宙をちらつく雪の群れよりは幾分か大きな雪の一粒があった。硬化した茶色い地面に身を任せるように、ぽつんと、寂しく置かれていた。――すぐに、消えるだろう。そう感じたが、私は残るかもな、と思ってもいない台詞を白々しく口にし、わざと錯覚させた目線で、雪の行く末を見守り続けた。

「ほら、仲間も降りてくる。残れるわ。頑張れ、頑張れ」
 
 真横で表情を無くしながら、江美は小さく口を動かす。指差し続ける左手。もう一方の、右手。私は、その右手の動作に気づいている。――あの病院から、始まった行為。私は、目を逸らす。それが通例であるかのように視線を合わせず、ただ、拳を固めながら無個性な地面を目で捕らえ続ける。――まるで、放置すれば全てが解決すると思っているかのようだ。そんな声に私は耳を塞ぎ、唇を噛みながら受け流す。私の頭には、幸福に顔を綻ばせた江美が残っている。それが、躊躇を生む。目を曇らせる。
 
 頑張れ。そう呟く江美の右手は、自らの腹をさすっていた。幾度も幾度も、愛おしそうに腹部を撫でていた。私は直視できず、ただ、江美に同調する振りをして頑張れ、と同じ抑揚で呟いた。何の意味も無かった。何の、効果もあるはずが無かった。

「……ああ、消えた。やっぱり、残れないのね。せっかく、降ったのに、悲しいわねえ」
 
 江美はさして残念にも感じていない口調で、そう囁いた。――明るく、快活だった江美。もし、江美がここで涙の一筋でも流せば、まだ救いはあるかもしれない。江美の頬を見てそう思ったが、江美の表層からは意志、それに似た類いの思考は感じられず、私はただ江美の背後に回り、その小さく骨張った体を抱き締めただけだった。冷たく、微弱に震えるその体は、中身の入っていない入れ物のような感慨を私に与え、精神の跳ね返りも、生の温もりもあの病院に置き忘れてきたかのようで、私は嫌悪を感じながらも、以前の江美、あの朗らかな笑顔を、思い起こさずにはいられなかった。
 
 私には白く生まれ、地表に死んでいく雪に江美が何を見ているのか、分かり過ぎるほどに分かっていた。白く無気質な病院。そこで、江美から取り外された一つの機能。私は、江美の肩越しに庭を見つめながら、過去に思った、私たちのような夫婦に於ける一つの打開策を考えていた。しかし、それに何の意味があるのだろうか、と過去と同じように打ち捨てた。江美は腹を撫で続け、過去に、精神を取り残している。枯れ木に重なる雪。今日だけは、消えないでほしい。鈍く温かい江美の背中に顔を押し付けながら、私は空に、去り行く雪に、そう願望を込めた。それが、叶わないことを知りながら。傲慢で、空虚な願いだと感じながら。そう、思っていた。


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このストーリーに関するコメント

13/11/23 クナリ

とてもよかったです。
いえ、いいというのも御幣がありますが。
読み終わった後、タイトルと読み直すといろいろ思いをはせてしまいますね。

13/11/24 芝原駒

拝読しました。
『首筋に白く浮き上がった血管が、』という文章にぐっと引き込まれました。私好みの文章でした。非常に重い主題を内包しながらも、縁側のガラス戸のような透き通った綺麗さを感じさせるところに作者様の力量を感じました。

惜しむらしくは、最終段落で登場人物に口をつぐんでほしくなかったです。セリフに頼ることなく文で読ませる作者様だからこそ、蛇足にもならない何か効果的なひと言を投じられたのではないかと一読者として期待して止みません。
それにしても、時空ユーザーの方は改行率が高いですね。流行なんでしょうか。

拙いコメントになってしまいましたが御容赦ください。

13/12/09 タック

クナリさん、遅くなりました。コメントありがとうございます。

よかった、と言って頂けてうれしいです。今後もお付き合いください。ありがとうございました。

13/12/09 タック

芝原駒さん、遅くなりました。コメントありがとうございます。

そうですね、読み返して私も思いました。最後にセリフを付けたほうがいい収まりがついた気がします。ありがとうございました。成長するための糧にしたいと思います。

14/03/12 リードマン

拝読しました!
ここまでレベルが高いと読み尽くす事が出来ません、残念です

14/03/14 タック

リードマンさん、コメントありがとうございます。

レベルが高い、なんて勿体ないお言葉です。これからも精進します。ありがとうございました。

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