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kouさん

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フレンチトースト

13/11/18 コンテスト(テーマ):第四十三回 時空モノガタリ文学賞【 スイーツ 】 コメント:1件 kou 閲覧数:1533

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 一本路地を抜ければ十字路がある。
 その右隅に『スイング珈琲』という親しみを讃えた店を構えて四十年の店主である水上伊之助は妻である由美子の安らかな眠りを見届けた。最後の時間軸は創業以来歩み、肉体の一部と同化している、この『スイング珈琲』の香りに囲まれながら天に昇りたい、という願望を伊之助は叶えられ満足と共に寂しさも募る。涙は枯れ果て、最後に作った『スイング珈琲』の名物であるフレンチトーストを焼き上げた。珈琲との愛称は抜群であり、このメニューのお陰で常連客は絶えなかった。それでも今日という日で見納めであり閉店を決め込んでいる。店を続ける気力もなければ体力も落ちている。息子は店を継ぐ気もない。
 伊之助が天を見上げたその時だった。階下から物音が聞こえた。
「誰だ!?」ドスの効いた声を伊之助は放ち、「嘘、まじ、やばっ!」という声が響いた。慌ただしい足音が響き渡り、すぐに声がしなくなった。伊之助は厨房やテーブル、カウンター席をくまなく探した。しかし、人影は消え、静寂が包まれた。次の日に気づいたが、名物であるフレンチトーストのレシピが盗まれていた。

「俺ら絶対やばくね?無理だと思うよ」
 自称バンドリーダーでありネガティブ気質の佐賀は前髪を靡かせながら言った。個人的には前髪を切ろうとは思っているのだが世間の風とインスピレーションを靡かせるために、嫌々伸ばしている。
「リーダーが悪い」と思ったことをすぐに口にするベース担当四ッ谷が言い、「まあ、これ食べろよ」と命令する。
「これ何?」と佐賀は珍しいものでも見るように言った。トーストの上に薄いクレープ状の卵焼きが乗っていた。
「知らないことはいいことだ。それだけで好奇心が刺激し、新たな思考が開かれる。これはフレンチトーストって言うらしい」と四ッ谷が表情を変えずに言った。
「料理できったけ?」
「それが俺もびっくりなんだが、朝起きたら郵便ポストにレシピが入っていたんだ。俺も不思議なんだがあまりに郵便ポストを開けなさすぎて、『融資します』とか『箪笥買い取ります』とかのチラシの深奥を掻き分け、レシピを見つけた。これは運命だ。佐賀は運命を信じるか」
 四ッ谷の話を真に受けると違う世界に誘われる。それが刺激でもあり、自分にはないものを持っているからこそ惹かれ、バンドを組みプロを目指している。
 ということで、二人はフレンチトーストを食べた。佐賀は、「うますぎる」と言い飛び跳ねた。バターがいいのか、いや違う。クレープ状の卵焼き、だ。これが甘く、口内に二重のとろみを唾液に絡ませる。
「これは凄い。やはり運命は信じたものに訪れる。なら次のオリジナル曲は決まりだな」
「おいおい。そんなに息巻いていいのかよ」
「俺らは得意なことで勝負してるんだ。それに得意な料理も手に入れた。なら曲名は」
 四ッ谷が綺麗な歯並びを見せた。あまり乗り気ではなかったが、佐賀は彼の決めた曲名に賛成した。

 人は後悔する生き物なのだろうか。秋葉は先輩の命令で泥棒に入った。人生に付き纏う負の連鎖は断ち切ることができないのだろうか。しかも戦利品は一枚のレシピ。命令されて泥棒に入った自分はたしかに、愚かで弱い。しかし、断ち切る勇気も必要なのではないだろうか。何も盗ってこなかったことで怒られ、殴られるかもしれない。だが、負の連鎖を断ち切るときだ。自分が変わるチャンスだ。決まった。そう、秋葉の弱々しい目つきは光を帯び、持ち主に返せばいいのに謎めいたレシピを古いアパートの郵便ポストに入れた。何かが変化した気がした。

「あ、き、ばさ〜ん」と真希がカメラをぶら下げながら手を振っている。秋葉の後悔は数十年続き、かつて盗みに入った場所が『スイング珈琲』ということを知った。この地区のNPO法人に就職し、地域の役に立ちたいということで、このレトロな喫茶店にリノベーションを施し、伝統と革新を融合させ復活させた。『スイング珈琲』のご子息がメニューを覚えていてくれた。店には立たないが若い者に継承したいという思いで、店長を募集したところ真希が応募してきた。趣味はカメラと音楽である。
「お客さんには、くだけるなよ」秋葉は真希に苦言を呈す。
「めんどくさいな、あっきーは。秋葉さんは、運命を信じますか」真希が突然真剣に訊いた。片耳にイヤフォンをつけながら。
「わからないな」
「この曲『フレンチトースト』っていうんですけど、ロックなんです。でね、ベースの四ッ谷が雑誌でこう言ってたんです。運命は信じたものに訪れる、って。カッコ良くない!」と真希がイヤフォンを無理やり秋葉の耳につける。なるほど、ベースラインが綺麗だ。押しの強くない声。しきりにフレンチトーストと叫んでいる。嫌味がない。
「オープニング記念に、この曲を店内で流していい?」
 真希の問いに秋葉は頷いた。


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このストーリーに関するコメント

14/03/11 リードマン

拝読しました!
最近はずっとヘビメタばかり聴いてますが、ロックの精神は残っています。ですが、フレンチトーストって訳が解りません(苦笑)

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