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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

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豪雪予報

13/11/18 コンテスト(テーマ):第四十五回 時空モノガタリ文学賞【 雪 】 コメント:11件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:2386

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 先日のテレビでは、たしかきょう、この辺り一帯に豪雪予報がでていたな………。
 しかしけさの隆夫にはそんなことはどうでもいいことだった。それは妻の鞠子にしても同じだったにちがいない。
 彼は、思い足取りで三階に上っていった。一階がガレージ、二階が寝室、三階が居間と客室をかねた部屋という奇妙な佇まいも、一番上は空気が新鮮だという妻の提案からきていた。
 階段を上がるにつれて隆夫の頭に、二十五年前にはこの階段を、ふたり笑顔でかけあがったことがふとよぎった。
 部屋のドアを開けると、すでに妻は椅子に座っていた。冷気が隆夫の顔を刺した。
「窓、閉めてもいいかい」
「あなたといっしょのときは、こうしてないと、息がつまるの」
 二人がもっとも仲のよかったときでさえ、彼女は必ず窓をあけていた。すると当時からすでに、息がつまっていたのだろうか。
「話は長くなりそうだ………」
 隆夫は鞠子の顔色をうかがいながら、窓辺に歩みよった。身を乗り出して出窓を閉じようとしたとき、むきだしの地面が目に迫った。
「あなたあの人と、別れていなかったのね」
 前置きもなにもなしに、彼女はきりだした。
「いや、もう長らくあってない」
「嘘」
 昔の缶詰の、切り開いた蓋のようなどこまでも刺々しい彼女の口調だった。
「嘘じゃない」
「私の友達が、あなたとあの女が一緒にいたところを、みたといってたわ」
「人違いだろ」
「あなた、よくあんな、下品な女とつきあえるわね」
「なにが下品なんだ」
「下品だわ。妻子のある男性を奪おうとするんだから」
「彼女が奪ったんじゃない、ぼくのほうから近づいたんだ」
 おもわず、彼の口からすべりでた。
 鞠子の顔が能面のように無表情に変った。
「たったいま別れたいところだけど、それでは私の気持ちがおさまらない」
「どうするつもりだ。僕を殺したいのか」
「まさか。どうして私がそんな罪を犯さなければならないの。罪はあなたが被らなければならない。一生消えることのない罪をね」
 隆夫はその意味を考えようとしかけたが、もう面倒くさかった。
「煙草を吸ってもいいか」
「やめていたのじゃなかったの?」
「そうだ、きみが嫌がるからな。―――急に吸いたくなった」
 彼女の能面のような顔からさらに、血の気がひいていった。
「好きにすれば」
 室内に、彼の吐き出す煙が逆巻いた。
「あの彼女とは本当に、いまは何もないんだ」
「一度でもおかした罪は、けっして消えやしないわ」
「きみがいつももちあるいている、消毒薬でも、無理かい?」
 よその家のドアの取っ手、バスの吊革、レジでもらった釣銭にふれた手を、すぐにアルコールで清めないことにはなにもできない鞠子を彼は、そんな気もないのに皮肉った。
 二人の間はすでに、むちゃくちゃだった。よくいままでいっしょにやってこれたものだと、むしろそのことに彼は感心した。いやいや、こんな二人がいっしょに暮らすことほど不毛で絶望的なものはない。別れることがお互いにとって一番なのだ。
 厭な時というのは、長く感じるものだがそれでも、二人の間に時間はすぎていった。昼になると彼女は、厨房で二人の昼食を作りだした。おかずは、彼のもっとも嫌いな、カキフライだった。
 午後もすぎ、いつのまにか夕刻がちかづきつつあった。危機感を孕みながら、いつそれが大爆発するのか、わからないままに隆夫は、妻と一緒にいた。このままうやむやになって、明日からまた二人の、無意味でいびつな暮らしが続くのかと彼がふと思った矢先、いきなり鞠子がテーブルを力まかせに叩いた。卓上のガラス箱やペンが激しい音をたてて飛び散った。
「これまでね」
 窓辺につかつかと近よるなり、力まかせに開けた窓から妻は、体を大きく外につきだした。隆夫の目に、いったん上にもちあがった彼女の両足がスカートごと、ずるずると下にすべり落ちてゆくのがみえた。それは非常にゆっくりした動きにみえたが、彼がどんなに急いでも、絶対に間に合わない速度だった。
「なんてことを!」
 永遠の責め苦が、自分の背にずしりと重くのしかかるのを隆夫は意識した。
 この目でそれをたしかめなければならない地獄………恐る恐る、窓枠から彼は首をつきだした。
 ―――鞠子は、手をのばせば届くぐらいのところにいた。両手両足を子供のように上に突きあげながら。二人が話しあっていた間に降り積もった雪はほとんど三階間際まで積もっていた。
「鞠子!」
 心から彼は喜ぶと、開けっ放しの窓から大きくジャンプして、彼女のすぐ横にドスンと尻餅をついた。この地方に越してきたころ、いまみたいに積もった雪の上に飛び降りて、二人して歓声をあげたことをおもいだした隆夫は、驚いて目を開いた鞠子にも、そのときのことをおもいだしてくれと、切実な気持ちで願っていた。

 


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このストーリーに関するコメント

13/11/18 かめかめ

豪雪地帯でよかったですなあ。
それで一階がガレージなのかな。

13/11/18 W・アーム・スープレックス

コメントありがとうございます。

二階にガレージは造れないぞなもし、かめかめさん。

13/11/18 W・アーム・スープレックス

上から四行目の最初、彼は、思い足取り――重い足取り、の間違いです。失礼しました。

13/11/24 芝原駒

拝読しました。
不穏な空気からの逃げ場を模索するような手探りの物語でした。行き着く先にオチたという意味では、まさに二重の意味を持つ結末だったのかもしれません。巧みでした。

ただ場面の切り取り方としては、やや乱暴な気もしました。登場人物像も、その背景も無色に感じられます。説明が少ないせいなのか、とも思ったのですが具体的にはわかりませんでした。また、前回のコンテストの『復讐』に通ずる部分も多々あり、『雪』を活かすためにももう少し描写が増えれば、と思いました。

以上、拙いコメントになってしまいましたが御容赦ください。

13/11/24 W・アーム・スープレックス

芝原駒さん、コメントありがとうございます。

いきなり最後に雪ではやはり、説明不足の感は否めないかもしれません。豪雪予報という布石は打っておいたのですが。そのことに何も気づかず不毛で救いようのない時を送る二人―――必要不可欠な描写というものは、やはり必要なのでしょうね。

13/11/24 rug-to.

拝読いたしました。
「復讐の虫」ラストの鮮やかさも見事だなあと思っていたのですが、
やはりこういったお話は読んだ後「いいなあ…」と思ってしまいます。
冷え切った中でも、頭の中ににじみ出てくる振り切れない優しい記憶、良いですね。

13/11/24 W・アーム・スープレックス

rug-to.さん、こんばんは。コメントありがとうございます。

読んだあと、いいなあと思っていただいて、本当に書いてよかったと思います。rug-to.さんも自分の世界をもっている人だから、そういう方から良かったといわれると、なおさら嬉しいです。

13/11/25 名無

豪雪予報がラストにこんな風に生きてくるとはと、驚きました。
昔の二人が雪にはしゃぐ姿が見えるようで、ギスギスした空気の中それが雪の反射光のように煌めいていて、心に響きました。

13/11/25 W・アーム・スープレックス

名無さん、こんばんは。コメント本当にありがとうございました。

反射光に煌めく、はしゃぐ二人の姿―――名無さんらしい表現に、久しぶりにふれました。私自身、二人がそのような時をとりもどすことを切に願っていますが、人と人の関係って複雑だから、安易にハッピーエンドで〆ることは創作上では、むしろ避けたほうがいいのかも知れません。
作品のほうは進んでいますか。プレッシャーになるといけないので、励ましぐらいに受け止めてくださいね。師匠より。

14/03/11 リードマン

拝読しました!
やっぱり、雪っていい物ですよね。雪と向き合った時、誰もが、自分とも向き合う事になりますものね。自然と雪にちなんだ思い出というのも増えて行くのではないでしょうか?

14/03/11 W・アーム・スープレックス

リードマンさん、コメントありがとうございます。

特に今年の冬は、雪が多くて、いろんな地域で、雪の思い出が生まれているかもしれませんね。いい思い出ばかりではないでしょうが。

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