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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

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幕末こってり豚骨ラーメン

13/11/16 コンテスト(テーマ):第二十一回 【 自由投稿スペース 】 コメント:4件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1431

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 夕暮れ時の街道を、ふたつの人影がちかづいてきた。
 まもなく、屋台ののれんを押した手が、ダンダラ模様の袂からのびているのをみて屯兵は、新選組の隊士だなと察した。
「まいど、いらっしゃい」
「ソバ屋か」
 まだ若い、どうみても平の隊士とおもえる男の顔が、屋台の中をのぞきこんだ。
「ソバにしては、いやに脂っこいにおいだな」
 鼻の孔をひろげたもうひとりが、いまの男のうしろからのぞきこんだ。
「豚骨ラーメンです。おいしいですよ」
「くっていくか」
「ソバをくったからといって、まさか切腹はないだろう」
 二人の男はそんな物騒なことをいいながら、屋台にはいってきた。
「夜もおそいのに、ごくろうさまです」
 さっそく鉢に湯をはりながら屯兵は、腰掛けがわりの樽にすわった二人をねぎらった。
「現在の京のまちは、日本でいちばんの危険地帯だからな。おまえたちがぶじでいられるのも、われわれ新選組のおかげとおもえ」
 さっきの鼻の孔が、いまいちど鼻をおっぴろげて、自慢たっぷりにいった。
「はい、おまち」
 屯兵は二人のまえにラーメンをおいた。
「お、早いな」
  みなれない白ずんだ濃縮スープにはじめのうちは、ためらいがちに箸をつけていた二人も、これはいけると、たちまち夢中になって食べはじめた。
 大の男だけに、あっというまにたいらげてしまった二人は、すっかり満足した様子で、今度またくるといい残してかえっていった。
 すぐにまただれかがのれんを押した。
「これはなにかな?」
 浪人風の大柄な男が、目に好奇心をたぎらせて、のぞきこんだ。
「豚骨ラーメンといいまして、いろんな薬味と豚骨スープを煮込んでとった出汁をペースにした、ラーメンです」
「この匂い、すきっ腹にはたまらんな。おもわず隠れ家からでてきてしまった」
 提灯の明かりにうかびあがったその顔を、しげしげとながめて屯兵は、
「あれ、お侍さん、もしかしたら坂本の………」
「しっ。それ以上は口にするな。どこに密偵が身をひそませているかもしれん」
「とととと―――やっぱりあなたは、龍馬さん」
「いうなって」
「ちょっとお待ちを」
 屯兵はポケットからスマホをとりだすと、すぐ妻に電話した。
「いま龍馬さんがうちのラーメンを食べに来てくれたよ―――ほんとうだって。なんならフォトをそちらにおくろうか。わかった」
「なにをひとりでごそごそいってるんだ」
「すみません。あのちょっと、いいですか。写真をとらせてください」
「写真? ―――写真は好きだが、どこに撮影の機材がある?」
「もう撮りました」
 屯兵はてきぱきとスマホで撮影した龍馬のフォトを、妻のスマホに送信した。
「なんだ、それ。ちょっとみせてくれるか」
 龍馬は屯兵の手からスマホをうけとると、しばらくとみこうみしていた。
「あ、鳴ったぞ」
「妻からでしょう。ちょっと失礼」
 屯兵はふたたび龍馬からスマホをとると、耳にあてがった。
「な、まちがいないだろ。正真正銘の坂本龍馬さんだ。靴はいてるのも確かめてあるんだ―――え、なんだって」
 屯兵は困ったような顔で、龍馬をみた。
「あのう、妻があなたと話したいといっているのですが。だめでしょうね」
「かまわんよ。どれ、どれ」
 龍馬は再びスマホを手にとると、屯兵のしぐさをまねてそれを、じぶんの耳にあてた。
「大きな声ではいえんが、坂本です―――おっ、どうした、きゅうに泣き出したぞ」
 あっけにとられる龍馬に、屯兵がかわりに答えた。
「きっと妻は、感激がこみあげてきたのだとおもいます。なにせ大のあなたのファンですから」
 だが、スマホに耳をすませていた龍馬は、いぶかしそうに眉をひそめて、
「―――なになに、おれが暗殺されるだって? うーん、たしかにおれはいろんなところから命をねらわれているが、そうはっきりきめつけられるのも辛いな」
 それをきいた屯兵は、さすがに顔色を変えた。
「妻がそんなことを―――」
 龍馬からスマホを奪いとるなり、遠くの妻にむかって語気荒くいった。
「ばか。まだご存命の龍馬さんに、なんてこというんだ」
 そんな屯兵をよそに、龍馬がラーメンをすすりだしたところへ、「やあ」と声をかけて四角張った顔の男が屋台をのぞきこんだ。
「おっ、きたか」
 龍馬は親切にも、横にあった樽を、どっこいしょと彼のまえに移動させた。
 屯兵はそれから妻に二、三小言を言って結局電話は切ってしまった。それよりもいまの彼にはこの、坂本龍馬と親し気に口をきく新参者に関心がうつっていた。
 だが、いまの時代、むやみと人の名前や個人情報をきくのはご法度なことはだれでもしっている。それでさっきから屯兵は、龍馬のとなりにすわった龍馬よりは小柄で、色黒の男を、ちらちら観察していた。
「おぬしも豚骨ラーメンをたのめ。ごっつうまいぞ」
 龍馬にすすめられた男は、なぜか難色をしめした。
「豚か………きのう牡丹鍋をたべたんだ。おやじ、ほかになにがある?」
「塩と味噌がありますが」
「それなら味噌をくれ」
「牡丹鍋とは、豪勢だ」
 やじるような調子で龍馬がいった。
「尊王攘夷も、茶漬けと漬物では成しがたいからな」
「なにせおぬしは、陸援隊の頭だものな」
 それをきいて屯兵は、小さくあっと声にだした。それではこの男があの、中岡慎太郎というわけか。二人ともいずれは暗殺される身だが、さっきの妻ではないが、うかつなことはいってはいけない。だがふと彼は、じっさいこの二人の命を救ってやることはできないものかと考えた。いまもし二人に、あなたたちは1867年11月13日にいっしょに何者かに
襲われ、龍馬は即死、中岡は二日後に死亡すると告げたらどうなるだろう。おそらくいまなにをいっても、真実を変えることはできないのだろう。いまのじぶんにできることはといえば、せめて二人に体力をつけてもらうべく、栄養豊富なラーメンを作ることぐらいのものなのだ。屯兵は、中岡のラーメンに特別、擦ったニンニクをたっぷりふりかけてやった。
「おまち」
 中岡はラーメンを食べ始めた。
「おっ、きつい」
 中岡は山ともられたのニンニクに、顔をしかめてみせた。
「くっとけ、くっとけ」
 あおる龍馬に中岡は、
「坂本さんは、これ、平気か?」
「平気じゃ、平気じゃ」
「あのう、お二人いっしょのところを、撮らしてもらっていいでしょうか?」
 スマホを向ける屯兵に、二人の土佐っぽは、黙って顔をあげた。
「こんど、寺田屋をたずねます」
 二人のぶんまで金をはらった竜馬に、樽からたった中岡がいうと龍馬は、
「あそこは最近あぶないから、近江屋に移ることにした」
「そうですか、わかりました」
 立ち去る二人のうしろから、おもわず屯兵は、そこもあぶないといいかけた。が、歴史の大きな流れは、ひとりのラーメン屋風情の一言ぐらいでは到底変えることなど不可能なのは悲しいことだがわかっていた。
 しばらくして、のれんがひるがえった。
「冷えるな」
 いいながらはいりこんできたのが、そのいでたちからまた新選組隊士だとわかると屯兵は、一足ちがいで出ていった龍馬たちのことをおもって、心からほっと吐息をついた。もし両者が鉢合わせてしていたらむろん、ただではすまなかっただろう。
「なにを溜息ついているんだ。ソバ屋がこの風雲告げるご時世を、嘆いてでもいるのか」
 これはまた上段からものをいうやつだなと、あらためて屯兵は来客の顔をながめた。役者のような顔つき―――もしやと屯兵はおもったが、さすがに面とむかって客に名を糺すことはできなかった。
「さっきも、隊士の方が、食べていかれましたよ」
 なにげなく水をむけてみると、相手はその秀麗な目をキュッとまるめて、
「なにかいってなかったか?」
「これを食べても、切腹はないだろう、とかなんとかおっしゃってましたが」
「それをいった者は、どんな顔をしていた?」
「よくはおぼえていません」
「その切腹がどうのというのを、おれにもくれ」
「豚骨ラーメンでいいですね」
「めずらしいものはなんでも、好きだ」
 気むずかしいようでいて、話好きな一面をみせる相手に、屯兵も調子にのって、
「沖田総司さんは、お元気ですか?」
「総司を知っているのか」
「そりゃ、有名ですから」
「………あいつがな?」
「なにせ、新選組きっての、美男子ですし」
 それをきくと客は、ぶっとふきだした。
「別人のことをいってるんじゃないのか。総司は、平家蟹の甲羅のような風貌だぞ」
「ええ、まさか。あの、肺の病で若くして死ぬ沖田総司さんですよ」
「勝手に殺すな。総司ならさっき一番隊を率いて元気で京都市中をみまわりにでかけていったわ」
 それをきくと屯兵は、また先走りしてした愚に気づいて、ごまかし笑いをうかべた。折りよくできあがったラーメンを、客のまえにさしだした。
「おまちどうさま」
 客は、しばらく豚骨スープからたちのぼるにおいに鼻をよせていた。
「ふむ。カツオに昆布、鳥ガラ、それに豚骨か、それ以外にも何種類もの食材や薬味を隠し味につかっているな。りんご、生姜、玉ねぎ、それに月桂樹の葉―――」
「ずいぶんおくわしいですね」
 相手は得意げに笑みをうかべた。
「わかいころは、家の薬屋をてつだっていたんだ。医食同源のたとえどおり、食にかんしても造詣はある」
「そのおうちの薬屋さんでは、石田散薬をおつくりになっていたのでは」
「それを知っているところをみると、亭主も武州三多摩の出か?」
「いえいえ。なにかと耳学問が豊富でね」
 それではやっぱり、彼こそ新選組で鬼の副長とおそれられたあの、土方歳三にまちがいなかった。
「うまい」
 づるづると音をたててたべだすなり歳三は、おもわず舌鼓をうった。
「亭主、こんど壬生の屯所にも屋台をひいてこい。隊士のみんなにもたべさせてやりたい」
「ありがとうございます。ぜひ、うかがいたいとおもいます」
「そのとき、美男子の総司にもあわせてやるよ」
 皮肉をこめていうと歳三は、顔をのけぞらせて笑った。
 
 * * *

 木枯らしが吹きあれる年の瀬、屯兵は風にさからって懸命に屋台をひいていた。本来ならこんな日は、屋台をのぞく客もすくなく、どこかの家の軒下ででも、屋台とともにじっとしているほうがよかっただろう。
 が、きょうは11月の13日―――そう、龍馬が暗殺される日だった。気になって、気になって、矢も楯もたまらず彼は、気がついたら屋台をひっぱって近江屋のある河原町通りにやってきていた。
 いまも彼は、なんとか龍馬たちを暗殺者たちの魔の手から救ってやりたいという気持ちが捨てきれずにいた。さっきからしきりに、チャルメラを音高く吹き鳴らしているのも、そんな気持ちのあらわれにほかならなかった。そのせいか途中、宿屋の客や、娼妓たちがラーメンを食べにやってきた。そんな連中に応対している間も屯兵は、気が気ではなかったものの、うまいうまいとラーメンをすするかれらをみては、さすがにほっておくわけにもいかなかった。
 屯兵が目的の場所にようやくたどりついたとき、近江屋はまだなにごともなくしずまりかえっていた。風もやんで、すでにあたりは黒々とした闇に覆われていた。
 ほどなくして向こうの辻から、これは中岡新太郎とおぼしき人影がちかづいてくるのがみえた。
 よほどいそいできたのか、師走だというのに、手にした扇をしきりにあおいでいる。そういえば彼を映した写真の中で、扇を手にして笑顔をうかべているものがあった。国を憂う幕末の志士で笑顔を写しているのはおそらく、彼だけではないだろうか。その豪放であけっぴろげな様子の彼の写真に、妻などもずいぶん魅了されていた。中岡や龍馬たちをあなたの手で助けてあげてとスマホを通して懇願したのも、じつは妻なのだった。
 そんなことを思いだしていた屯兵のほうを、ふいに中岡が足をとめてふりかえりざま、なにを思ったのかいきなり、つかつかと歩み寄ってくる。
「すまないが、あとでラーメンをふたつ、あそこの近江屋にとどけてくれないか。こんどはこっちも豚骨でいいから」
「あの………」
「なんだ、おやじ。顔色がわるいようだが」
「あ、いえ。風雲急を告げるこの時代、どうかおさおさご油断なさりませぬように」
 中岡は、ちょうどあの写真のように、開いたセンスを片手に笑った。
「お気遣い、かたじけない。だが、案ずるな。龍馬さんもわたしも、剣は免許皆伝の腕前だ」
「刀はつねに、身にひきよせておいてくださいよ」
 まだいう屯兵に、中岡はいささか憮然となったが、すぐ気をとりなおして、近江屋の二階の部屋だとつげると、足早に離れていった。
 まるで歴史が自分にも、なんらかの役を与えようとしているかのようだった。
 中岡にラーメンを注文されて屯兵は、ふとそんな気持ちにうたれた。たとえどうすることもできないとしても、もしかしたら幕末最大の謎とされている、龍馬を暗殺した者の正体を、この目で確かめられるかもしれない。
 屯兵は、胸をおどらせながら、龍馬と中岡の分のラーメン作りに精を出した。もし、暗殺者がわかったら、こちらにはスマホという武器がある。そいつのフォトさえ撮れれば、すぐにどこにでも、だれにでもその写真を、送信することができるのだ。暗い闇の中にとざされていた永遠の謎がいま、じぶんの手によって明るみにひきずりだすことができるかもしれない。麺を湯からとりだす彼の手がそのとき、こみあげる興奮にわなわなとふるえた。
 熱々の出汁を鉢にそそいでいるとき、ふいにだれかが暖簾をかきわけてはいってきた。
「よお」
 みればそれは、土方歳三だった。
「いらっしゃい。あのう、ちょっとおまたせすることになりますが」
「かまわん、かまわん」と土方は手をふりながら樽にこしかけた。「ここのラーメンの味がわすられずに、またやってきた。―――なんだ、出前か。近江屋にもっていくのだな。いってこい、いってこい。おれが留守をあずかってやる」
「それはありがとうございます」
 礼をいって屯兵が岡持ちのふたをあけると、どうしたことか土方が、身をのりだすようにして湯気をたちのほらせている二杯の鉢を、彼に手わたしてくれた。
「安心して、いってこい」
 その声に送られて屯兵は、岡持ち片手に近江屋にむかった。
 土方というのは、あんなに親切な男だったのか。意外感にうたれた屯兵だったが、いまはそれよりも、、だんだんとちかづいてくる近江屋の佇まいに、しらずしらず胸が高鳴るのをどうすることもできないでいた。
「毎度。ラーメンおもちしました」
 近江屋の店のものには中岡から話がいっているとみえ、引き戸をわずかにあけて彼の顔を一瞥しただけで、すんなり中に通された。
「部屋のまえに、おいといてくれということです」
 店の者のうながしに、屯兵は岡持ちをさげたまま、土間にはいり、上がり框をあがって二階につづく階段をあがりはじめた。
 二階は、不気味なまでにしんとしていた。その廊下をふみしめる、ミシミシという音にいたずらに怯えながら屯兵は、龍馬たちのいる部屋のまえまでやってきた。
 ぴたりと閉ざされた襖のまえで彼は、岡持ちを下に置くのもわすれて、たちすくんだ。 いまならこの室内にいる二人の運命を、変えることができるかもしれない。
 またしてもそのおもい屯兵はかられた。いまにここに数人の暗殺者たちが襲ってきます。龍馬さんはご自分の刀を背後の刀かけにおいているため、暗殺者の最初の一太刀をかわすことができずに浴びてしまいます。どうか、刀を手元に。さもなければ、逸早くここからお逃げなさい。
 と、襖に向かって大声でなんど伝えようとしたことか。いやじっさいに彼は、襖に
手をかけ、それを横にわずかに開いた。そして声に出そうとしたそのとき、行燈の赤い光
の中にうごめく、なにやら奇妙なものが目にとびこんできた。
 すね毛におおわれた足がからみあいながら、布団の裾からはみだしている。
 ぎょっと目をみはる屯兵の耳に、吐息のような、喘ぎ声のような声音がきこえた。
 それはまるで男女の愛し合う時にたてるような………。しかし、まさか。いまこの室内
には、坂本龍馬と中岡慎太郎の男二人がいることを、後世の歴史が証明している。
 屯兵の頭ははげしく混乱した。いまいちど、目を大きく見開いて、襖の間をのぞきこん
だ。
 その気配に、部屋の奥に敷いた寝具からむっくりと、男が二人顔をあげた。
 その顔をたしかめる余裕もないまま、度胆をぬかれた屯兵は、足音もあらく廊下をかけだした。
「まさか、まさかそんなことが」
 わめきながら階段をかけおりる彼の背後で襖が開き、
「ほたえな」
 という龍馬の怒声がとんできた。
「いまのはたしかラーメン屋だが………」
 襖の隙間からつきだした顔は、まぎれもなく龍馬と慎太郎の二人。
「あれ、あいつ。おれが注文したラーメンを、まちがって、隣の部屋の前に置いていったぞ」
 あわてものめと慎太郎は、隣の部屋のまえまでラーメンをとりにいった。そのときその
部屋の中からからなにやら、生々しい声がきこえたが、彼はただ顔をしかめたきり、二つ
の鉢をもって龍馬のいる部屋までもどった。
「さ、さめないうちにはやく食おう」
「腹がへっては戦はできんからのう」
 ヅルヅルと、大きな音をたてながら、幕末の風雲児たちはラーメンをすすりはじめた。

* * *


 近江屋から脱兎のごとくとびだした屯兵が、頭をはげしくふりながら、
「あの、男の中の男の、坂本龍馬と中岡慎太郎が、こともあろうに―――ああ、なんてことだ」
 とわめきつつ、しゃにむに屯近江屋の前のみちを屋台のある方向にかけているとき、前から数人の男たちがちかづいてきた。男たちは屯兵には目もくれずに通り過ぎてゆく。その際、なんともいえない張りつめたものがかれらから漂っていたのを、あとになって屯兵はおもいだすことができた。
「おう、まってたぞ」
 屋台にもどってきた屯兵を、樽に座ったままの歳三が迎えた。しばらく、じろじろと屯兵の顔をながめてから、、
「どうした。汗まみれじゃないか。なにかあったのか」
 屯兵は息も絶え絶えに、
「………精神的にちょっとつよいショックをうけましてね―――留守番、ありがとうございました。お客はありましたでしょうか」
「うん。ひとりあったが、不逞の輩だったので、斬り捨てた。―――ははは、冗談だ。それより、二人は亭主のもっていったラーメンを食べたか?」
 穏やかな顔つきながら、そのじつ突き刺すようなまなざしでみつめられて、屯兵はぎくりと緊張した。どうして彼は、二人だということがわかったのだ………
「背後で襖があいて、坂本さんの声がきこえましたから、いまじぶん、お食べになっているんじゃないですか」」
 こともあろうに、勤皇の志士たちからもっとも恐れられている武闘集団の、実質は近藤勇より支配力をもつといわれている新選組副長土方歳三に、うかつにも龍馬の名前を口にするなど、このときの屯兵は本当に、完全に我を忘れているようだった。
 案の定、歳三は、恐ろしいまでの冷ややかな笑みを浮かべて、
「そうか。それでは、いまじぶん………」
「いまじぶん、なんですか?」
「薬が効いて、全身がしびれているころだろう。暗殺者にとったら、これほど好都合なことはない。なにせあの二人は、腕が立つからのう」
「なんですって」
「さっき亭主が岡持ちにラーメンをいれるとき、そっと薬をまぜたんだ。若いころ、家業の石田散薬の製薬と販売を手伝っていたおれだ、しびれ薬を調達するぐらい、わけはない」
 いまになって土方の真の恐ろしさを知った思いに、屯兵はさすがに色をなくした。
「土方さん、あなたってひとは………」
「新選組の副長が、幕末最大の人物ともいえる龍馬を目の前にして、指をくわえてみているとでもおもうのか。いったいどのようにして、龍馬たちの動きを察知したか、亭主、おまえも知りたいだろう。これからじっくりきかせてやろう………」
 一度ゴホンと空咳をしてから歳三が、得意げに話しはじめようとしたちょうどそのとき、屯兵のスマホが勢いよく鳴りはじめた。
「ちょっと失礼―――」屯兵は土方に手をあげてから、ポケットからとりだしたスマホを耳にあてがった。「もしもし、お、美紀ちゃんか、どうしたの?」
 それをみた新選組鬼の副長は、せっかくの話の腰をおられて、苦虫を噛みつぶしたような顔つきになった。 


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このストーリーに関するコメント

13/11/17 W・アーム・スープレックス

OHIMEさん、こんにちは。コメントありがとうございます。

私も歴史はそんなに好きではありませんでした。だからこんなむちゃくちゃな幕末物が書けたのかもしれません。
史実にもとづいた箇所も何か所かはありましたが。「ほたえな」と龍馬が注意したこと。龍馬と慎太郎が近江屋で襲撃されたこと。歳三と石田散薬。ぐらいでしょうか。
むしろあまり知識がないからよけい、好き勝手に創作できたともいえるでしょう。
スープレックスの書くものは、ええ加減なものが多いので、ご注意を。

14/03/11 リードマン

拝読しました!
龍馬暗殺に関しては諸説あるようですが、一体どれが本当なのやら、実は単身アメリカに向っていたとかいう奇説まであるようで(苦笑)

14/03/11 W・アーム・スープレックス

リードマンさん、コメントありがとうございます。

それだけ龍馬という人物に幅があったということでしょうか。シビアな面ももちあわせていたとも聞きます。歴史上の人物というのは、どうにでも描けるところに、あるいは魅力があるのかも知れませんね。

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