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タックさん

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性別 男性
将来の夢
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男、女、電車、落下。

13/11/12 コンテスト(テーマ):第四十四回 時空モノガタリ文学賞【 復讐 】 コメント:2件 タック 閲覧数:1306

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 彼に他の女がいた。私とは遊びだった。私は振られ、彼は目の前から容易く消え失せた。

 たったそれだけの出来事。しかし、殺意というのはこんなに簡単に湧くものなのかと、私は真っ暗な自室で芒洋と考えていた。
 
 何の前兆も無かった。普段通りに食事し、一夜を過ごした。その行為後、私が快感に身を弛緩させていた矢先だった。

――他に付き合っている人がいる。もう会えないから。

 喫茶店でメニューを頼む程度の気軽さで、彼は別れを突き付けた。私は耳を疑った。重い体を起こしながら、彼に理由を尋ねた。彼は冷笑し、分かっているだろうと言わんばかりの表情で言葉を紡いだ。

――擦れてない女と付き合ってみたくてさ。でも、お前も男に慣れたみたいだから、もう会う理由はないかなって。だから別れよう。楽しかったよ。

 彼は消え、私は捨てられた。頬を伝う涙の苦さが、現実を浮き彫りにした。 

 友人の介抱がなければ、私はそのまま死んでいただろう。それほど、私からは生存の意欲が失われていた。友人は私に付き添い、介助した。友人の手により、私の感情は再来し、再び世界との繋がりを持つことが出来た。

 その頃からだった。彼への復讐心が、心中に芽生えたのは。彼への好意が変質し、殺意へと容易に変化した。私は計画を練った。どうすれば、最上の復讐が遂げられるのか。日々の意識を注ぎ込み、彼の性格を出来る限り思い返した。

 そして、思考は一つの結論に達した。私は満足した。命を奪うことに、何の抵抗も感じられなかった。決意は充足し、予想される結果に胸が打ち震える思いがした。
  
 人々で埋め尽くされる早朝のホーム。私は、その場所で復讐を遂げると決めた。

 
 倦怠が渦巻く人ごみを抜けながら、計画を再構成する。彼はこの時間に出勤している。私も通勤にこの駅を利用しているが、彼とは利用時間が違い、それ故、彼の警戒心は薄いだろうと予測した。

――出勤するとき、ホームの先頭に立つのが好きなんだよ。先頭切って働くぞ、みたいなさ。

 彼の言葉が呼び起こされる。脳内の情報を総動員し、計画を完成させた。記憶が確かなら間違いはない。変に几帳面な彼のことだ。普段通り、ホームの先頭に佇んでいるはずだった。

 人々に紛れ、ホームの先頭に近づく。並列する人の群れを見た瞬間、胸が一気に高鳴った。幾度も見た後姿。彼は、先頭にいる。鼓動を抑えながら、彼の周囲を確認した。条件は揃っていた。――計画に支障はない。人を挟んで、彼の背後に体を位置する。気付く様子は無い。腕時計で時間を確かめる。これほど、電車の到着を待ち望んだ時も無いように思えた。
 
 ホームに、駅員のひび割れた声が響く。電車の到来を告げるその声に、緊張が高まった。もうすぐ。逸る体を必死に抑える。
 
 騒音を供して、電車が姿を現した。前面が徐々に大きくなる。想定の地点を過ぎた。――このタイミング。私は携帯を取り出した。震える手で彼のアドレスを表示し、非通知で発信した。携帯から視線を移す。彼はコートのポケットに手を差し入れ、目線を下にさげていた。

――今だ。決意が腕に力を与える。

 私は手を伸ばし、強く背中を押した。周囲に気づかれただろうか? などという疑心は線路に落ちた人影を見た瞬間に消し飛んだ。――心が跳ね上がる。私は前の人を押しのけ、同じように、自らの体を線路内へと踊らせた。

 線路内にうずくまる姿。私は声を上げながら近づき、投げ出された腕を支えた。――助ける気は無い。しかし、救助を敢行しているという素振りが必要だった。

 強風が耳を聾す。電車の音が近い。接近している。私は背中に手を当てながら、幾分高いホームを見上げた。

――もう、助ける時間は無いでしょう?

 視線の先で、彼は、驚愕に表情を固めている。携帯を握り締めながら、線路に落下した私たちの姿を凝然と眺めていた。その姿は、私の想像通りのものだった。

――ごめんなさい、妹さん。あなたを利用させてもらう。

 細い二の腕を握りながら、足元に倒れる女性に心中で謝罪する。彼女は復讐のための駒。彼の言葉が、耳元で再生される。彼にしてみれば事後のたわいない会話。しかし、遊び相手にそれを話したことが、私に力を与えたのだ。

――今年から妹も社会人になってさ。会社は違うけど、同じ時間に並んで通勤してんだよ。

――ほら、これ写メ。髪長いだろ。もう、地面につきそうなんだよ。

 私はホームに見えない角度で薄く笑った。手酷く振った女が妹を助けようと身を投げ、両方とも目の前で死んでいく。そのシナリオに、彼が心を痛めることを信じながら、強く目をつむった。電車は間近。命は、もう間もない。

――さよなら。あなた、女の扱いを間違ったのよ。蒔いた悪意は、必ずどこかで帰ってくるんだわ。


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このストーリーに関するコメント

14/03/10 リードマン

拝読しました!
驚愕しました!
傑作ですね(笑)

14/03/12 タック

リードマンさん、コメントありがとうございます。

驚愕していただいたなら幸いです。傑作、なんてもったいないお言葉を頂き、大変恐縮しております。よろしければまたご一読ください。ありがとうございました。

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