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鮎風 遊さん

この世で最も面白い物語を見つけ出したい。 そのために、ひとり脳内で化学反応を起こし、投稿させてもらってます。 テーマに沿った個別物語の他に、いくつかのシリーズものをコツコツと書き続けさせてもらってます。 その主なシリーズものを紹介させてもらいます。  ☆❤☆❤☆ 新シリーズ 『ツイスミ不動産』 __ 2017.07.16よりスタートさせてもらいました。 カサリンとクワガタ野郎があなたが求める終の棲家を紹介いたします。  ☆❤☆❤☆ 『刑事 : 百目鬼 学(どうめき がく)』 __ 2017.05.21 ただ今、27話 __ 1話完結の2000文字推理小説です。この少ない文字数の中で、百目鬼刑事と部下の芹凛(せりりん)がいかに事件を解決していくか、その醍醐味を味わって頂ければ、光栄です。 これからも引き続き難しい事件に挑戦して参りますので、よろしくお願いします。  ☆❤☆❤☆ 『漢字一文字の旅』 __2017.04.04 ただ今、連載41__ 漢字にまつわるエッセイです。  ☆❤☆❤☆  『歴詩』 __歴史上の人物になりかわって、その波瀾万丈の生き様の思いを詩に綴らせてもらってます。 本作品については、フォト音(on)小説という形で、you tubeにもUPさせてもらってます。 詳細はこちらHPです。  ☆❤☆❤☆  http://ayukazeyuu.net/index.html  ☆❤☆❤☆                         よろしくお願いします。              

性別 男性
将来の夢 この世で最も面白い物語を見つけ出したい。
座右の銘 Do what you enjoy, enjoy what you do.

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進化するパスワード

13/11/07 コンテスト(テーマ): 第二十回 【 自由投稿スペース 】 コメント:7件 鮎風 遊 閲覧数:1564

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 高見沢はメール画面を見ながら物思いに耽っている。表情は深刻そう。
 だが、その実は大した話しで悩んでいるわけではない。単に社内メールのパスワードを変更しようかと迷っているだけなのだ。
 セキュリティの観点から、定期的にパスワードの変更が会社から指示されている。

 高見沢は脳が固まり始めた熟年サラリーマン。そのためか、この変更作業が結構面倒。
 それ自体は単純作業、だが今のパスワードを愛用してほぼ一年が経過。したがって、再設定方法を画面の中から探さなければならない。
「パソコンて、なんでいつもこんな邪魔臭いものなんだよ」
 文句の一つも出てくる。その上に、新しいパスワード、不思議にすぐ忘れてしまう。その唯一の解決策は、キーボードの余白部に書き込んでおく、これしかないのだ。
 しかし今回は、「久し振りのパスワード変更か、これはサラリーマンの義務、心機一転、変更してみるか」と気合いが入ってきた。

 振り返ってみれば、パソコンと付き合い出してからの苦節ウン十年。思い出したくないことも、そしてその便利さに感動したこともある。そして、いつもそこにはパスワードが寄り添っていた。
 ともに歩んできた幾星霜、パスワードは時代の流れとともに変化してきた。言い換えれば、それはその時々の生き様に応じ、進化してきたとも言える。
 その長い旅路の果てに、高見沢がここ一年間使ってきたパスワード、それに随分と愛着がある。なぜなら、自分の隠れ源氏名に、目に入れても痛くない初孫の愛ちゃん、その名前をちょっと拝借してきて、織り込んでいる。
 そして、健やかに育てと祈りをも込めた文言となっているのだ。そのせいか複雑で、解読の困難度が高い。

 誰もこのパスワードを見破ることはできないと自負している。この一年間大変満足でもあった。またお世話にもなってきた。感謝の気持ち一杯で、ありがとうと礼を言いたい。
 しかし、そろそろ人生も佳境、そこへの節目として、気分を一新して将来へと踏み出したい。そのためには、今の自分の素直な気持ちをパスワードに盛り込みたい。
 このような思いにより、ここに粛々と、新しいパスワードへと変更することを決意したのだ。

 パスワード、それはなんと面白くもあり、人間的なものだろうか。なぜなら、それは個人の秘密の塊であり、その人の全人格が鏡のごとくそこに映し出されるのだ。そして、パスワードはその人が歩む人生とともに生き、しかも不思議にも進化までもしていく。
 このように考察していけば、パスワードにはどうも十の進化段階があるようだ。一つのステージが終わると、次のステージへとエボリューション(evolution : 進化) していく。
 ここでは高見沢の例を取って、それぞれの段階を検証しながら紹介してみよう。

 第一段階は、「誕生期」。
 すべては、何の汚れも知らない無垢なパスワードの誕生から始まる。高見沢が初めてパソコンに触れた時のパスワード、それは驚くことなかれ……〈 password 〉(パスワード)。
 この瞬間に、高見沢のパスワードの成長と進化、その幕が切って落とされた。そして、ここからパスワードとの長き付き合いが始まったと言える。まさに第一段階だ。
 しかし、世間のみな様と同様、誕生期のパスワードは初(うぶ)過ぎてすぐに飽きてしまう。そして、第二ステージへと進む。

 第二段階のテーマは、「初恋」。
 要は、初恋の人の名前をパスワードに採用するのだ。パスワードの思春期とも言える。
 レモンのようなフレッシュな酸っぱさを感じながら、毎日初恋の人の名前をパソコンに打ち込む。しかし、残念なことだ。長続きしない。理由は簡単。
「なんで今さら初恋の人なんだよ、もうとっくに過ぎ去ってしまったこと、クラブのママの名前の方がぐぐっと色気があって、楽しいよ」
 こんな俗人的反省をし、次のステージへとさっさと移る。

 第三段階は思春期からの脱皮をする。テーマは「家族」。
 そう、心安らぐ家族編となる。特に人は、自分の子供たちの名前を組み込んだパスワードを好む。
 ここで特徴的なことは、配偶者の名前がほとんど採用されないことだ。
 そして時間とともに人は気付くのだ。「なんで見向きもしてくれない娘や息子の名前を、パスワードにして、毎日打ち込まなきゃならないんだよ」と。
 大きな挫折感の中で、そう、家に帰っても居場所のないお父さん。唯一家族として認めてくれる、そう味方の愛犬の名前を使ったりする。
 しかし、こんなパスワード、使えば使うほど心寂しいものがこみ上げてくる。それを噛み締めて、次のステージへと進化していく。

 第四段階は日常からの解放。そう、それは「ロマン」。
 人はロマンを求めて、旅に出たい。そして一度は訪れてみたい地があり、パスワードにその憧れの地名が組み込まれる。〈 new york 〉、〈 paris 〉、〈 istanbul 〉、 他に〈 everest 〉とか。
 毎日繰り返し、パスワード〈 everest 〉と打ち込む。その内に、きっとエベレストの頂上に、威風堂々と立てるような期待が膨らんでくる。しかし、まことに残念なことだ。三百回位打ち込んだ頃から溜息が出てくる。ロマンも良いが、現実は金も暇もない。そう、決して実現しないと気付くのだ。
「あーあ」
 夢は打ち砕かれて、次の第五段階へと進化する。

 第五段階は「ひきこもり」。
 要は、この辺りから自分だけの閉ざされた世界、つまり趣味/趣向のパスワードを好むようになる。
 映画の好きな人は俳優の名前。スポーツ好きは己の御贔屓チーム名。そしてゴルフ趣味なら、もちろん〈 hole in one 〉(ホールインワン)。また、ガーデニングに凝っている人なら、幻の花〈 blue rose 〉(青薔薇) とかだ。
 しかし、これもどこまで打ち込んでも趣味の世界、単なる自己満足でしかない。だから飽きてしまう。この辺りから、もっと素晴らしいパスワードはないか、その探求の旅が始まるのだ。

 第六段階は、それはさらなる高度なパスワードの世界へ。それぞれのテーマが複合的に組み合わされ、なんと文章になってくるのだ。
 例えば、高見沢のケース、この一年がその第六段階に相当する。自分の秘密の源氏名に、可愛い初孫の愛ちゃんを織り込んで、健やかに育てと動詞が導入され、名文となっている。
 なるほど複雑難解で結構高レベル。高見沢の情愛を思い切り組み入れて、満足度が高い。
 しかし、ここは人生の節目。そろそろこの第六段階を卒業する時期にきている。次の新しいパスワードで心新たにし、再スタートしたい。究極のパスワードまでとはいかないが、かなり高度に進化したパスワードを探している。「うーん」と唸った後、高見沢はふと思い出した。

 京都の醍醐寺の南に一言寺(いちごんじ)がある。願いごとを一言、しかも具体的に願えば、必ず叶えてくれるというのだ。高見沢は閃いた。
「うん、そっかー! 願いごと一言パスワード、一言を何回も打ち込んでいる内に、きっと叶うぞ!」
 第七段階は明らかに「願いごと一言」パスワードなのだ。高見沢は今、明らかにそのステージへと進化しようとしている。
「さあ、どういう願いごと一言パスワードが良いかな? 幸せになりたい、健康でありますように、こんなふわっとしたものでなく、もっと具体的でないと願いは叶わないぞ、うーん」
 高見沢はパソコンの前で脳細胞をしぼる。そして遂に思いが至ったのだ。
「新しいパスワード、それは〈一億円を抱きしめたい〉……〈 1okuenwodakisimetai 〉、数字も入っているし……。いや、もう少し格調高く、そう英語で言うと、アイワナホールド・ハンドレッド・ミリオンダラース、これをパスワード風にすると、〈 i wanna hold 100 m$ 〉、これカッコイイじゃん!」
 直接的願望を表現し、なんと世俗的なパスワードだろうか? しかし、友人が「俺が一番好きなパスワードは〈 kanae shuchinikurin 〉(叶え酒池肉林)だよ」と漏らしていた。少なくともこれよりは益しだ。

 高見沢は早速パソコンで変更操作し、新パスワードを入力した。『 i wanna hold 100 m$ 』(一億円抱き締めたい)と。
 これから毎日このパスワードを繰り返し打ち込むことになる。なんと期待が持てることか。高見沢は、この願いごと一言パスワード〈 iwannahold100m$ 〉が気に入った。
 このようなステップを踏み、高見沢のパスワードは本日ここに目出度く第七段階へと進み行ったのだ。

 しかし、この後の進化ステージには──第八/第九/第十段階がある。
 高見沢は今それらの存在を知らない。そして、いつかまた新たな人生の節目に至った時に、次の第八段階へと進化することだろう。その第八段階は、何がテーマになるのだろうか? 紹介しよう。

 第八段階は「御奉仕」。
 人は世俗的に生きてきた末に、社会にあるいは世の中に何かを恩返ししたいと思うようになる。パスワードは、そういった気持ちを表現した社会貢献型となる。
 例えば、〈 machiwokireinisimasu 〉(街を綺麗にします)とか、〈 volunteerganbaruzo 〉(ボランティア頑張るぞ)とかだ。これらを打ち込みながら、毎日そこに励みを見出すようになるのだ。
 今の高見沢の暮らし振りからして、こんな段階があり得るのかと疑いたくもなるが、いずれ機が熟せばこの段階に進化して行くことだろう。

 そして、第九段階は「感謝」。
 人の生涯、そこには苦労もあったし、波乱もあった。しかし、ここまで来れたのも社会のお陰、みな様のお陰。殊勝な気持ちを採用した感謝感謝のパスワードとなる。
 具体的には、例えば〈 minasamanikansya 〉(皆様に感謝)とか、〈 kansyakangekiamearare 〉(感謝感激雨霰)とかだ。

 さてさて、それでは最後の第十段階、それは何がテーマになるだろうか?
 それは「辞世」パスワードだ。
 これこそが本人にとっての究極のパスワードとなる。昔の人はみんな辞世の句を詠んだ。そこにはその人の生涯すべてが凝集されている。
 豊臣秀吉は「露と落ち露と消えにし我が身かな難波のことも夢のまた夢」と詠んだ。
 細川ガラシャは「ちりぬべき時知りてこそ世の中の花も花なれ人も人なれ」と生涯を閉じた。
 これに対し辞世のパスワードは、決して公開されることはない。しかし、前述の辞世の句と同様の値打ちがある。
 代表的な辞世パスワードを紹介しておこう。

  〈 saredoomorokkata 〉 (されどオモロかった)
  〈 onnawahukakai 〉   (女は不可解)
  〈 karekirezu 〉     (枯れ切れず)
  〈 arewayokkata 〉   (あれは良かった)

 人それぞれのパスワードは、ここに至って進化を終え、成長が止まる。そして、パスワードは臨終の時を待つことになるのだ。

 もう一度確認しておこう。パスワードには次の十段階の進化の過程がある。
 (1) 誕生期
 (2) 初恋の思春期
 (3) 愛する家族期
 (4) ロマン探求期
 (5) 趣味趣向のひきこもり
 (6) 組み合わせの複雑難解期
 (7) 願い事一言パスワード
 (8) 御奉仕テーマ期
 (9) 人生感謝の気持ち期
 (10) 辞世のパスワード

 貴方のパスワードは、今どこまで進化しているかな?
 世間の傾向としては、およそ三、四段階で進化が止まっているケースが多い。そんな御仁は、ここで一念発起、もう一段階前へと進もう!

 そして最後は十段階目の『辞世パスワード』にて、まことに──御苦労様でした。


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このストーリーに関するコメント

13/11/08 草愛やし美

パスワードって結構面倒なもの、なのに、最近のSNSはすぐに変えてくださいってメルで言ってくる。ドレドレ(..) こんなに進化するのですか。

鮎風遊さん、私のはたぶん(1)のままですね┐(〜ー〜;)┌こりゃあかんわな。命令されるはずや。うちを心配してくれて送られてくるメルなんだけどなあ。さあ、辞世のパスワードへ一挙に進もうかしらん。

13/11/08 泡沫恋歌

鮎風さん、拝読しました。

私のパスワードはロマン探求期と趣味趣向のひきこもりの中間くらい
でしょうか?

最近はパスワード忘れそうになるので基本のパスに数字を足したり、
アルファベットの一文字増やしたりしています。

13/11/17 そらの珊瑚

鮎風さん、拝読しました。

パスワードって進化するんですね!
面白かったです。

13/11/18 鮎風 遊

草藍さん

1段階?
進化遅れてまっせ。

3段階くらいはぶっ飛びも可ですよ。

13/11/18 鮎風 遊

泡沫恋歌さん

なるほど、例えば最後の数字を1から順に上げて行く方法ですね。
これ、途中でこんがらがりませんか?

そういう時は1段階進化しましょう。

13/11/18 鮎風 遊

そらの珊瑚さん

そうですよ、エボリューションです。

これを吉日にして、1段階上げてくださいね。

14/03/01 リードマン

拝読しました!
私は自己紹介パスワードでしたけど、辞世パスワードに変更してみます!

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