1. トップページ
  2. 復讐の虫

W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

投稿済みの作品

3

復讐の虫

13/11/04 コンテスト(テーマ):第四十四回 時空モノガタリ文学賞【 復讐 】 コメント:10件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:2252

この作品を評価する

 ここが知人に教えてもらった漢方薬店だった。
 入り口を入ると、棚という棚にどこか駄菓子屋を彷彿とさせる地球壜がずらりと並んでいる。それらの壜から発散する薬草類の混ざり合った匂いが濃く、ねっとりと、店内に充満している。
 店の奥には店主らしい白髪を短く整えた男が座っていた。手に植木鋏をもち、枝から葉を切り取っている。入り口に立ったときからきこえていた、ザク、ザク、という音のそれが正体だった。
「こんにちは」
 ぶっきらぼうな店主に、剛三はこちらから声をかけた。店主はじろりと剛三をみつめて、
「精力を高める漢方薬がごいりようかな?」
「いや、そちらのほうではないのです」
「それ以外に、あなたはなにが必要というのか」
「いろいろめずらしい漢方薬があるときいてやってきたのですが………やっぱり、ないかな」
「まだきいてもいないのに、ないはないでしょう」
 それもそうだと剛三が、思い切って口を開きかけたそのとき、高齢の女性が店に入ってきた。
「頻尿で困ってますの。なにかいい漢方、ありません?」
 店主はたちあがると、壁際の棚の壜から何種類かの漢方薬をとりだして奥の調合室に入った。
 しばらくしてあらわれた店主は、紙袋にいれたものを客に手渡すと、ただ一言、
「一週間のみつづけたら、なおる」
 女は、うなずくと、大事そうにその袋を手に取って代金を店主に渡した。
 ここを教えてくれた知人が、この店主が調合する漢方薬はまちがいないと太鼓判を押したことをそのとき剛三はおもいだした。
 剛三の覚悟はきまった。
「じつは、復讐心を高める薬がほしいのです」
 笑われるかなと弱気になった剛三の目に、顔色ひとつかえずにうなずく店主が映った。
「時間がかかるが、いいかね」
「かまいません」
 店主は、切りおとした葉を器に集めてから、さっきの調合室に入っていった。
 室内からなにかを磨り潰す音がきこえてきた。コンコンという音色をはさんでそれからもきこえつづける同じような物音に耳をすませながら剛三は、いろいろな薬草がまぜあわされているところを、まぶたに思い描いて時を過ごした。
―――そんなことを考えていると、三十分はそんなに長く感じなかった。
 ふいにひらいた調剤室のドアから、店主が姿をあらわした。終わったのかとおもいきや、煙草をくわえて、スパスパやりだした。
「まだかかります?」
 せかすつもりは毛頭なかったが、黙っているのもどうかと思って剛三はたずねた。
「もうちょっとかな。虫を擂るのは骨がおれる」
「虫。虫なんですか」
「中国の奥地でとれる、復讐の虫というやつ」
 店主はそれから二度ばかり煙草の煙を吸っては吐きだしてから、いまはじめてまともに剛三の顔をみつめた。
「なにを復讐するつもりなんだね。いいたくなかったら、黙ってればいいが」
 そんなこといわれて黙っていられる者がいるだろうか。
「じつは私、妻を寝取られたんですよ。信頼していた上司にね。出張にでかけているあいだに、私の自宅で―――」
「それならなにも、薬になんか頼らなくとも、復讐はできるだろう」
「ところが私は、それはもう根っからのお人よしで、本当なら殺してもあきたらない上司のことを、ちっとも憎むことも恨むこともができないんですよ」
「じゃ、やめとけば」
「―――毎晩、夢をみるのです。包丁片手に、妻と寝ている上司のいる寝室に、のりこんでゆく私の夢を。目覚めているときはなんにも思わなくても、夢が自分の本心を教えてくれているのだと気づきましてね、それで私、復讐心を高める薬を求めて―――」
「うちにやってきたというわけですか。わかった、もうなにもいわなくていい」
 店主は煙草をもみ消すなり、調合室にもどった。十五分後に、できあがった薬の袋をもってふたたび剛三のまえにあらわれた。
「三十万もらうが、いいかな。なにせ貴重な虫だから」
 さすがにその値段には一瞬顔をひきつらせた剛三だったが、すぐに自分を納得させるようにうなずいた。
「本当に、この私を、復讐の鬼にかえることができるのでしょうね」
 ここにきて、猜疑心をのぞかせる剛三に、店主は自信のうらがえしともいえる傲慢な態度で口をひらいた。
「なんなら一包、のんでみるかね」
 いわれるままに剛三は、白い紙包みを袋からとりだし、一息にそれをのみほした。
 その様子を店主もまた興味深げにながめている。人によって効能がさまざまなのは、どの薬もおなじことだった。
 剛三は一度、眠るかのように目をとざした。その目のふちが酔ったように赤く染まったとおもった直後、いきなり彼は机上に置いたままの植木鋏をつかみとるなり、ためらいもなく店主の胸にズブリと力まかせにそれを突き刺した。
「三十万は高すぎるぞ!」
 たしかに、復讐の虫の効果は抜群だった。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

13/11/04 草愛やし美

えっ!! このオチですか。W・アーム・スープレックスさん、拝読しました。

漢方薬って何だか怪しげなぶん、凄い効果ありそうに思えますね。我が家の近くにある漢方薬やさんにも、様々な壺のような壜が並んでいます。凄く貴重なものあるとか……冬虫夏草など、有名になりましたが、私達の知らないそんな薬効を持つ虫もありましたか。
興味深く何が起こるのかと、わくわくしながら読みました。面白かったです、ありがとうございました。

13/11/04 W・アーム・スープレックス

草藍さん、こんばんは。コメントありがとうございます。

この手の作品は書いていて自分でも楽しいです。ちょうど昨日のテレビで漢方薬の効能についてやっていましたが、その多様性からも、ショートストーリーにはやはり、漢方薬のほうがいろいろ、使い道がありそうです。これを現代医学でやったら、ちょっとやりにくいように思えます。

13/11/08 W・アーム・スープレックス

OHIMEさん、こんにちは。コメントありがとうございます。
 漢方屋の店主のことまで気遣っていただき、痛み入ります。流石の技巧などといわれると、照れます。
 自作のことは実はあまりよくわからないので、あなたのようなストレートに投げつけてくださる方がいると、本当にありがたいです。
 OHIMEさんの創作にたいする真摯な姿勢には、こちらも学ぶこと大です。 今後もお互い、1ミリでも高く、向上するよう励みましょう。

13/11/10 笹峰霧子

虫を潰した漢方薬と知ってぞくぞくっとしながら、
その効果を期待していました。
思いがけない復讐の的に、ガクッと落ちました。
店主とのやりとりの細かい描写が巧いなあと思います。

13/11/10 W・アーム・スープレックス

笹嶺霧子さん、コメントありがとうございます。
 
ガクッと落ちて頂いて、喜んでおります。
一回落ちたらもう終わりの作品ですが、その落差を求めて読まれる方のために、今後も精進したいと思います。
笹嶺さんの新作、期待しています。

13/11/15 リードマン

拝読しました。
私は、好き嫌いはありません! ・・・ですが、例外はあるのです、ゲテモノは無理です。イナゴとか蜂の幼虫とか、無理です。羊の脳味噌とかは大好きなのですが・・・

13/11/15 W・アーム・スープレックス

リードマンさん、コメントありがとうございます。

なんでも好きなことは結構なことですが、やっぱり嫌いなものがあっての好きなのでしょうね。

13/11/18 芝原駒

拝読しました。
面白かったです。発想の勝利だと思えました。組み立ててきた土台の全てを打ち壊してもなお納得のいくラストで、内容としては救いようのない話であるにもかかわらず、すっきりしました。

ただ個人的な好みを言わせていただければ、求める薬は剛三の口からではなく店主の巧みな話術でもって聞き出して欲しかったです。単なる身の上話としてではなく「この客がどんな薬を求めているのか」を把握したからこその自信に満ちた傲慢さを滲ませてほしかったと、そう思いました。

拙い感想ですが御容赦ください。

13/11/20 W・アーム・スープレックス

芝原駒さん、コメントありがとうございました。

店主の巧みな話術―――それも面白い流れになることと思いますので。今後の課題とさせていただきます。
私の方にそれを可能にするだけの巧みな技量があるかどうかは、疑問ですが。

ログイン