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タックさん

何を書いても平凡なのが悲しい。

性別 男性
将来の夢
座右の銘 明日の自分に期待は持たない。

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あるひとりのプディング

13/10/26 コンテスト(テーマ):第四十三回 時空モノガタリ文学賞【 スイーツ 】 コメント:2件 タック 閲覧数:1405

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「――どうぞ」

「――これは?」

「みなさんにお出ししているものです。どうぞ」

 ――若く、身なりの整った男が差し出したのは、カップに収められたプディングだった。女は困惑する。説明のないままにテーブルに着席させられ、いきなりスイーツを出されたのでは、ありがとう、と受け取るほうがどうかしている。そう思い、女は目の前のスプーンを手に取ることなく、男とプディングを交互に見やっていた。

「大丈夫です。お食べください。これを食べていただかないうちは、向こうにお通しすることができないもので」

 男の指さした先には木製のドアがある。みすぼらしく、女のいる煌々と明かりの灯った洋室とは相容れないものであったが、瞬間的な、その向こうに自分は行く必要があるのだという予感が、はじけるように女を強襲した。男の柔和な笑顔の作用もあり、女はスプーンを持つとおそるおそる、プディングに先端を差し込んだ。

 柔らかく繊細なプディングのかけらを、一口、ほお張る。途端、女の顔が小さく歪んだ。

「――いかがです?」

「……なんだか、とても苦いわ。それにすごく嫌な味。口に入れた瞬間、胸が苦しくなったほど」

 とても、食べる気にはなれない。女は許しを乞うように男を見つめたが、男は首を横に振り、女に食事の続きを促す動作をした。味の先があるかもしれませんよ。そんな目付きで、男は女の瞳を真っ向から見つめ返している。

 女はしぶしぶと、プディングを口に運び続けた。断層は苦く、渋く、いつまで掘っても味が変わることはない。溜め息が場を支配する中、時たま手を休めながらも、女は黙々とプディングを消化していく。女の挙動に、男の思いやるような視線が降り注がれていた。

 ん……。ふと、スプーンを口に含んだまま、女は手を止める。最前と違い、味わうような仕草で、スプーンを舌に受け入れていた。

「――どうしました?」

「ううん、なんだか、味が変わったんです。さっきまで苦かったのに、この一口はとても甘い……」

 しばらく味を吟味していた女は、はっと、その味の源流に思い至った。女の脳裡に情景が呼び起こされ、ゆっくりと、その手が小刻みに震え始める。女は静かにスプーンを置き、俯くと、絞るように声を発した。
 
「思い出した……。これ、お母さんの味……。よく、お母さんが作ってくれた、プディングの味です……!」
 
 スカートが、女の手によって強く歪んだ。一滴一滴、思いをはらんだ水滴が女の瞳からこぼれ、純白のクロスに、灰色の染みがいくつも形作られる。

「思い出した、全部、思い出したわ……。わたしは、ひ、ひとりきりの部屋で、首を吊って……」

 震えは体全体に伝わり、言葉は徐々に明瞭さを失っていく。女は自らを叱責するように、戒めるように声を絞り出した。

「なんで、なんで死ぬ前に思い出せなかったの? わたしを想ってくれていた人たちが、確かにいたはずなのに……。わたしは、なんで、孤独だなんて思い込んで……」
 
 洋室が優しく嗚咽で満たされる。涙が形成する染みは小さな二つの円となり、テーブルクロスを温かく濡らしていった。女はスプーンを取り、わずかに残ったプディングを大切に味わい始める。一口ごとに、女の心には親近の念が溢れ、後悔に次ぐ後悔が、その思いを無情に覆い包んでいった。

「……そのプディングは、あなたの人生を再現した味。若くして、自らの手で召されたあなたの人生はおそらく、苦しいことで一杯だったのでしょう。でも、どんな人にも、見守ってくれる人が必ずそばにいたはず。私は、そう思います」

 男の言葉を受け、女の頬により一層の涙が流れた。しゃくり上げながら、女はスプーンをテーブルに戻し、カーディガンの袖で両目を緩やかに拭った。時間を空けて男は近寄り、カップの中にかけら一つ残っていないのを確認すると、女の背後に立ち、励ますように起立を求めた。女は言われるままに立ち、それに合わせ椅子を引いた男は、恭しく扉を手のひらで指し、女に笑顔を向けた。
 
「さあ、向かいましょうか。入り口はあちらです。すみません、あのようなボロボロの扉で。天国への扉は、実はあのように質素なものなのですよ」
 
 女は目を赤くしたままかすかに笑い、細かく頷いた。その表情に憂いは感じられない。整理できたのだ、と男は安心したように息を吐き、歩きだした女の背中に、通例だが、感情のこもった言葉をかけた。
 
「お気をつけて。次の旅が、あなたにとって幸運でありますように」

 女は一瞬立ち止まったものの、振り向く事なく扉に到達し、ドアノブに手をかけた。扉がわずかに開かれた瞬間、女は一度だけ男に視線を向け、男が微笑みを返すと、苦悩を拭い去ったような輝かしい笑顔を見せ、白く淡い光の漏れる扉の向こうに、その身体を溶け込ませていった。


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このストーリーに関するコメント

13/10/27 リードマン

最高傑作ですね! 私は、プッチンプリンが大好きです!!

13/11/12 タック

凪沙薫さん、コメントありがとうございます。

いえいえ、辛口だなんて思っておりませんし、凪沙薫さんの軽妙な作品にはいつも驚かされるばかりです。私も、いろいろな作風に挑戦してみたいと思っているのですが、なかなか難しく実践できていません。よろしければ、これからも見てやってください。宜しくお願いします。

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