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タックさん

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雪山に残る慈しみの雪塊たち

13/10/18 コンテスト(テーマ):第四十一回 時空モノガタリ文学賞【 恋愛 】 コメント:3件 タック 閲覧数:1547

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 枯れ木を雪が彩り、うろを残して、全てが白く染められている。生命を温存した木々は個性を失い、同等に寒々しく、冬の訪れを目に見える形で顕示していた。
 崖下の村に比べ、山頂は身も凍るような気温である。そのため動物の躍動も無く、雪まじりの寒風のみが、環境に変化を齎す唯一のものであった。
 許容を越えた雪の塊が音を立てて落下し、木々の根元を判別無く覆い隠していく。大小累々たる山が各所に生まれ、間隔を置いて、吹き荒む強風に表面を削られるという過程を繰り返していた。

 活動には些か不穏当な環境の中、一人の老人が、僅かに残された足跡を辿り歩いている。脂肪の厚い熊でさえ行動を躊躇するような外気にも関わらず、老人の着物は薄く、防寒を度外視するような様相であった。短く刈り揃えた白髪は雪に負けじと白さを保ち、薄雲を微細に通る太陽光を受け美しく輝いている。足取りは軽く、かくしゃくとした動作でわき目も振らずに歩を進めている。 
 老人の視線の先にある、一際大きな枯れ木の下、所々が白く覆われた筵が身を寄せるように横たわっている。その風情は完全な雪塊となるまで間も無い、死間近のものであった。老人の踏む足跡はその筵に続いている。雪の落ちる重く湿った音が山頂に響く中、老人は間欠的に吹く風を物ともせず、筵に向かい揚々と歩き続けていた。  
 筵の傍で、足跡は途絶えている。黒く濡れた大木は間近で仰ぐ老人に年月の重厚さを思わせた。老人は大きく息を吐き、柔和な表情で足元を見下ろす。筵はひっそりと佇み、静かに、淡々と存在を埋没させていた。
 枝から落ちる雪が筵の表面に白い斑点を形作る。老人は額を擦りながら、筵に向かい慈しむように声を溶かした。
 
――おう、寒いか。雪、重ぐねえが。

 言葉は風に混じり、冷涼な空気に放出されていく。静寂が場を領する中、老人は間を埋めるように遠方の雪塊に目を移した。そのいびつな塊は、自然となってまだ間もない様であった。

――見ろ、あれ角の家の新吉つぁんだど。まっだく、あいづはいつまでたっても意気地ねえな。ほれ、あいづの後ろさある跡。あれ、体ば引きづったやづだど。ほんとになさけねえな。

 老人は一頻り笑い、新吉という男の思い出を語り始めた。彼が如何に弱気だったか、如何に馬鹿にされていたか、懐古に満ちた口調で、視線を固定したまま筵に言葉を掛けた。その様子は楽しげであり、また、沈黙を恐れる風でもあった。老人は珍しく饒舌だったが、言葉にすると同時に郷愁の念は徐々に消費されていき、昔語りは最後に溜め息へと変換され、再びの閑寂が、荒涼とした場に広がっていった。
 白髪に触れながら、老人は観念したように筵に視線を戻す。先刻には無い哀愁が、細く柔らかな目に宿っていた。

――…まあ、仕方がねえことだ。俺も辛がった。寒んむくて、いやに静かで、えらぐ怖がった。でも、やっぱりしょうがねえんだ。孫も大ぎくなって、ひ孫まで生まれたんでは、あの村で家族全員食っていぐのは難しい。いづか、くる運命だったんだ。なに、めんこい孫のためだおん。俺だちは、十分生ぎたっぺした。
 
 老人は振り向き、自らが歩んだ道程を眺めやる。行きと帰り、二重の足跡が薄く残り、帰路の方には行動を逡巡したような跡が多数見受けられた。

――だがら、正行ば恨むなよ。あいづも一家の大黒柱として、家族ば養っていがなくちゃなんねえ。正行も、幾つになっても泣き虫なのは変わんねえな。顔、凍らかすほどぐちゃぐちゃにしてだぞ。どいづもこいづも情けねえなあ。
 
 頬を掻きながら、老人は空を仰ぎ見る。太陽は雲に隠れ、山頂は薄暗く一段と冷え込みを増していた。突然の強風が、感情のこもる跡を朦朧と消していく。筵がはためき、茶色く変色した着物が隙間から姿を垣間見せる。

――…なんか、こうやって話すの、初めでじゃねえがや。今まで、おめえど話すごともあんまりねがったもんな。俺は怒鳴ってばがりで、おめえは脅えるばがり。正行も、いっつも怖がってたおんな。

――でも、これがらは色々話もでぎっからな。おめえに言いたいごとも沢山あったんだげどや、なかなか言えねがった。俺は根性曲がりだったからな。

 老人は筵の側に近づき、屈伸するように膝を曲げた。筵から覗く手は水分を失い、幾分と骨張っている。その染みの浮いた手を、老人は宝物を扱うような仕草で優しく握った。

――なんか、こっ恥ずかしいなや。こんなふうに、手ば握るなんてねがったがらな。ま、そろそろ行ぐか。新吉つぁんとかも、向こうさ居っからな。
 
 触れた手に温もりが戻り、全てを信頼するように、老人の手は握り返された。老人は安堵したように吐息を漏らし、胸中に去来した数多くの思いの中からどれを話すべきか迷いながら、一度も向けた事の無い笑顔の準備を始めた。


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このストーリーに関するコメント

13/10/20 クナリ

にぶいにぶいわたくしめは、かなりラスト近くになって、このむしろの中の人と主人公はどういう関係なんだろうと考えており、
このテーマが「恋愛」だったことを思い出して、ようやく気づきました。
若く、未熟で、不安定だけど素敵な恋とは違う、でも確かにひとつの恋愛の形の物語ですね。
それにしても、人生の最後の瞬間を孤独と無縁に迎えられるというのは、不謹慎ながら、幸福でもあるなと思いました。

13/10/21 タック

クナリさん、コメントありがとうございます。

まだまだ未熟で、作品に説明不足の感がたえません。自己満足の枠に、収まっているのでしょうね。

それでも、コメントをいただき嬉しく思います。今後とも宜しくお願いします。

13/10/25 タック

凪沙薫さん、コメントありがとうございます。

読み返すと、少し漢字が多すぎたかな、という印象です。妙に小難しい感じになっているような気がして、読みづらさにも繋がっているのかな、と少々反省いたしました。

それでも、評価していただき大変に嬉しいです。これからも宜しくお願いします。

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