W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

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PC破損

13/10/18 コンテスト(テーマ):第十九回【 自由投稿スペース 】 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1321

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 半年ほど前から、パソコンを持ち歩くようになった。
 旧態依然とした無様なまでにでっかいノートパソコンを、ショルダーバックに詰めると、その重さは7キロをゆうにこえた。もっと持ち運びに適した小型で軽いタブレットがいくらでも市販されているのに、そんな肩の肉にくいこむまでに重いパソコンをなぜ持つのかというと、なんであれ新しいものには抵抗をおぼえる私のもってうまれた性格とそれに、いまあるものを有効利用するというのが私の常に変わらぬ信念だったからだ。
 ショートストーリーをてがけるようになってからというもの、いつでもすぐ書けるようにと、どこにでかけるにもパソコンを携帯するようになった。だいたい案は、歩いているときひらめくことが多かった。これはいけるとよろこんだのはいいが、いざ家にかえってパソコンにむかうと、おもいだすのはそのよろこびの残滓ばかりで、肝心の案のほうはすっかりわすれてしまっている場合が多々あった。魚が餌にくいついたその瞬間に竿をあげる釣の要領とそこのところは似ている。
 だからといって、手帳とペンを用意する気にはなれなかった。手で書くという行為はすでにやめて久しい。考えはただちに、キーボードで打つことによって形を成した。
 パソコンさえあれば、たとえば図書館で、公園のベンチで、駅で、カフェで食堂で、時にはお通夜の席でさえも、おもいつけば即、コアとなる原案が思い浮かんだその一瞬に、ワードにうちこめばよかった。
 その重量など、まったく気にすることなく、どこに行くのにもパソコンを携えるようになったそれが主な理由だった。
 
 その日も私は、いつものようにパソコンをいれた黒のショルダーバッグを肩にして、家を出た。知り合いの画家の、個展にでかけるところだった。
 家の横の、歩道と道路に段差があるのは知っていた。にもかかわらず私は、足を踏みはずした。そこで踏ん張ればどうということはなかったのだが、このときパソコンの重量が上体にずしりとかかり、私はおもわず大きくまえにつんのめってしまった。頭とパソコンの2つあわせた軽くはない重量を、私のひよわな脚は支えきれなかったにちがいない。いったん崩れたバランスは、抗しがたいまでのはずみがついて、もはやどうしようもないまま私は、路面にもんどりうって倒れこんだ。
 そこは三差路のちょうど手前で、向こう側に信号待ちしている車のドライバーたちの視 線にさらされはしたものの、幸いこちらには車は一台もなかった。
 あれだけ激しく転んだわりには、手と膝に打撲の痛みを感じるだけでほかには、骨にも肉にも異常はなさそうだった。運動不足解消のため最近こっそりはじめた合気道が、私にとっさに受け身をとらせるという、奇跡をもたらしたといえないだろうか。
 倒れた際、ショルダーバッグがしたたか路面にうちつけられ、すごい音がした。私の目に、バッグからなにやら、霧か煙のようなものが噴き出すのがみえたのは、おそらく混乱したための錯覚だろう。
 その瞬間私の頭にひらめくものがあった。
 『ウエブの精』とでもいうようなものが、路面に激突したパソコンの破損部分から抜け出し、女性の姿をとって、わたしに話かけるというものだった。ウエブの精だから、知識は無限で、ただし幾分信憑性にかけるものの、そんなことは知ったことではない私の作品にはうってつけで今後、彼女を良きパートナーにして創作に精を出すという内容のストーリーだった。
「だいじょうぶですか?」
 ちかくのスーパーの袋をさげた婦人が、気づかうように私にむかって身をかがめた。見れば何人かが同じように私をのぞきこんでいる。
「救急車よびましょうか」
「なんでもありません、なんでもありません」
 いいながらたちあがろうとしたとき、バックからすべりおちそうになったパソコンを、とっさに私は両手でおさえつけた。
「それ、壊れたかもしれませんね」
 パソコンの心配までしてくれるおもいやり深い婦人に笑みをむけながら私は、その場からいそいで歩き去った。
 時間がたつうちだんだんと、私は本気でパソコンが心配になりだした。あれだけひどい衝撃をうけたのだ、無事であるほうがふしぎなぐらいだった。
 友達の個展鑑賞もそこそこに、私は帰途、最寄りのPCセンターにたちよった。
「画面もハードディスクも完全に破損しています。ふたつともとりかえるとなると、メーカに送って2週間かけて、8万はかかります。やってみないとわかりませんが、保存してあるデーターをとりだすのに3万かかります。どうされますか?」
 私のパソコンの点検をしたスタッフにきかれたとき、私はその条件でお願いする客がいたら顔がみたいものだと内心でおもった。
 店内には中古のパソコンが多くならんでいる。価格をみると、スタッフの提示した修理代よりはるかに安いものがいくらでもあったので、私はその中の一台を購入することにした。
 家にかえり、買ったばかりのパソコンをまえに、私はさっそく書き出そうとした。
 が、いくら頭をしぼっても、道で転んだことのほかにはなにも思い浮かんでこなかった。あのときたしか、ひらめくものがあったはずなのに、結局おもいだせないまま、私はながいあいだキーボートの上をちっともうごく気配のない指をいつまでもながめていた。


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