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クナリさん

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将来の夢 絵本作家
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桐ノ倉事件 その後

13/10/17 コンテスト(テーマ):第十九回【 自由投稿スペース 】 コメント:8件 クナリ 閲覧数:1793

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高校生が実の父を刺殺した事件は、町を揺るがすニュースとなった。
犯人である桐ノ倉トオルは死んでいたため、その衝撃は極端に周囲の地域へ波及することは無かったが、やはりトオルの通っていた高校へは警察が知る限りの事情を聴かせて欲しいと訪ねて来た。

校長らからの話を聞き終えた刑事達が帰ろうとすると、授業中にもかかわらず、昇降口の前で彼らを待ち伏せしている女子生徒がいた。
また別の何人かが、野次馬然として遠巻きにそれを見ている。
女子生徒――キクコは名前を名乗り、確かにトオルの犯行なのかを確認しようとした。
「まだ捜査の最中でね、そうでなくとも、こんな風なところでは答えられないんですよ」
若い刑事がそう答えた。そして続ける。
「君は桐ノ倉君と同じクラス?特別に仲が良かったのかな?」
そうですと答えれば、面倒なことになるのはキクコにも解っていた。
衝撃的な殺人事件と結び付けられ、警察はともかく、一般市民からは何かしらのレッテルを貼られ、過ごしにくくなることがあるかもしれない。
特にキクコとトオルは、男女である。まだただの友人だったといっても、無責任な周囲には口さがない噂を立てられるかもしれない。
その傷は、ともすれば深く、長く続くだろう。
火の無いところであっても、煙はいつでも立つのだから。
それを回避することは、トオルの今生の願いでもあった。
しかし、
「私は、桐ノ倉君が好きでした。桐ノ倉君も同じ気持だったと思ってます」
野次馬がざわめいた。
「ちゃんと、調べてください。桐ノ倉君が本当にやったんなら、なぜそんなことをしたのか、しなければいけなかったのか、絶対に理由があるはずなんです。お巡りさん達でも納得できるような、理由がです。だから、ちゃんと、調べて、ください」
最後の方は涙まじりで、声にならない。
死者の皮算用など、生者の衝動の前には砂上の楼閣に過ぎなかった。
と言うより、この事件の一連の中で、トオルの思い描いた通りに何かが良くなったことなど、ひとつもなかった。
トオルの行動のせいで傷付いた者は、何人もいた。
しかしその傷を恨んだ者は、世間が考えるよりも、ずっと少なかった。
ただし、そのことが正確に世間に伝えられたわけでは、なかった。
事件に関わった者達の願いも感情も、本人達を除いては、狭い島国の中で、意外なほど早く風化していった。


数年が過ぎた。
地元では『桐ノ倉事件』と呼ばれるこの事件を、改めて掘り下げようとする若いライターがいた。
彼は事件の関係者を当たり、ついにはもう社会人になっていたキクコ、そして名字を変えて働いていたサキの居所を突き止め、それぞれに取材の約束を取り付けた。
二人が暮らす場所は離れていたが、髪型が同じようなロングヘアで、どこか顔立ちも似た印象だった。
二人とも言葉を選んではいたが、事件が当事者達の思いとはかけ離れた伝えられ方をしていたことに思うところがあったようで、慎重ながらに饒舌だった。
特にサキはこれまで事件に関してはほとんど人に語ろうとはしなかったため、いまだ世間には未知の情報がいくつも出て来た。
なぜ今急に話す気になったのか、 と聞いたライターに、サキは
「ようやく自分で自分に、責任の取れる年齢になったと思ったからです」
とか細い声で答えた。
ライターはサキの翌日にキクコに会ったが、長い取材時間の間、二人とも、桐ノ倉トオルを非難するような言葉は一言も出てこなかった。
事件のせいで苦労をしたろうに、ライターにとってはこれは意外なことだった。
結局、『当事者』と『それ以外』ではものの感じ方がまるで違うのだ。自分とて、これが我が身に一切何の縁もない事件ならば、今更取り上げようとは思わなかったかも知れない。
二人に会った日は別だったが、ライターはそれぞれの取材の終わる時、共通の質問を一つした。
「ところで最近桐ノ倉さんのお宅で、まあ今は空き家なんで、『元』ですけど。髪の長い女の人が夕暮れ時に玄関先に立っているんですって。もしかして、あなたですか?」

サキは、
「私じゃありません……あの家は、思い出したくないことの方が多いくらいですから……」
と答えた。

キクコは、
「いいえ、私じゃないです。桐ノ倉君はともかく、事件のあったお家には、思い入れなんてありません」
と答えた。

どちらが嘘をついているのかは、解らない。
いや、案外二人ともちょくちょく現場となった家を訪れてるのかもな、とライターは思った。
取材を終えた帰り道、秋の空では夕暮れが燃え尽きようとしていた。
町の色が重いトワイライト・ブルーに染まり、やがて闇に変わる。
ふと、ライターは考えた。二人とも本当にあの家を訪れていないとしたら。
他に誰か、この事件に関わる、髪の長い女などいただろうか。
逢魔が刻に現れる、正体不明の女。誰だろう。
もしや、生きた人間ではないのだろうか。まさかな、いけない、雰囲気に呑まれている。
考えているうちに黄昏が終わり、夜が来た。

ライターがこれから紡ぐ記事は、今更ながらに、当時の真実のいくつかを世に晒すことになる。
それが果して、今生きている誰かの、かつて生きていた誰かの、何らかの救いになり得るのか。
それが確かには解らないことが、ライターは悲しかった。
冬じみた風にひと吹きされて、ライターはつい子供のころからの癖で、鼻を鳴らした。




桐ノ倉事件 その後 終



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このストーリーに関するコメント

13/10/17 クナリ

長々とした話をお読みいただいた方(おられれば……ッ)、ありがとうございます。
自由投稿スペースとはいえ、厚顔にも三欄も使用させていただきました。

少しでも楽しんでいただければ、幸いです。

13/10/18 草愛やし美

えっ! この終わり方ですか、この女性は……。
前段階で記述が……、これ以上のコメントはやめておきますね。苦笑

このラストで、その1へ戻って読む、すると、私が今度はライターになるのですね。趣向が素晴らしいクナリさん。面白かったです、いろいろ考えさせられました。ホラーというより、社会風刺のモノガタリですね、これは。そう思いました、長編楽しめました、ありがとうございました。

13/10/18 そらの珊瑚

クナリさん、三篇拝読しました。

どん底にいて、友だちのことを気遣うことのできるいい子なのに、なんでこんな目に合うのでしょう。外からみれば普通の家族に見えていても内情は当事者しかわからない。このような事件はもはや珍しくないし、聞いたそばから忘れていきます。けれど当事者にとっては…。
それにしても父親がここまでのことをするなんて、仕事のストレスのほかになにか理由があるような。ないのかな。彼にとって家族って何だったのでしょう。

13/10/20 クナリ

草藍さん>
はい、こんな終わり方ですッ。
この女性はまあ、生きた人間なのか何なのか、という。
>私が今度はライターになるのですね
え?
……。
………ああ。
おお……。
そう! そうなんですよ! そういう趣向なんですよ!!(うおーい!)
こちらこそ長編を読んでくださり、大変ありがたく。
自分は幸せものだなあと思います。

OHIMEさん>
お読みいただき、ありがとうございましたッ。
人が情報に食いつくとき、「自分は正義側におり、なおかつ、今得た情報を元にやっつけていいらしい人間がいるが、その人をやっつけたところで自分に何のダメージもない」と思ってしまった人が一番のモンスターです。
情報というのは出すほうのことばかりが取りざたされますが、本当に理知的な対応量や精神的な成熟を求められるのは受け手のほうだと思うんですよね。
「そうかもしれない。でも、そうではないのかもしれない」と考える余裕が常にほしいなあと思います。
マスコミには、「特定の情報を”言わない”ことによる情報操作」というのもありますしね。
そういうのを目の当たりにし続けると、心あるジャーナリストさんに対しても「所詮マスコミ」と思ってしまうかもしれない。そのときにも、受け手のレベルが問われますね。
OHIMEさんには他にもいろんなことの見解を聞いてみたいですよ。
自分の偏りが見つめなおせそうというか。

そらの珊瑚さん>
長かったのに、ありがとうございます。
そうなんですよね、内情は当事者にしかわからないんですよね、結局。
そして、当事者が周囲やマスコミに対して本当のことばかりを言うわけではないし、本当のことばかりを言ったとしてもすべてを話しているわけではないかもしれないわけで。
報道を通したり、あるいは本人の口からじかに聞いたことでも、自分が仕入れた情報を過信するのが怖いんですよね。どうしても信じたくなるでしょうし。
父親については行動の背景も考えましたが、話の主軸からずれるので記述しませんでした。
どんな理由があろうと言い訳にならないし、やってはいけないことをやっている悪役、になってもらいました。
このようなこと自体、現実ならば情報の偏りを産むのでしょうがッ…。

13/10/20 クナリ

繰り返しになりますが、この三篇の長い話を呼んでくださった方々、本当にありがとうございます。
皆様にいいことがありますように。
なるべくたくさん。

13/10/25 朔良

こんばんは、連作なのですね〜。
続けて拝読して引き込まれました。
読み進むにつれ、事件の印象が変わっていく構成も見事で…。
とっても面白かったです^^

13/10/26 クナリ

朔良さん>
ほかの視点から見なければわからない話などで、「あ、あれはそういうことだったんかー」みたくなるのが好きなので、自分でもやってみました。
3編どれも、そして通して読めばなおさら長かったでしょうに、お読みいただきましてありがとうございます。

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