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クナリさん

小説が出版されることになりました。 『黒手毬珈琲館に灯はともる 〜優しい雨と、オレンジ・カプチーノ〜』 マイナビ出版ファン文庫より、平成28年5月20日発売です(表紙:六七質 様)。 http://www.amazon.co.jp/dp/4839958211

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将来の夢 絵本作家
座右の銘 明日の自分がきっとがんばる。

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桐ノ倉事件を見た日

13/10/17 コンテスト(テーマ):第十九回【 自由投稿スペース 】 コメント:4件 クナリ 閲覧数:1586

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私が中学生の時、一度だけ肝試しに行ったことがあった。
一度だけというのは、その時の体験が怖くて、二度と心霊スポットに足を運べなくなったためだったりする。

私の家の近くに、『桐ノ倉邸』と呼ばれる一軒家があった。
邸、などと言ってもごく普通の二階建ての一軒家なのだけど、数年前にここで、土地の人が『桐ノ倉事件』と呼ぶ殺人事件が起こったため、少し飾ってそう呼ばれている。
家はそれ以来、ずっと無人の廃屋だった。

ある秋口の昼休み、学校で、級友のハルカが、桐ノ倉邸に幽霊が出るらしいという情報を、声高らかに披露した。
「夜十二時に桐ノ倉邸の二階に行くと、殺された人のお化けが出るんだって」
その噂自体は結構有名だったのだけど、わざわざ確かめようという物好きは、ハルカとともに給食をつまんでいた友人一同の中にはいなかった。もちろん、私も含めて。
「でも、そんな噂どこにでもあるじゃん。出ないと思うよ、お化けなんて」
私の口から、つい本音がこぼれた。
しまった、と思った時には遅かった。
「なんでなんで?なんでいないって解るの?いない証拠あるの?あるんなら見せてよ、自分で桐ノ倉邸に行って持って来てよ」
……。
人に嫌と言えない性格のこともあって、顔を真っ赤にして延々とまくしたてるハルカに押し切られる形で、私は次の土曜の夜に、単身桐ノ倉邸の幽霊調査に行くことになってしまった。


■■■■■


桐ノ倉事件について、私が知っていた限りのことを書いておく。
事件当時、桐ノ倉家には父・母・兄・妹の四人家族が住んでいた。
その兄が、自宅の二階で、自分の父親を包丁で刺し殺すという事件が起きた。
当時高校生だった兄は、不良だったらしい。髪を金色に染め、事件の前頃はあまり登校もしていなかったようだ。友達と呼べる人もほとんどいなかったと聞いている。
喧嘩ばかりしていて、顔によくあざを作っていた。
もともと内気な妹はそんな兄に怯えて、傷心から引きこもりがちになり、自室にこもるようになった。
そんな不良少年が、善良なサラリーマン――うだつの上がらないというか、大人しいタイプの人だったという――である父親を刺した。
あくまでも噂ながら、その理由は『父親が気に入らなかったから』。
『最近の、キレる若者の殺人事件』はそれなりに騒ぎにはなったそうだけど、この時は全国的に有名な猟奇殺人が複数起こり、それに隠れる形で、地元以外ではあまり人々に印象を残さなかった。

噂とは無責任なもので、少なくとも中学生の私達には、その後母親や妹、それに犯人の兄がどうなったかについて確かな情報は無かった。
兄は警察に捕まったとも、自殺したとも聞いたけど、人に詳しく聞くのもはばかられる事件だったので、本当のところは解らなかった。


■■■■■



土曜、夜十二時。
日付が変わると同時、私は嫌々桐ノ倉邸の玄関の前に立っていた。
この家に幽霊がいない証拠なんて、いったい何を持って帰って来ればいいのか解らないけど、まあ一通り恐怖のレポートを伝えれば、ハルカの気も済むんじゃないかと思う。
それにしても、これって不法侵入だなあ……と思いながら、ノブを回す。
当然、鍵がかかっていた。
これも有名な噂だった。玄関は閉められているけど、庭に面した雨戸やガラス戸は、幽霊が生者を招き入れる為に開けられている……。
庭へ回り、雨戸に手を掛けると、本当に開いた。
この部分の噂は本当だったようだ。
ガラス戸も静かに引き開け、私は桐ノ倉邸の中へ、靴を履いたまま上がりこんだ。
土足で悪いとは思ったけど、廃屋のガラス片など踏んで怪我をするのも嫌だ。
月がちょうど雲に隠れ、星明かりと、遠めの街灯の明かりだけが視界を助けてくれた。
板の間のリビングらしい部屋の中を、すり足気味に進む。
ざりざりと足の裏で埃がこすれた。戸締りしていても、埃というのは溜まるんだな、と思った。
ゆっくり奥へ行くとどんどん明かりが乏しくなるので、急に何かにぶつからないよう、両手を前に突き出しながら歩いていく。
左手に台所らしき空間が見えた。台所にも窓はあるはずだけど、板などでふさいでいるのか、真っ暗だった。
心霊スポットの中にある所帯じみた生活空間というのは、何となく間が抜けているような気がして、つい気が緩む。

その瞬間、台所の中に何かが見えた気がした。
白い、人影のようなものが。

不意打ちされた気がして、思わずわっと悲鳴を上げた。
(幽霊は二階じゃなかったの!?)
存在を否定しておきながら、裏切られたような気になって胸の中で文句を言った。
よく目を凝らす。
けど、台所の中には何も見えなかった。
見間違いか、と安心して、更に進む。
階段を見つけて、足を掛けた。
踏み外さないように気をつけながら、上がって行く。
夜の闇は、いよいよ濃くなって来ていた。家の中に充満した黒い空気をかき分けて進んでいるような気持ちになる。
日頃幽霊など信じない人にでも、もしかしたら……と思わせるような、不安を植え付けて揺さぶる、重い闇だった。
心細さのせいで心臓の鼓動が早まり、息も荒いせいで酸欠が起こっているのか、頭がくらくらする。
だいぶ怖気づいて来ていた私は、二階に着くと、つい駄目元で明かりのスイッチを手探りで探し、押した。
もちろん、点きはしない。
小さくため息をついて横を見ると、暗闇の中でわずかに光をまとった、ドアノブが見えた。
とりあえずここを開けて、部屋の中を見て、何もないようならそれで帰ろう。
そう思い、ノブに手を掛けた。
瞬間、わずかにふっと気が遠くなった。
先程からの気分の悪さも相まって、意識がもうろうとする。
この場の雰囲気に、だいぶ、参っている。
それでも、ドアを開けた。
中は、一家の子供の部屋のようだった。
兄と妹、どちらのものかは解らない。

けれど――部屋の中に立っていたのは、兄と思しき金髪の人物。そしてそれと対峙する、父親らしい男性だった。

闇の中に浮かび上がる、生きた人間ではないことがはっきりと見て取れる二人の人影。
幽霊は、いた。
私は全身がすくみ、動けなかった。

幽霊達は、私に襲いかかるどころか、見向きもしない。
音は無く映像だけだけど、互いにののしりあっているようだった。
少年はズボンの右後ろの辺りに、包丁を隠し持っているのが見える。
――……包丁。
これは、まさか。
桐ノ倉事件の、再現なのだろうか。
当事者達の強い思いが残留して、今も夜毎、『殺人事件』を起こしている――?
おぼろげな意識のまま、私は彼らを見続けた。
口の動きで、二人が何を言っているかを推量しようとする。
兄が口を開いた。……「我慢できねえ、殺してやる」、と言ったと思う。
続いて父親……包丁に気付かないまま、たぶん、「しつけてやる」。
そして兄……今度は少し長く言葉を吐いたが、その中で、「てめえ」「気に入らねえ」。そう、確かに言った。
動機についての噂は、正しかった。
やめて、逃げて、と私は目の前の父親の亡霊に向かって言った。
聞こえるはずも無く、父親は兄に向かって行くようなそぶりを見せる。
迎え撃つようにして、兄はズボンから包丁を素早く引き抜き、右手一本で持った凶器の切っ先を水平にして、父親の左胸へ付き込んだ。
柄の握り方が上手なのか、包丁は兄の力をまっすぐに伝え、刃の三分の二ほどが標的の肉の中に埋まる。
父親は一瞬の間をおいて、自分に何が起きたのかを悟ったようだった。
胸から包丁を生やしたままその場に崩れ落ちる体を、兄は一瞬、呆然と見下ろしていた。
父親が何かを、兄とは別の方向に向かって叫んだ。
助けを求めているのだろう。必死な形相で。
兄がその父に馬乗りになり、右手で包丁を掴んで胸から引き抜いた。
そしてその刃を――……。
父親の大きく開いた口の中に、突き刺した。

「いやああっ!」
私は思わず、悲鳴を上げた。
それきり、目の前の二人は消えた。

震えながら、這うようにして、私は階段を下り、入って来たのと同じガラス戸から逃げ出した。
雨戸を閉めたかどうかも覚えていない。
どちらにしても、もう戻る気などしなかった。

翌日、ハルカ達に一通りの体験を話した。
信じてもらうことが目的ではなかったけど、やはり全員が疑わしい目で私を見た。
放課後になり、友達五人ほどでの集団下校のような形で、私達は学校を後にした。
道すがら、ハルカが
「桐ノ倉邸、見に行こうよ」
と言い出した時は、こいつどうしてくれよう、と思った。
けれど、他の友達は全員賛成して、私も雨戸の件は一応気がかりだったので、家の前を通り過ぎるだけで帰るという条件付きで、しぶしぶ付き合うことにした。

桐ノ倉邸に差し掛かる。
夕刻も終わりかけ、黄昏時の毒々しい赤が、濃紺と混じって二階建ての家を染めていた。
遠目に見ると雨戸は閉まっていることが解り、安心した。
「でもさあ」
友達の一人が口を開いた。
「自分の親を殺すって、どんな気持ちなんだろうね」
別の一人が答える。
「しかも、理由『気に入らないから』でしょ?ありえないって。
自分を食べさせてくれる人だよ?」
「あたしお父さんあんまり好きじゃないけど、死んだらいいなんて思わないなあ」
「あたし達とは違うんだよ。まともじゃない人ってのはいるんだって」
口々に言い合っていると、ハルカが、
「まあ、そのお兄ちゃんて不良だったらしいから、ばかだったんじゃない?」
と結んだ。
それを聞いて、私以外は皆笑っていた。
けど、私は一人で同調できずにいた。
昨夜見た兄の幽霊。
その表情を見た私は、彼が表層的で軽薄な癇癪ではなく、もっと深い感情を抱いていたように思えたからだ。
それが何なのかは解らないし、ただでさえあの時は頭がはっきりしなかったのだけど、少なくとも今、彼を貶めて笑う気にはなれなかった。
皆そのまま歩き、桐ノ倉邸の前を通り過ぎようとした時、門の前に一人の女性がたたずんだ。
髪が長く、落ち着いた色の服を着ている。
桐ノ倉邸のすぐ前に立ち、家の方を見ているので、私達からは正面から顔を見ることができなかったけど、顔立ちの整った、きれいな人に思えた。
友達の一人が、私に耳打ちした。
「肝試しに来たのかなあ」
まさか、と思っていると、ハルカがその女の人に声をかけた。
「気を付けた方がいいですよ。幽霊の噂聞いたんでしょ?  ここ、本当に出るんですよオ」
女の人は桐ノ倉邸から目を離さずに、後姿で答えた。

――……ええ、そうなんですってね。
ここまでは何度も来ているんですけど、だから、
中に入る勇気が出ないんです……――

私達はそのまま歩き続け、角を曲がり、桐ノ倉邸は見えなくなった。
友達の話題はすでに、当時流行っていた歌やテレビ番組に移っていた。

私は一人、色んなことを考えながら、ほとんどしゃべることなく、家への道を歩いた。
まもなく、黄昏が終わった。



桐ノ倉事件を見た日 終


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このストーリーに関するコメント

13/10/17 そらの珊瑚

クナリさん、拝読しました。

なんて勇気のある「私」でしょう。夜中、一人でって、私なら絶対できそうもありません。肝がすわった女の子ですね。
殺人の再現フィルムを見ているようで、ドキドキしました。
殺人の動機に何かもっと複雑なものがありそうな予感!
このお話の続き、とっても気になります。

13/10/18 草愛やし美

クナリさん、もうもう怖がりなんですから、読ませないで下さいよ。だのに……読んでしまって、今、心臓が。たぶん、今、心電図はやめておいた方がよさそうです。「異常検知!!」って出ますから。

主人公さん、凄いお人ですやん、懐中電灯持っていかないで入る勇気。いや、そこじゃないやろ、つっこむのは。まず、入る勇気です。入れないよぉ、いくら言われて約束しても。しかも二階へ上がるだなんて、とてもじゃないけど、無理だあ。将来、心霊を研究する機関に進まれるか、神霊師になるとか、普通の人にできないことできますよ。そう確信した私です。
って、コメントなってないしぃ、怖くて、コメント普通にすると祟りがこっちにきそうであきまへん、さいならε=ε=ε=(/ ̄□)/

13/10/20 クナリ

そらの珊瑚さん>
ありがとうございます。
クナリの書くホラーの主人公、特に女性は、基本的に生命体としての
基本的なアンテナが数本抜けていることが多く、平気でずかずかと
危険区域に乗り込んで行きます。怖い目にあうまでは怖い目には
あわないんだ、というクナリの近視眼的価値観の表れかもしれませぬ。
続きはあんな感じでした。
長くてすみません。

葵更さん>
そういえば、きさらさんの漢字は当て字なのでしょうか。
こういうつづりがあるのでしょうか。などと気になりますが、いちおう
ホラーとして書いたので、怖がっていただけてうれしいです。よしよし。
続きは長くて申し訳ない長さで(日本語変)。
こちらこそ葵更さんの作品は勉強になることが多そうで、これからの
ご活動を楽しみにしております。

草藍さん>
そうおっしゃりながら読んでくださる草藍さんのありがたさときたら。
懐中電灯って、必要性を感じたことがないんですよね。
自分、育ったのが千葉県の新興住宅地だったのですが、夜でも街灯が
煌々としていて、一度二年参りに懐中電灯持って行ったら夜なのに
明るすぎてただの荷物に成り下がったという経験をして以来、あまり
重要性を感じないアイテムになってしまったというか。
いけませんね、災害への危機意識が希薄です。
クナリの書く主人公がなんだかんだ危険に踏み込んでいくのは、
危険=楽しい、というクナリの根本的な価値観のせいかもしれませんね。
ジェットコースタとかホラーハウス大好きですし。
富士急ラヴ!














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