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クナリさん

小説が出版されました。 『黒手毬珈琲館に灯はともる 〜優しい雨と、オレンジ・カプチーノ〜』 マイナビ出版ファン文庫より発売中です(表紙:六七質 様)。 http://www.amazon.co.jp/dp/4839958211 twitterアカウント:@sawanokurakunar

性別
将来の夢 絵本作家
座右の銘 明日の自分がきっとがんばる。

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再生は、喪失の中で

13/10/12 コンテスト(テーマ):第四十二回 時空モノガタリ文学賞【 都市伝説 】 コメント:8件 クナリ 閲覧数:2761

時空モノガタリからの選評

堕ちて、堕ち尽くして、だからこそ美しい。

言わずと知れたクナリさんの作品。油断していると作品の底の底の何ものかに嵌まり込んで引くことも進むこともできなくなる。
「人殺しが死ぬ間際は、走馬灯の中に必ず自分の殺した奴が出てくるんだと」という都市伝説を「刺激的だったのは、話ばかり」と反用ですっとさし出してくるところからしてただならない。
「私」が、大量の睡眠薬を飲み下し、暗い火花が散る瞼の裏に少年を見て知ったことをきっかけに、自分の経験を総動員して探した彼を誘うセリフが悲しい。「この醜い笑顔の女と、二度と口を利きたくないと思った」少女時代、「今は荒れた畳の上に転がり、カレンダすら見ない日々」「生きる理由も気力も、生きているだけで、すり減って消えた」という生活を統括してさらに、堕として堕として堕としきってしまう。
「酷薄な可能性にすがって」「ひとまず今日を生きる」という再生の感情はだからこそ、美しいのだと思う。淡く灯った丸い月のように。

時空モノガタリS

「誰かに構われることに飢えすぎている」主人公のうちに宿った子供の死をきっかけに「意味のある感情」の片鱗にふれ、「論理的でも、感動的でもない再生」を果たす、喪失と再生の物語。
生きることの難しさの中でも消えることのない、生きたいという本能的な感情を、身体的な痛みを通し、繊細に見事に表現されていると思いました。
物凄く主観的な描写なのに、読む方が置いてきぼりにならずに読めるのも、すごいと思います。
 先生や隣の部屋に住む男子高校生と主人公との、微妙な距離感の人間関係の描写も、作者の個性と巧さを十分に感じさせてくれました。

時空モノガタリK

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睡眠薬なしでは眠れなくなってから、どれくらい経つだろう。
二十代も終わろうとしている今、働きもせず、私は狭いアパートの隅で、虫のように暮らしていた。
水商売をしていた頃には堅気じゃないお客も来て、時には物騒な都市伝説を教えてくれもした。
「人殺しが死ぬ間際には、走馬灯の中に必ず自分の殺した奴が出て来るんだと」
刺激的だったのは、話ばかり。
今は荒れた畳の上に転がり、カレンダすら見ない日々。



子供の頃から、夜に眠れたことがない。ベッドの中の退屈は苦痛で、毎晩家を抜け出しては宵闇の町を歩いた。
夜も家にいつかない親には気付かれず、私の彷徨は、十二歳の時に補導されるまで続いた。
不眠の苦痛から、中学二年の頃、やむなく睡眠薬の服用を始めた。
母親には「昼寝のし過ぎなんじゃないの」と笑われた。その時、この醜い笑顔の女と、二度と口を利きたくないと思ったのを覚えている。

高校一年の時、十歳年上の先生を好きになった。
きっかけは、不眠症のせいで昼はいつもぼうっとしていた私が、ある日資料室の長椅子で、うたた寝したことだった。
目を覚ますと隣に先生が座っており、その肩には私のよだれが滴っていたので、絶句した。
1怒られる、2無視される。どっちだろうと、私は身構えた。
ところが、
「夜、眠れてないのか」
3真顔で心配される、は予想だにしなかった。
それだけで、私は先生にころりと溺れた。誰かに構われることに飢えすぎているのかと、自分でも驚いた。
ある放課後、二人きりの資料室で、私は制服の上を脱いで先生に迫った。
「僕には、妻がいるよ」
「奥さんがいたら、何でだめなんですか」
下着姿で抱きつくと、先生が私の頬を張った。恥ずかしさと悔しさで、私は逃げ出した。
その日の夜に、処女は、好きでもない男にくれてやった。前から言い寄られていた、クラスの男子だ。
痛くて気色悪い初体験の後遺症は深く、その後三カ月ほど私は生理不順に見舞われ、ある日体育の授業中に、突然戻って来た出血におののかされた。
女の体も心も、鬱陶しくてたまらなかった。



生きる理由も気力も、生きているだけで、すり減って消えた。
女。社会人。どちらも、もうまともに復帰できる気はしない。
ここらで、いいや。私は大量の睡眠薬を飲み下した。
意識が混濁し、暗い火花が散る瞼の裏に、有象無象の顔の群れが浮かんだ。笑う母。酒と父。店の客。
その中に、園児くらいの、見知らぬ少年がいた。
こんな子、知り合いにいたっけ。不思議に思っていると、少年は、とろとろと私の方へ歩いて来た。
その不安定な顔だちが、不気味に感じた。
どこかで見た気がする。
誰かに似ている。
誰に。
誰って。
その口が開く。
声はしない。
この子の声を知らないから。でも、何と呼ばれたのかは分かった。
ああ。
あの時のあれは、生理不順ではなかったのか。
あの時の出血は、経血ではなかったのだ。

意識が回復すると、酷い吐き気と頭痛に襲われた。同時にいくつもの衝動が胸の中に溢れ、複雑すぎるそれらを処理できないまま、嗚咽する。
アパートの外廊下から、足音がした。外を見ると夕暮だ。隣の部屋に住む、男子高校生が帰って来たのだろう。
私がドアを開けると、やはり隣の子が歩いていた。私に頭を下げ、通り過ぎようとする。私の中の感情は、制御されないまま、その子に向けられた。
「ねえ」
「はい?」
用などない。ただ、今は無性に、人恋しかった。この暖かそうな生き物を逃がしたくなくて、私は自分の経験を総動員して、彼を誘うセリフを探した。
「私とやろうよ」
最悪。
男の子は少し戸惑いながら、
「やりませんよ。彼女じゃないんですから」
「彼女じゃなかったら、何でだめなの」
「あなたを好きな人に聞いてください」
男の子は、隣の部屋へ入って行った。
私はドアを閉め、一人になると、今自分がしたことを思い出して悶絶した。
こんな感情が、自分のどこにあったのだろう。あの、一人で夜を歩く姿こそが自分の本質だと信じていたのに、いつの間にか、何と寂しがり屋になったものだろう。
今なら分かる。あの時、先生は私を拒絶したのではなく、信頼してくれたのだと。それを裏切り裏切り、感情の御し方一つ知らないまま、私はここまで来てしまった。
こんなに寂しいまま、誰が死ねる。

今日までに失った物は、何とも多い。
これから手に入る物など、どれほど価値のあるものか。
それでも、いつか生じるかもしれない、意味ある感情に巡り合うため、ひとまず今日を生きるのか。そんな、酷薄な可能性にすがって。
でも、そう言えば、多分感情とは、そういうものだった。

論理的でも、感動的でもない再生。
きっかけは、私の、女の体が灯したもの。
窓の外を見た。
空の端には、淡く灯った、丸い月。

あれは、明日も、昇る月。


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このストーリーに関するコメント

13/10/12 光石七

気だるい雰囲気の中に人の本質を入れ込む、クナリさんらしいお話だと思いました。
タイトルの通り、再生は喪失から始まるのですね。
“こんなに寂しいまま、誰が死ねる”という一文が心に響きました。
意地でも幸せをつかんでほしい、主人公を応援したくなりました。

13/10/12 そらの珊瑚

クナリさん、拝読しました。

>人殺しが死ぬ間際には、走馬灯の中に必ず自分の殺した奴が出て来るんだと
この言葉はきっと伏線になっていると思いながら読み進めていくと、やはり意図せず堕胎していたのですね。(違っていたらごめんなさい)

喪失のなかから再生することは容易いことでも、他人任せでもなく、ドラマチックでもなく、あるきっかけやほんのささいな日常からなのかもしれないと思いました。
月は明日もきっと昇ることでしょう。希望を感じさせる美しいラストにほっとしました。

13/10/13 草愛やし美

クナリさん、拝読しました。

独特の文の運び方、素晴らしいですね。思わず、のめり込んで読み進みました。主人公の彼女の行き場のない心の軌跡を、丁寧になぞっておられ、2千文字の作品だとは思えない完璧なまでのラストに唸りました。〆かたがいつもながら、芸術的でうまいですね。

13/10/13 そらの珊瑚

↑コメント訂正します。堕胎ではなくて、流産でした。
度々すみません。m(__)m

13/10/14 クナリ


一生懸命書いたのですが、なんだか見直してみると、適当に書いたかのような感じが
ひしひしと伝わって来てなんでだろう難産だったのにおにょれという感じの。

光石さん>
ひ、人の本質でありますか。
自分、いつの間にそげなえらそげなものを。
まあ、何かを失ってるなー自分、と思ってから、じゃあどうするべえかというのが
人の浮沈を分けるのかなーなどと思ってみたり。
本当、「別にいつ死んでもいいなあ」と思ってる人って意外と多いと思うんですけどね。
クナリは冷たい人間なので、自分と縁もゆかりもない人が亡くなっても悲しんだりとか
あんまりしないと思うんですが、死のうとしてから何かの間違いででも社会復帰して来た
人は、一目置きますね。この人は、報われてからでなきゃ死んでほしくないなあなんて。
主人公は一応美人という設定なので、たぶん幸せになるでしょう(おい)。

そらの珊瑚さん>
もう、今から読み返すと唐突過ぎて、笑ってしまいますよ。<都市伝説のくだり
いえ、ちーとも笑えませんがッ。
そうなのです。体育の時間中に、激しく運動したせいで流産しておりました。
以前医学系の雑誌か何かをちんぷんかんぷんに斜め読みしたところ、「妊娠した
女性が妊娠初期のうちに受けた衝撃や運動により、妊娠にも気付かず流産する
ことがある。胎児の遺体は母体に吸収される」みたいなのを読んだことがあり、
本人も妊娠に気付いてないなら誰が証明するのかその現象、とおもいつつ
妙に心に残ったので頭の隅にとっておいたらこのような物語になりました。

OHIMEさん>
なんでしょうね、一人の人間の心のありようを追いかけて行ったらそれがストーリーになる、
みたいなことを、今回の自分はしたかったのかもしれませんね。
そうだとすれば、完全にどなたか様の影響ですね。本当、昔から影響されやすいんですよ。
読んでくださる方への伝わりやすさ、みたいなものは毎回それなりに意識しているのですが、
それだけにお言葉有り難いです。
意識的にバッドエンドにしようとか、ハッピーエンドにしようとかは、意図的に決めて
いるのではなく、登場人物になりきって考えたらどうなるかなあ…と想像して終着させて
いるので、今回は後者になって、書き手としても喜んでおります。
こちらこそ、コメントありがとうございました!

草藍さん>
最近、いかすショート・ショートを読みまして、文体についてはその作品の影響が
あるっぽいです。うまく自分のものに出来ればいいのですが。いえい堂々盗っ人。
これ、気を付けて丁寧に話を運んで行かないと、支離滅裂になって分解されたまま
終わりそうだったので、はすっぱに書いているように見えるかもなのですが、
草藍さんおっしゃる通り、流れだけは意識して丁寧に書きました。
言及していただけて嬉しいです。
げ、芸術的でありますか。
なんか主人公がばたばたしてる割に閉じた世界で終始している気がしたので、ちょっと
遠景のもので視点を広げて終わりたいなあという着想からこのような終わり方に
なったのですが、そのようにお褒めいただけて光栄です。
ありがとうございます。

13/10/14 遥原永司

読ませて頂きました。

これは単に私の解釈力不足のせいかも知れず、細かい突っ込みとなってしまうのですが、最初の方の、
>虫のように暮らしていた。
ここが今一イメージしにくかったです。
虫というのは純粋本能のみで生きているだけに(多分)、ある意味よっぽど”働いている”のではないだろうか?と思ってしまったからです。”虫ケラ”とかなら、下等な存在とみなしている感じがあって、主人公は自分をそう評価しているのだな、とすぐに判断がついたと思うのですが。本当に細かい突っ込みですいません・・・最初の方の文章って、これから物語に入っていくぞっていうエンジンの掛け始めなところなので、そこで引っかかるとどうしても気になってしまうんです。

物語の内容につきましては、読み終えて、そうかー、って感じでした。
何であれ評価されるものはそうですが、特に人の生き様を扱ったような作品は読み手によって大きく感想が違ってくるものだと思います。私が御作からほとんど感じるものがなかったのは、私自身が極度に鈍感なのか、冷たいのか、それとも自覚がないほど幸福だからなのか・・・とか、そういった意味ではとても考えさせられる作品でした。

13/10/17 クナリ

くくるさん>
お読みいただき、ありがとうございますッ。
虫については、隅っこでちまりちまりと暮らしている、くらいのイメージでしたね。
虫の営みを「働いている」というふうに捉えたことのない、冷たい人間なのですよ、自分は。そういえば、「アリとキリギリス」みたいに擬人化した作品では、昔からある価値観ですよね。
この主人公は人様から好感を得たり、励まされるタイプの人間ではないと思うので、何も感じることがないほうが多いんではないかと思います。
それこそ、寂しさとか後悔とかで、似たようなものの感じ方や捉え方をしたことがなければ、「ふーん」で終わってしまうと思いますし。こんな子。
ストーリーでテーマを語る話ではないので、くくるさんが冷たいやら鈍感やらということはないですよ、勿論。

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