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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

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頭は雲の上に

13/10/05 コンテスト(テーマ):第十八回【 自由投稿スペース 】 コメント:4件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:3422

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 その朝小雪は、七時五分に目をさました。
 いつもより五分、遅い目覚めだった。
 ベッドから起き上がろうとしたとき、パジャマの肩の部分がビリッと音をたてた。床に足をついたとき、こんどは腰のあたりがまた、ビリッと破れた。
 パジャマはそれからも、小雪が動こうとする度に破れつづけて、洗面所にいきついたときにはもはやボロボロで、ほとんどパジャマの形態をなしていなかった。
 トイレにはいったとき、どちらもの肩が、両側の壁にふれた。いつもはいっぱい余裕があった。しだいにその圧迫感は増してきて、まるで壁そのものが両側から迫ってくるような不安を感じて、あわてて出ようとすると、はたして体は壁につかえて、そこから出るには体をむりやり横にしなければならなかった。
 リビングに立ったとき、頭が天井にふれた。室内全体が半分ぐらいに縮んでいて………いや、そう思ったのは錯覚で、体のほうが倍大きくなっていた。ワンルームマンションとはいえ、小柄な彼女にとってはいつもひろびろと感じられた空間のはずがいまは、身動きとるのさえやっとの窮屈な場にかわっていた。
 体はなおも大きくなりだした。
 そのうちここから出られなくなる―――そんな恐怖にかりたてられた彼女は、いそいで衣服を身につけようとしたが、その試みが完全に不可能だとわかると、一番大きなコートをとにかく肩からはおって、出口に走った。が、すでに体は通路を抜けることができなかった。小雪はとっさに窓を全開し、頭からさきにはいだすようにしてようやく、一階の自室から出ることに成功した。
 マンションの前はわりとひろい公園になっていて、大勢の中高年のひとたちがあつまって、日課のラジオ体操をやっているところに、小雪があらわれた。
 すでに、そばにたつ木よりもまだ高い小雪をみて、みんなは愕然と目をみはった。
「あらあら、服がひどいことに。困ったわね………」
 上品そうな一人の婦人には、そのことがまっさきに気になったようだった。 
 実際巨大化した小雪には、いまでは衣服はないにもひとしかった。公園内が騒然となるうち、だれかが家から防災用のシーツをもってきた。
「お嬢さん、これを身に着けて―――」
「ありがとう」
 小雪はすなおにそのブルーのシーツを身にまきつけた。
 だが、それからも彼女が大きくなるのをみた人々は、自宅からカーテンや毛布をもちより、なんとか体をおおって肌の露出を防がんものと、躍起になった。
 そのころにはこの出来事は、辺り一帯に知れ渡っていて、たちまち公園の周囲に黒山のひとだかりができた。
 小雪の体はみているあいだにもますます巨大になっていき、たくさんの人々からあたえられたシーツの類はたちまちあちこちに隙間ができた。
 何人かの連中が、小雪の体にスチール製のはしごをたてかけた。それをつたって彼女のうえによじのぼったかとみると、肩にかかえた布束をひろげて、それを針でぬいはじめた。
 小雪に恥をかかせないようにすることは、我々の責任だとばかり、全国の仕立て職人たちが集まりはじめたというニュースがネットでながれだしたのはそれからすぐのことだった。
 小雪の体は、さらに巨大化をすすめ、いまではあたりのビル、マンションをしたにみおろすようになり、ちかくの超高層ビルを追いぬくのはもはや時間の問題となった。
 見物人たちは、いったいどこまで大きくなるのかと、固唾をのんでみまもっていたが、当の小雪のほうは、もうここまでばかでかくなったら、あとはなるようになれとひらきなおって、蟻のようにみえる地上の群衆に、笑みをなげかけさえした。
 いまもなお、職人たちのシーツ縫いは続いていて、しかしさすがに梯子では限界があり、ヘリコプターから吊下げられて針をあつかうという、危険をもかえりみない誇り高いふるまいにでるものもいた。
 小雪はもう、そんなことにも関心がなくなっていた。
 すでにスカイツリーをはるかにこえた時点で、羞恥の感情とは縁を切っていた。青く輝いていた空が藍色にかわり、そこに星がちらばるのをみては、そんな人間的な気持ちがうすれるのも無理ないというものだ。
 足元をのぞくと、地平線がまるくみえた。
 地上のなにもかもが、地図のように遠ざかっていき、地球のうえにたっているという実感をいまほど意識したことはなかった。
 月が、頭上にせまってきた。
 小雪は、腕をあげて、月の表面に手をあてた。自転する地球のために、彼女がその手をすこしずつずらしているとき、体全体がむず痒くなって、なんだか足がきゅうに宙に浮くような感覚にみまわれた。
 臨界点をすぎて、ようやく縮小するときがきたのだろうか………   
 足の先が地面からはなれているのはどうしてだろう。彼女の手はまだ月の上にあった。 と、体はみるみる収縮しだして、気がついたときには小雪は、月の上で逆立ちをしていた。
 あたりは静かだった。
 彼女はたちあがると、わずかに身にまつわりついていた布を、力まかせにはぎとった。
 さらさらした土の上に横たわると、色のないモノトーンの光に全身が、ヴィーナスのように白く輝いた。
 またいつか、体が地球にむかって大きくなりだすときがくるかもしれない。それまでここで、のんびり過ごすのもわるくない。
 体はもとのサイズにもどっても、心はいまでもゆったりと大きなままなのを知って小雪は、あたりをはばからずに笑いだした。
 


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このストーリーに関するコメント

13/10/07 rug-to.

人の描き方が好きです。
このシチュエーションならいろんな人物像が描けそうですが、あえてこういう動きをする物語が読めてよかった。

13/10/08 W・アーム・スープレックス

rug-to.さん、はじめまして。コメントありがとうございます。

読んでよかったとおっしゃってくださる方がいて、私も本当によかったです。―――あえてこういう動きというより、こういう動きしか描けなかったというのが、正直な気持ちです。

13/10/09 草愛やし美

W・アーム・スープレックスさん、面白いですね。

ラストで笑ってしまいました。そこまで、行かなくては、面白くないんですよね。
ウルトラマンも真っ青な、小雪ちゃん。名前に「小」がついているのは、洒落ですよね。楽しませていただき、ありがとうございました。

13/10/09 W・アーム・スープレックス

草藍さん、こんにちは。コメントありがとうございます。

もっと楽しんでいただける作品が書けたらといつも思うのですがなかなか、技量がそれに追いつきません。読んだ方が腹を抱えて笑い転げるようなものが書けたら最高ですが、書いているうちに自分が笑ってしまって、そういう場合はたいてい、読んでもひとつも面白くない場合が多いです。

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