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ケイさん

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京都に、行けない

12/05/09 コンテスト(テーマ):第五回 時空モノガタリ文学賞【 京都 】 コメント:0件 ケイ 閲覧数:2285

時空モノガタリからの選評

最終選考

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「俺、京都に行ったことないんだよね」
「え? 修学旅行とかで行かなかった?」
 喫茶店のテーブルで向きあっている彼女が、大袈裟に驚いた。
「小学生の時は極度の下痢、中学生の時は足を骨折、高校生の時は金沢だったから。縁がないというか」
「ふうん。京都に行ったことない人なんているんだ。だってもう社会人でしょ」
 彼女はアイスティーのストローを、俺の鼻先に突きつけた。その態度が俺の心に火をつける。
「よし、今度の週末行こうぜ」
「ええっ。急だねえ」
「思い立ったら何とやらだ」
 こうして京都旅行の計画を立てたのだが、当日朝になって彼女が別人のような声色で電話をかけてきた。
「ごめん……すごい熱で。インフルエンザかも」
 受話器越しにウイルスが飛び出してきそうな激しい咳を耳で受けながら、俺は「お大事に……」と言って受話器を置いた。さて、と考えたが、一人でも行こうと思って家を出た。
 最寄り駅に赴くと、改札に人だかりができている。
『大変申し訳ありません。車両故障のため、復旧の見込みは立っておりません』
 駅員の悲痛な声がこだまする。俺はタクシーに乗ろうと思い、踵を返す。しかしタクシー乗り場は行列のできる店を彷彿とさせる大行列で、いつ乗れるか見当もつかない。車を持つ友人に電話をしたが、どいつもこいつも予定があると言って断られた。
 結局、俺は締めた。
 
 あまりに悔しく、その後も京都行きに挑戦したが、悪天候で電車が止まったり、自分が怪我をしたり、途中で財布を紛失したりと、京都に行けない状態が続いた。
「呪われてるんじゃない?」
 彼女はあっけらかんと笑ったが、俺は笑えなかった。そんな馬鹿なことあるはずがない。たまたま運が悪すぎただけなんだ。

 しかし事態は変わらなかった。何年経っても京都へ行けない。俺は何度も何度も挑戦した。だが駄目だった。必ずトラブルが起きるのだ。まるで本当に京都が俺を避けているように……。

 俺は京都へ行くことに人生を賭けようと思った。強大な権力と莫大な金があれば、必ず行けるはず。俺は働いた。がむしゃらに働いた。京都へ行くために。

 巨大企業グループの社長にまで上り詰めた俺は、あらゆる手段を講じて京都行きを試みた。だが無駄だった。車が壊れたり、重い病気を患ったり、親戚が亡くなったり……権力や金で動かせないものたちが、俺を阻むのだ。ある時など自家用ヘリに乗り込んでみたが、操縦士の具合が悪くなって引き返したこともあった。
 それでも俺は時間を見つけては京都へ向かった。しかしその度に跳ね返された。そして俺に残された時聞は確実に少なくなりつつあった……。

 俺はベッドに寝ていた。周りには妻や子供、孫たちの顔が見える。そろそろ俺の命も尽きようとしていた。
「人生に心残りがあるとすれば、一度でいいから京都へ行ってみたかったな……」
 妻は私にストローを突きつけたことを後悔していたが、それは関係ないだろう。しなくても結果は変わらなかったよ、と俺はもう何年も説き続けていた。
 俺は妻に遺言を告げた。俺が死んだら遺骨の一部を京都の寺へ埋葬してくれと。妻は不安そうな顔を作った。骨と化した俺も、京都に入れないのではないかと心配しているのだ。それならそれでいい。ただ、最後まで機会は逃したくないのだ。
 
 人生が走馬灯のように巡りだした。しかし京都に行けなかった記憶ばかり。俺は流れ行く風景を見ながら苦笑した。ぼんやりと自分の生き様を眺めていたが、ある一点が目にとまった。あれはいつ頃だ? 意識を集中させ、その一点へと焦点を合わせる。
 俺が五歳くらいの頃か。足もとに何かがある。何だろう? と思ってズームアップする。地図だ。周囲が濡れている。何をしたんだっけ……あっ、そうだ。俺はいたずら心から、地図に小便をかけて喜んでいたんだ。男子特有のあのノリで……。自分の行為に吹き出しそうになったが、開いているページを見て血の気が引いた。それは京都のページだった。京都全体が小便にまみれ、黄金色に輝いている。
 まさか、この一件があったから、京都は俺を……いや、そんな馬鹿な。だが、現実に俺は京都に行けなかったではないか。何ということだ。京都は俺を本当に……。俺は激しく悔いた。そして心から京都に謝った。
「ごめんなさい……」
 これが俺の最後の言葉となった。
 
 火葬された後、故人の遺言どおり、遺骨の一部を京都の寺へ運ぶことになった。戦々恐々としていた家族たちをよそに、遺骨はすんなりと京都へ運びこむことができた。家族は不思議がったが、さすがに骨だから行けたのだろうと皆納得した。
 そう、誰も知ることはなかった。京都が許してくれたという、本当の理由を。
 


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