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堀田実さん

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性別 男性
将来の夢 作家になること
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夢待ち

13/09/23 コンテスト(テーマ):第三十九回 時空モノガタリ文学賞【 待つ人 】 コメント:2件 堀田実 閲覧数:2475

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 いつになっても訪れない夢に金城孝之はやきもきした気持ちを抱えながら、ギィギィと音を立てる古びた椅子の背もたれに凭れ掛かっていた。指折り数えながらいったい何日が経過したかを思い返してみる。日の光がカーテン越しに淡い色を放ちながら注いで部屋の隅から隅をぼんやりと照らし出している。角の木枠に隠れていた蜘蛛もそっとタンスの背後へと隠れる。小学生になると同時に買ってもらった勉強机には蕾のままのチューリップが咲く時を待っていた。
 既に彼が生まれてから11351日も経っている。中学生の頃には一度弁護士になるという夢を抱いていたものの、担任の教師に相談し「お前には無理だ」と言われたために購入したばかりの参考書のページを全て水で浸した。庭に出てエアコンの室外機の上に放置してから数日、徐々に乾燥して硬くなっていく紙の束を眺めてはしばらくの間また夢が訪れることを期待していた。
 しかし弁護士を諦めてから248日目にはもう二度と夢は訪れることはないだろうと思うようになっていた。あれから何事に対してもやる気は起こらないし、何をするでもなくベッドの上に横たわることが多くなった。目を瞑ればたくさんの光の輪っかが現れては消えていった。時には瞼の裏の微細な血管が見えたような気がし、そうして眺めているうちにいつの間にか朝になる。そんな日が続いた。庭先に放置し続けた紙の束もいつの間にか室外機から落下し、徐々に斑点模様の穴が空きはじめていた。
 それからの人生に特に変わったことはなかった。中学を卒業すれば高校に行き、高校を卒業すれば大学を出た。大学を出てからは何もしなくなったがそれはまだ夢が見つかっていないからに過ぎなかった。幸い寝る場所も食べる場所もあるし生活に困ることはなかった。今までやってきた生活を繰り返すだけですべて事足りた。父は孝之が生まれた時、既にそうであったように未だに働いているし、母もたまのパートに出るぐらいで日のほとんどは家にいた。金城家では孝之が生まれてからこの方何も変わったことはない。ただ肉体が、孝之の内部でうごめく細胞が分裂と肥大を繰り返し孝之がかつてよりも見た目が大きくなったことだけは変わっていた。何もしないでも孝之は勝手に育ち、両親は老けていく。生活パターンは繰り返され、永遠に続くような日常が現れては消え、現れてはまた消えていった。
 11352日目、孝之はまだ夢を待ち続けていた。31歳になってまでもまだ開けてこない人生に寛容になって身を任せながら、何かの変化があるまで待ち続ける。花が水を与えられるだけで育つことができるのであれば、孝之もまた育てられるだけで花を咲かせることができるに違いなかった。今日もまた何をすることもなく椅子の背もたれに背を掛ける。窓の外には隣家の二階の窓が見えたが、誰もいる気配がなかった。誰かに見られる心配はないし、見られたとしてもただ椅子に座った人間がいるとしか思われることはない。
 ゆっくりと目を閉じる。フラッシュのようにすかさず光が飛び散り、次第に暗闇が訪れる。集中力が続かないうちは何を見ているのか、目の前で何が起きているのかわからないが、徐々に現れては消えていく光の輪っかの明滅を捕えることができれば、あとは自動的に不思議な模様は繰り返し現れた。そして徐々に、ゆっくりと光の輪っかは大きくなりはじめ、消えていくことなく視界の真ん中に留まりはじめた。いつのまにか上下左右は消え去って大きな暗闇に放り込まれている気がした。孝之はこの瞬間が、まるで宇宙を泳いでいるようなこの瞬間を何よりも好んだ。
「たかゆき、ごはんよ」母の声がする。途端に身体は重くなり宇宙はどこかへ消え去ってしまった。胸が苦しくなって動悸がした。見上げれば細長い蜘蛛が天井を這っていた。
 生きているというのはなんて不思議で、他愛もなくて、上手くいかず、面倒臭くて、苦しいほどに変化のないものなんだろうと孝之は思った。起こっては消え、起こっては消えていくあらゆる出来事はどうして僕を急き立てるんだろう。ただそっとしておいてくれればいいのに、ただ僕をいない人として扱ってくれさえすればいいのに、みんな僕を気にかけようとしてくる。ただちょっとだけ、ちょっとだけ待ってくれさえすれば花はいつか咲く。そういう風にこの世界は出来ているのに、みんなはまるで人間だけ別物のように思っている。
 孝之はベッドの中へ潜り込むと布団を目深に被り耳をふさいだ。まるで花のつぼみみたいに。今まで出会った人間の声が無数に頭に反響し、彼をせき立てようとした。しかし誰の声も聞こえなくなるまで出ていくつもりはなかった。
 いつの間にか11353日目が訪れていた。気がつけば孝之の背中からは鱗粉のたっぷり詰まった羽が生え、頭からは触覚が二本垂れていた。金城孝之は蝶になったのだ。彼はもう人間ではない。


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このストーリーに関するコメント

13/09/23 光石七

拝読しました。
急き立てられているような息苦しさ、誰もが感じる時があるのではないでしょうか。
それでも社会生活を送るには、周りに合わせなくてはいけないわけで……
なかなか思うようにはいかないですね。
ラスト、カフカの『変身』を思い出しました。

13/09/24 堀田実

>光石七さん
コメントありがとうございます。
ラストは悩んだ挙句ですが僕も書いてる途中でカフカを思い出しました。
小説での虫への変身ものはどうしてもカフカに繋がりますね。
偉大な作家なのだと思います。

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